第18話

 答え。それは己の真名。


 それがわかったところで、僕たちは答えを知る手段を持ち合わせていなかった。


 しかも、僕たちの身体は緩やかな速度ながら、しかし確実に、人ならざるものに侵食されていた。


 僕の足は――君の足は、今にも折れそうで、心臓から伸びるものから分離してしまいそうで、人ではなくなってしまいそうで……


 そんな時、僕らの前に再び道化が現れた。道化は最初とは違い、静かに、まるで、初めからそこに会ったように現れた。


「…………」


「何の用だ?」


「……ヒント」


「……なに?」


「ヒントは欲しくないのか?」


 僕の問いに、道化はヒントが欲しくないか? と、確かにそう言った。


「そんなものを、僕たちにくれるのか!」


「はい。望むのなら」


 道化は仰々しく頷く。


「待ってください」


 少女が、落ち着いた、しかし、有無を言わさぬ口調で道化に問う。


「なぜ今更そのようなものを、私たちに教えるのですか? あなたに何のメリットがあるのですか?」


「この回は失敗する」


「この回? 失敗する? なんのことです?」


 少女が再び問う。しかし、僕には何のことだか大体わかってしまった。



 それは、つまり、今回の深海電車で僕たちを喰らうのは、諦める。と、いうことだろう。



「一度しか言わない。よく聞け」


 道化が少女と僕にいう。


「少女の名は白に、少年の名は少女が少年を呼ぶときにわかるだろう」


 それだけ言い残すと、道化は蒸発するように消えた。


「わかりましたか?」


 少女が僕に問う。


「あぁ。君もわかったか?」


「はい」


 少女は屈託なく笑った。僕もそれにつられて笑みをこぼす。


「それでは、同時に名を呼びましょうか?」


 切符を取り出す。


「わかった。その前に約束する」


 僕はボロボロになった手を、少女に差し出す。


「何度でも、何度でも、生きて、死に、深海電車にもどり、生まれ変わって、蘇り、君を守る」


「はい!あなたのためなら!」


 少女は花が咲いたように笑った。


「それではいきますよ?」



「ハナ」「ユウ」



 魔法の言葉が深海電車に、僕の、君の、中に反響して、そして、吸い込まれ――

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