黒百合の城
小林稲穂
プロローグ 慈ちゃんが死んだこと
自分の顔が映るくらいに刃がぴかぴかに磨き上げられたナイフは、両手でしっかり握ってから脇の下を閉めて体重をかけたら、思ったより簡単に
血が肺に入ったのか、慈ちゃんは咳き込んで赤い泡を吹き出した。慈ちゃんは何か言おうとしたみたいで、自分の胸に柄のあたりまで突き刺さったナイフを目を見開いて見つめながら、口をわずかにぱくぱくと開いたり閉じたりした。でも、もう悲鳴をあげる元気もなかったのか、ごぼごぼと声にならない音が出ただけだった。たぶんすごく痛かったんだろう、慈ちゃんがもがいて手首に嵌められた鉄の輪と鎖がごとごとと重そうな音を立てたけど、それが外れそうな様子はぜんぜんなかった。
そのあとはどうしたらいいのかよくわからなかったけど、刺さったままだと慈ちゃんが痛そうだから抜くことにした。ナイフを引っ張ってみたけれど、刺さった時とは反対に、ゴムでも絡まったみたいにぐにゃぐにゃするばっかりでうまく抜けない。慈ちゃんの肩に左手をあてて、右手でナイフを思い切り引っ張ったら、ぶつりという気持ちの悪い感触と一緒にナイフがすぽんと抜けて、その弾みで私はひっくり返った。手からつるりと滑ったナイフは後ろに飛んでいって、かちゃんと音を立てて石畳の床に転がった。ナイフから血しぶきが少し飛んで顔にかかり、鼻血が止まらなくなった時みたいなとても血なまぐさい匂いが鼻をついた。それで急に喉の奥に酸っぱい匂いがこみ上げてきて、私は下を向いてぐええと呻いた。でも、胃の中はすっかり空だったから、ちょっとだけ唾液が唇を伝って糸を引いただけだった。
それから慈ちゃんは頭をがくりと垂れて、そのままぜんぜん動かなくなってしまった。私はぺたりと地面に座り込んだまま、何を考えるでもなくそれをじっと見ていた。何も考える必要がなかったから。
たぶん、十五分くらいはそのままだったと思う。おしりが濡れたように冷たいのに気がついて、はっと我に返った。慈ちゃんの胸は真っ赤に染まっていて、足元にはドロッとした血だまりができ、それが私のおしりの下にまで流れてきていた。試しに慈ちゃんの名前を呼んでみたけど、慈ちゃんは
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