信念

@ns_ky_20151225

信念

 魔法使いはため息をつきながら玉座の間への通路を歩いていた。なぜ呼びだされたのかはよくわかっている。また催促だ。

 それにしてもあいつら、なんであんなにしぶといんだろう。


「挨拶はよい。状況はどうなっておる?」

 魔法使いはひざをついて礼をしたまま顔をあげられない。報告は昨日したばかりだ。それから進んでいるわけがない。これは王らしい嫌味な催促なのだ。いならぶ貴族の前で恥をかかせるのがいつものやり方だ。


「は、順調であります。昨日の報告にもありますとおり、かれらの間で空想的な娯楽はひとつの地位を占めたと断言しても過言ではありません」

「うむ、よし。では超兵士どもがここに来るのはいつだ?」

「ええ、その……」

「なんだ、はっきりと言え」

「しかしながら、必要な信念を得るまでには至っておらず、わたくしの目標に達するにはまだ調整が必要であります」

「調整、調整と、いつまで調整が続くのか。城の財産とて無限ではない。これでは軍の増強をふつうにやっておったほうがよかったではないか。隣国など、攻撃魔法の研究に余念がないというぞ」

 将軍が我が意を得たりとばかりにわざとらしくうなずいた。王は容赦なく続ける。


「この計画に時間と金を投資した。しかし得られたものはなんだ。奴らの作りだす愚にもつかぬ娯楽ばかり」

 水を一口飲んだ。王は熱くなっている。魔法使いは身を縮めた。

「そちの計画書によれば、すでにあらゆる魔法や魔法生物の影響を無視できる超兵士がわが軍の先頭に立ち、敵の騎竜隊や幽霊兵士部隊をけちらしておるはずではないか」

「はい、それにはいつわりはございません。実例をお目にかけましたように、超兵士は超自然の影響をうけません」

「ああ、それはたしかに見た。しかし後にも先にもあのひとりだけではないか。いくらなんでも数がそろわなくてはどうしようもあるまい。一軍、いや、一部隊分の頭数もあつめられぬのか」


 なにを言われても、ただ頭を下げるのみであった。それからさんざん王に絞られ、貴族たちの冷笑を浴びた。王は水差しの水を飲み尽くし、お代わりを空にしたころに、ようやく下がることを許された。


 魔法使いはくやしさと恥ずかしさでいっぱいになり、自分の塔に帰ってから下僕に当たり散らしたが、やっと冷静さを取り戻した。それでは問題は解決しない。

 だれも入ってくるなと命じて研究室にこもり、水晶玉で向こうの世界をのぞく。


 ざっと観察したかぎりでは、かれらの空想的創作の勢いは衰えていない。向こうの世界の言葉で言うところの、映画、漫画、小説などの創作物では魔法や超能力と言った超自然の力がふるわれるものがそこそこの割合で創作され続けている。


 魔法使いの計算では、そうした創作物は子供や現実逃避したい者の幼稚な娯楽とみなされ、あちらの世界のまともな大人の大半は、魔法や超能力など絶対に存在しないという信念を抱くはずだった。


 そして、信念をもった超兵士は、その信念の固さが、あらゆる超自然の影響からの盾となる。魔法による火はかれらの髪の毛一筋すら焦がせないし、竜はただののろのろしたトカゲにすぎない。幽霊兵士部隊などそこにいるとすら気づかず進軍するだろう。


 必要なのは、魔法は空想で実在しないという固い信念を持った人間たちだけだった。

 しかし、それがそろわない。いままでにひとりだけだ。そいつは魔法を用いない薬で操られ、研究の役に立ってくれたが、もう年老いて死んでしまった。生きているときはどんな高位の魔法使いの火も氷も効かず、竜は牙と尾の届かないところから槍で突き殺し、幽霊兵に包囲されて切りつけられても、そもそもそういう状況にあることがわからなかった。


 その実演は王を含め、貴族たちに強い印象を与え、超兵士による超自然無効部隊をつくる計画が始動した。


 なのに、このありさまだ。


 これは、先代がみつけた次元のねじれが、魔法によらずに向こうの世界の人間をさらえるとわかってからの計画だった。

 当初、こちらの人的資源の補充につかえるのではと期待されたが、注意深い観察で、あちらの世界の人間は頭脳や体力などほとんどすべての面においてわれわれに劣っているとわかった。また、そのほかの資源もわざわざ運んでくるほどの価値はない。世界自体まったく役に立たないところだった。それゆえ、領土拡張は早々に見送られた。


 だが、と、魔法使いは映画館という建物に入っていく若者たちを見ながら考えていた。奴らの信念だけはわれわれより強い。信念さえ持たせられればこちらの世界の魔法がきかない兵士を作れるとわかったのだ。

 それは、奴らの精神の愚鈍さと単純さに由来していた。だから奴らでないといけない。


 そうさ、バカはバカなりに使いようがある。


 でも、これに関してはなかなかうまくいかない。なぜだ? さりげなく一部の者の心を刺激して、ばかげた空想的創作物を無数に生み出させた。それが逆にそんなものはあり得ないのだという信念をはぐくむというねらいだったのに。


 いや、待てよ。もっともらしい空想を作らせ過ぎたのかも。そうだ、そうだったのか。思い出してみれば、あのトールキンとかいう奴はなかなかもっともらしい創作をしたな。そのせいでばかばかしさが薄れ、いい歳をして空想的創作を真剣にとらえるものが増えたのかもしれない。考えてみれば、ほかにももっともらしい創作をする奴がいたな。


 なるほど。わかったぞ。もっとばかばかしい創作をさせねばなるまい。まともな人間なら理解不能で、一部の者だけが喜ぶような作品だ。そういう人間は社会の落伍者とみなされるようにすれば、魔法みたいな空想を否定する人間ばかりになるだろう。そうなれば、計画は成就する。好きなだけ超兵士を手に入れられる。魔法のきかない兵士による無敵の軍隊だ。


 さあ、そのためには空想的創作物をどういう方向に誘導すればいいかな。


 魔法使いは水晶玉をのぞきながら、じっと考えている。


(了)

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