第1話 出会い、そして暗転
四月。桜舞うこの季節、学生たちは新学期に胸を弾ませて各々の学校へと登校する。公立星屑高校も全国の高校と同じく無事に新学期を迎えることができた。
新学期は人によって喜怒哀楽がはっきりする。新たな環境で、新しい自分を見せるんだと意気込んで髪型を変えたり、今までの負の歴史を変えてやると、百八十度性格を変えたりとやたら奇を衒う人間が多い。一方で学校なんて面倒くさい、義務教育じゃないけど高校出てないと大人になったときに不味いから仕方なく高校に来たと言い、高校デビューなんてどうでもいいと、新しい自分に眼中なしの奴もいるのかもしれない。
高校生になった煌太は、どんな高校デビューを決めたかったのだろう。少なくとも楽しい学生生活を送りたいと思っていたのかもしれない。むしろ、そう思っていてくれた方が今の煌太は気持ちが楽だった。
通学途中の煌太は、星屑高校に向け歩を進める。
「よお、煌太」
後ろから肩を叩かれ思わず肩が竦む。横から現れたのは、見たことのない好青年だった。
「……誰?」
思わず口から本音がこぼれる。好青年は煌太の素振りに虚をつかれたのか尻込んでいる。
「おいおい、嘘だろ? 俺だよ、中学三年間一緒のクラスで親友のって言えばわかるだろ?」
必死に訴える青年のことを考える煌太だったが、全く思い出せない。そもそも、同じ高校に進むのは奏だけとしか聞いていなかった。考えを巡らせても思い当たる節はなかった。
「あー思い出した。そんなことより、星屑高校の入学式って何時からだっけ?」
「話を逸らすな、話を!」
不満そうに口を尖らせる青年は、煌太の下手な嘘を見破っていた。もう何も抗うことができずに本当のことを吐露しようかと思いかける。
「あのさ……」
「ん? やっと答える気になったのか」
「えっと……」
「こうちゃん!」
後方から温かい声が煌太の脳内を突き抜ける。声の主を探そうと踵を返すと、目の前に現れたのは奏だった。
「奏ちゃんだ!」
煌太よりも真っ先に隣にいた青年が奏のいる方向へ向かって走り出す。先程までの表情とは打って変わり、下心丸出しの顔が露わになっている。
「あ、神林君も一緒だったんだね」
笑顔で会話する奏は、しとやかに振る舞っていた。誰に対しても平等に接することができる奏は中学生の時から人気者だったと聞いた気がする。ふと、どこか懐かしさを感じた。
それに奏のおかげで、青年の名前が神林だとわかった。奏に感謝しないと。奏の方を向いて両手を合わせお辞儀する。傍から見ると滑稽な風景だろう。
「聞いてくれよー奏ちゃん。煌太の奴、俺のこと覚えてないみたいにあしらってくるんだぜ。まるで俺のことなんて忘れたかのように」
「本当なの?」
訝しい表情で奏は煌太を見つめてくる。
「ただ遊んでただけだよ。冗談だって」
「くっそー馬鹿にしやがって。お前って冗談言う奴だったのか」
頭を抱えながら体をくねくねさせる神林の姿に、登校中の人々から苦笑が漏れる。煌太と奏も思わず笑ってしまう。こうして笑っていられるなら、これからの高校生活も何とかやっていけると煌太は微かに思いはじめていた。
「奏は、神林が同じ高校だと知ってたのか?」
「うん。知ってたよ。こうちゃんは知ってるもんだと思ってたけど」
「いや、今日初めて知ったのだが」
本当に知らなかった。過去の煌太は知っていたのかもしれないが、少なくとも今の煌太は神林が同じ高校だとは聞いてもいなかった。
困惑する煌太の顔を見るなり神林はお腹を抱えて笑い出した。
「まあ、煌太は知らなくて当然かもな。俺は、煌太にばれずにこっそり星屑高校を受験してたんだから」
腕を組み、堂々とした態度で神林は話を続ける。
「そもそも、俺が星屑高校を受けようと思ったのはただ一つ!」
突然、煌太の肩に腕を回した神林は、耳元で囁いた。
「奏ちゃんがいたからだぜ。実は俺、奏ちゃん気になってるんだ。これは奏ちゃんには内緒な」
「えっ」
いきなり幼馴染の奏が好きだと宣言され、煌太は唖然とする。
「神林君は何て言ったの?」
神林の声が聞き取れなかったのか、奏は怪訝そうに尋ねてくる。
「えっとだな、神林は奏のことが――うぐっ」
煌太が言いかけたところで神林の拳がお腹をつらぬいた。
「何……するんだよ。もろに入ったぞ」
「何でもないよ、奏ちゃん。これは俺と煌太のスキンシップって奴だから」
痛がる煌太を横目に神林は奏にそれなりの言い訳を連ねていた。
「まあ、それはさておき、合格発表の際にその場に俺が行ったら煌太に受けてたことがばれてしまう。それは不味いと思った俺は、頭を働かせたのさ。最先端の技術に頼ることで、問題なく実行できたってわけだ」
「ああ、ネットで合格発表見れる奴だっけ? そんなのもあった気がするな」
「どうよ。これで煌太にバレずに同じ高校に入学できたってわけだ。驚いただろ? ……っておい!」
必死に話す神林を横目に、煌太は奏と一緒に星屑高校へと向けて歩き出していた。
「無視するなー」
「早くしないと遅刻しちゃうだろ」
「そうだよ。神林君も早く」
神林に向けて声を張り上げる。奏は神林に手を振って合図を送る。
「今行くよ。奏ちゃん」
