第52話    「大丈夫ですよ。なんとかなります」

「――い、クガ?」

「…………」

「おい、クガ? 聞いてんのか?」

「!?」

 

 なんでルイスさんの顔がドアップで目の前にあるの!?


「はっはいっ!? なんですか!?」

「何って。だから、着いたんだって」


 返事をしたらルイスさんも身が引いてくれて、私から彼の顔が遠のいた。


 って、え?

 着いたって……。


「もしかして、もう城に着いたんですか!?」

「同じ王都なのに、んな時間かかる訳ないだろ?」

「それは……そうですけど」

「それにあんた、馬車に乗ってからガチガチに緊張してただろ」


 だって、いよいよなんだなって実感しちゃったというか……!

 それに、作法は大丈夫なのかとか、何か粗相しちゃったらとか、この国で平民でしかない私が参加して平気なのかとか、色々気になって。


「んな気にすんなって、気楽~に、ウマいもん食える場所だって考えればいいんだよ」

「いくらなんでもルイスさんのは軽すぎますよ!」


 一高校生だった私に、舞踏会とかパーティとかの場所に参加する機会なんて、今までなかったんですよ!?


 馬車の扉が御者によって外から開けられた。

 そんなさっさとルイスさんも降りなくてもいいのに。


「降りるんですか?」

「いや、降りなくてどうすんだよ。っつか常識人のあんたがそんな発言するって、よっぽどだな……」


 馬車を降りた先にいるルイスさんは私を振り返って、あきれながら笑った。

 ううん、わかってはいるよ。舞踏会に行くのに、なんで降りないんだって自分でも思うから。ただやっぱり、心の準備が……。


「ほら」

「え……?」


 困惑する私に、ルイスさんが手を伸ばした。

 手のひらの向こうで、ルイスさんはいつも通りの笑顔を浮かべてる。


「手、つかまれよ。段差もあるし、あんただってつないでた方が安心すんだろ?」

「……でも」


 こけそうなドレスを着てるから、ルイスさんの申し出は嬉しいけど。

 それって、ますます目立つような……。


「あー、じれったいんだよ! ほら、いいだろ!」

「わっ!? ちょっと、ルイスさん!?」


 じっと見つめる私の返事を待たないで、先に手をつかんでくるなんて。結局、私の意見なんて聞いてないじゃないですか!


「うっわ、手冷たっ!? どんだけ緊張してんだよ!?」

「逆にどうしてルイスさんは自然体なんですか!?」


 貴族とはいえ、ルイスさんが舞踏会に参加するのは久々なはずなのに! 前にそう言ってたのは、嘘なのっ?

 ルイスに引きずり出されるように馬車から降ろされた。

 

「固く考えすぎなんだよ。失敗したって気負う必要なんかないしな」

「いえ、でも場違い感が……」

「平気だって。外見が気になんのか? それこそ問題ないからな、今のあんたはどこからどう見ても良家の令嬢だ」


 ルイスさんに太鼓判押されて嬉しいけど、それとこれとは別問題というか。


「オドオドしてると余計に変に思われるぞ。こういう時は、堂々した方がいいもんなんだよ」

「……一理ありますね」

「だろ?」


 たしかに、周囲を見渡してばかりの人がいたら目を引いちゃうよね。

 …………うん。


 背をスッと伸ばして、顔を上げた。

 目前の巨大な城の窓から漏れる光が、周りの夜空を照らしてて幻想的で綺麗だけど。今は見とれてる場合なんかじゃないよ!


 とにかく、無事にこの舞踏会を乗り切ろう。


「なんで、んな戦地に行くような勇ましい顔なんだよ。あーでも、あながち間違ってないか?」


 隣であがったルイスさんの言葉は、聞こえないフリをした。

 返事をするかわりに、ルイスさんとつないだ手に少しだけ力を込めて。



 ◇◇◇



 赤い絨毯じゅうたんを踏みしめて、城内の奥へ進んでいく。

 案内役の従者の方がついてるから、迷う心配はないけど。もしも私一人なら、絶対に城から出られないくらい迷子になってるよ。


 マクファーソン家の屋敷でも広いとは思ったけど、このパンプ王城の場合はその比じゃない。

 この建物自体が一種のアトラクションみたい。……一体いくつ部屋あるのか、知るのも恐ろしいよ。


 廊下に飾ってある花瓶とか絵とか、絶っっっっ対に! 触らないようにしよう!

 国宝級のとかゴロゴロありそうだから、もう怖くて仕方ないよ。


「ところで、このポーズ必要ですか」

「んあ? 当然だろ? むしろエスコートしてない方が変だって」

「…………そう、ですか?」


 ルイスさんと腕を組むなんて、ドキドキして落ち着かないよ。彼の左腕が定位置になってる私の右手には違和感しかないのに。

 こそこそとたずねても、ルイスさんはケロッとした様子で全く気になんてしてない。意識してるの、もしかして私だけ?


 もしかして、からかってるだけとか…………? ううん、ありえそう。

 横目でルイスさんの顔色をうかがってみるけど、嘘をついてるようには見えないよね?


