ケロッと!掌編集

一ノ瀬ケロ

ピエロの墓

 あのひょうきんな男が自殺したなんて未だに信じられない。悪戯好きで、いつも人を驚かせることしか考えていないやつだった。人見知りでまだ友達もいない僕に真っ先に話しかけてきたのは彼だった。高校の文化祭のとき、入り口に落とし穴をつくろうと提案して叱られたのも彼だった。いつだって人を驚かせて楽しませることだけが彼の生きがいだった。

 無駄に体を柔軟にして軟体人間として学校中を騒がせたり、数日見ないと思ったらジャグリングを習得して帰ってきたりもした。そんな彼は高校を卒業してすぐ、サーカス団へ入団することが決まった。常日頃からピエロのようだった彼にはピッタリだと思ったし、周りもみんな応援していた。

 しかし、現実はそう甘くもなかったようだった。毎日のように怒鳴られながら練習していたらしい。肉体労働だから疲労も溜まっていく。サーカステントの設営など、雑務も下っ端である彼の仕事だ。

そんな重労働は、明るかった彼の心にほんの少しずつだが影を落とすようになっていった。初めは小さかったそれも、いつの間にか彼の心をすべて覆うほどまでになっていた。

 そして、彼は首をつって亡くなった。

 葬式には驚きが満ち溢れていた。まさか彼が自殺するなんて100人中99人が考えていなかっただろう。いつだって驚きが動力源だった彼だったが、この式場に満ちる驚きの感情は、彼が生前欲していたものだったのだろうか。

 驚いたのが100人中99人と言ったが、あと残りの1人は、僕だ。彼が就職した後も密に連絡を取り合っていた僕は、彼が心労を積み上げていることは、よく知っていた。電話から聞こえてくる声やメールの文面からは、日に日に元気がなくなっていくのが分かった。それでも、頑張ると言った彼を止めることは、僕にはできなかった。僕はたまらなくなり、葬式の途中で逃げるように家へ帰ってしまった。後ろめたさが消せない僕は、それから何年経ったあとも、彼の命日には毎回墓参りに行っている。

 彼が死んでから10年が経った命日。彼の墓まで行くと、彼の姉が待っていた。

「あいつの遺書にね、『10年経ったらこの手紙をアイツに見せてくれ』って書いてあって、これが一緒に入ってたのよ。アイツって、たぶんあなたのことだと思うのだけど」

僕は手紙を受け取って開いた。そうして、つい、僕は吹き出してしまった。そのまま腹を抱えるようにして大笑いをした。

「何が書いてあったの?」

彼の姉が不審がって尋ねてくる。

「何が書いてあったとおもいます?」

 僕が不謹慎にもふざけていると思った彼女は眉をひそめて手紙をひったくる。そして目を通した彼女もまた、プッと吹き出してしまった。

あのあいつが。追い詰められた最後の最後にまで。人を驚かせて笑わせてやろうとしたのだ。これを笑ってやらないほうが失礼というものではないか。

手紙には、こう書いてあった。

――はずれ。そのお墓に私はいません。本当の場所は……

 その場所は小高い丘の上だった。僕ら2人がよく遊んだ場所だ。手紙に書いてあった通り、土の下を掘り返す。すると、小さな箱が出てきた。中には、彼の原点ともよべる、ジャグリングボールが、2つだけ入っていた。

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