手名づけられた子犬みたいに煌太たちの元へ走ってくる神林が何故かとても哀れに思えた。悪気もなくやってのける奏もすごいと思うが。
何はともあれ、煌太自身のことを知っている人間が同じ高校に二人もいた。本当の真実を知られていないこともわかり、ひとまず安堵する。煌太はこれからの学校生活に自らの希望を叶えるためにも、一歩ずつ前に進んでいこうと意気込んだ。
星屑高校は、県内でもレベルの高い公立高校として名を馳せている。レベルが高いというと、どうしても学力の方に目を向けられがちだが、部活動も盛んな高校として主に知られている。
ボート部や弓道部といった中学校ではあまり見かけない部活動があったり、茶道部や新体操部といった部活動に加え、多くの個性豊かな同好会もあったりと、バラエティに富んだ部活や同好会が沢山あるのが特徴だ。
文武両道を謳っている星屑高校に入学する九割以上の生徒は、必ず何かしらの部活動に入っている。入らない人を見かけると、教師の誰もが心配するそうだ。そのため、半ば強制的に部活動に入部させられる。それに、部活動に真剣に打ち込めるようにと一部の理由を覗いて兼部は禁止と言われている。一つの部活に全力を尽くしてほしいという学校の決まりらしい。
部活動への力の入れようは、登校してから直ぐに伝わってきた。たった今、体育館で行われている入学式でも校長先生をはじめ、体育の先生や生徒会長までもが部活動に入ることを積極的に勧めていた。
入学式を終えた後、新入生は星屑高校伝統の部活動勧誘が行われる正門前を通ってから教室へと戻る。事前に体育館前で奏と待ち合わせの約束をしていた煌太は、目の前に広がる人の多さにとにかく驚いた。
「おまたせー」
体育館からひょこっと現れた奏は、手を振りながら笑顔を見せる。周りの男子生徒がこの笑顔を見たら、思わず心をわしづかみにされる。それくらい奏は他の女子よりも抜きんでた魅力を放っていた。
「遅かったな」
「ごめんね。早速、友達ができたから話こんじゃって」
「井戸端会議ってやつか」
「私まだ十五歳だから。そんな言い方しないの」
むーと頬を膨らませ、怒った表情をみせる奏だが、そんな仕草も可愛いと思えるくらいの美貌を兼ね備えていた。隣に並んだ奏に煌太は右手を掴まれる。
「さぁ、星校名物の部活勧誘だよ。こうちゃんも何か入るでしょ?」
「もちろん入るよ。これだけいろんな部活があるからさ、正直迷っちゃうよな」
力強く右手を引っ張る奏に連れられ、既に戦場と化している正門前へと向かった。
激しい勧誘合戦は、様々な場所で行われていた。野球部やサッカー部は、既に入学前から部員を確保しているのか、マネージャーとなる可愛い女の子にひたすら声をかけている。茶道部は実際に畳を持ってきてお茶をたてている。弓道部に至っては地べたに正座し、土下座まがいのお辞儀をしながら新入生を勧誘している。こうみると、個性豊かな部活が多いと思う。
正門前は人がいなければかなり広いスペースだけど、星屑高校の九割以上の生徒が集まる部活勧誘の時には、隙間がなくとても密な状況になる。人の歩くスペースは確保されているけど、そこに侵入してくる先輩方は後をたたない。新入生はここで星屑高校の伝統を肌で感じる。
そんな新入生である煌太と奏も、もみくちゃにされながら部活勧誘の人混みを抜けた。
煌太の手には、この日のために先輩たちが死力を尽くして作ったと思われる各部活のチラシが握ってある。必要以上に疲労がたまったのか、握られたチラシは手汗で湿っていた。
「汗凄いよ。大丈夫?」
顔からも汗が滴っていたのか、奏が煌太を見るなりタオルを渡してくれる。煌太は差し出されたタオルを受け取り、ひとまず汗を拭った。
「大丈夫。しかし、凄かったな」
両膝に手をかけ、肩で息をしながら先程通ってきた場所に煌太は目を向ける。依然、勧誘活動の喧騒が正門前から滞りなく聞こえてくる。
「それより、奏はどの部活に入るのか決めたのか?」
「まだ……かな。色々あって迷っちゃうよ。入部体験もあるみたいだから色々見て回るつもりだよ」
「そっか。そういえば、野球部やサッカー部の勧誘、凄かったな。奏を誘おうと必死だった」
「私は入る気なんてないよ。マネージャーも良いかもしれないけど、自分のやりたいことを優先してやってみたいから」
にっこりと微笑みながら、奏は戦場と化した正門前を見つめている。
たしか奏は中学生の頃、吹奏楽部に入っていた気がする。母から聞いた奏の情報を思い出しながら煌太も正門前を見つめた。
「……っと……」
突然訪れた頭痛で足がふらついた。どうにか体勢を整えようと踏ん張ってみるも、戦場帰りの足はまともに言うことを聞いてくれない。目の前の景色が霞んで見えた刹那、漆黒の闇に包まれた。
遠くで誰かが叫んでいる気がする。暖かく、すべてを包み込んでくれるような透き通った声。とても心地が良い気分にさせてくれる声に、煌太はまどろんでいた。まるで過去に同じ声に包まれたことがあるような。
意識が暗転する寸前まで、包容力のある声は脳内に響き続けていた。
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