「なんでニヤついているんですか? やっぱり本当は、必要ないんじゃないですか?」

「いや、必要だって! 嘘だとしたって、あとで参加者に会ったらどうせバレるだろ!?」

「……それもそうですね」

「…………なぁ、あんた俺の認識どうなってんだ?」

「信用してますよ? チャラいところ以外は」

「……」


 そんな渋い顔しないでください。しょうがないじゃないですか。

 ルイスさんって、たまーにとっても軽い行動を仕掛けてくるんですから。

 

 そうこうしてるうちに、会場に着いたみたい。

 扉を従者の方に開けてもらって、私達は部屋の中へと入った。


 ……広い空間。ダンスも踊るから当然なのかもしれないけど、高校の体育館より一回りくらい大きいくらいの間取り。

 天井までは二階分くらいまでありそうなくらい高さがあるおかげで、開放感があっていいなぁ。そのせいかざっと見ただけでも百人くらい参加者がこの場にいるのに、息苦しさを感じないよ。

 中央の天井からは、大きなシャンデリアがぶら下がってる。そこから漏れる明かりがキラキラと輝いて、大理石みたいな床の白さを際立させてる。


 ここまで来る間にも思ったけど、さすが城内というか……高級感があふれてて居心地が悪いよ!


 会場の中へ入る私達に、容赦なく他の参加者の視線が集まってきた。 


「まぁ、あの方、どちらの家の者かしら?」

「見かけない顔ですな」


 値踏みされてる……!?

 表情は引きつらないように、何とか微笑んで見せてるけど! 内心ヒヤヒヤして仕方ないよ!


「……」


 平民だってバレたら、絶対針のむしろになるよね。むしろ、そうなるのが必然というか。

 ……ルイスさんは選民思想の貴族の世界が嫌で、社交界とかを避けてたのに。


 もし、バレたら……その矛先ほこさきが向かうのは、間違いなくルイスさんだよね。


「んな心配そうな顔すんな。平気だって」

「……そう、ですか?」


 小声でささやかれても、安心できないよ。

 楽観的にルイスさんは構えてるけど、そんなにうまくいくかな?


「そういえば、あのお二人がマクファーソン家の紋章付きの馬車から降りられるのを、私見ましたわ」

「何? マクファーソン家の?」

「まぁ……」

「マクファーソン家と懇意にしていると? ならば、彼女の身元は確かな人物でしょうな」


 ……もしかして、好意的な視線に変わった?

 大げさにならない程度に周りを見ても、こっちに興味を持ってはいるけど必要以上に絡んで来ようとする人達はいないみたい。

 これは間違いなく、レイモンドさんが手配してくれた馬車の恩恵だよね。


「な? 平気だろ?」

「……もしかしてルイスさん、こういう反応になるって予測済みだったんですか?」

「ま、ある程度は。ここまで効果有りだとは思ってもなかったけどな」

「でも、レイモンドさんを利用するようなことになって、いいんでしょうか」

「大丈夫だって。あいつが自分から馬車を用意したんだから、こうなるのはわかってんだろ。俺より断然頭が回る小賢こざかしい奴なんだからな」


 肩をすくめるルイスさんは、悪びれた様子がない。

 それって、めてないですよね?


 でもたしかに、レイモンドさんのことだから予想してなかった、なんてことはなさそう。きっと、それを黙認してもいいって考えて動いてくれたんだよね。

 ……だとしたら、後で改めてお礼を言わなきゃ。


 彼のことだから、『何のことでしょうか?』なんてしらを切られちゃいそうだけど。


「大丈夫か?」

「はい」


 周りの目が気にならなくなったことを確認してくれたルイスさんにうなずいて、私達は会場の奥へと足を向けた。


 人混みの中をぶつからないように間を縫って移動していく。周りの人達はたしかにルイスさんの言う通り、二人一組の男女で腕を組んでる。

 さっき言ってたのはデタラメじゃなかったみたい。


「たぶん俺は陛下が来られたらすぐに呼び出されるだろうから、あんたはここにいてくれ」

「はい、わかりました」


 ルイスさんに案内されたのは壁際だった。周りはあんまり人がいなくて、安心できるよ。


 すぐ近くに、わずかな高さの段差で区切られた半円形の舞台がある。その空間に他の人達は立ち入ろうとしないで避けてる。

 もしかしたらあの舞台みたいな場所に王様が現れるのかな? 舞台の奥に金縁の豪華な扉が一つあるし……。


 ここからだとルイスさんからも私の様子が見えるから、指定したのかな?


「なぁ、クガ?」

「はい、なんですか?」

「…………もし俺がこの国を出ることになっても、ついてきてくれるか?」

「え?」


 唐突に、どうしたの?

 パッと顔を上げて彼の表情を見ても、冗談を言ってるようには感じなくて。

 ……本当に、これから何をするつもりなのかな、ルイスさん。


 彼が答えに何を求めてるのかはわからない。だけど――


「嫌、です」

「……」

「だって、ルイスさんがここを離れたがってないのに、出て行ってどうするんですか。出なくて済むように、一緒に解決しましょう?」

「! クガ……」


 目を丸くしたルイスさんを見上げて笑った。

 らしくないよ、ルイスさん。そんな辛気しんき臭い表情なんて、向いていません。


「それに、大丈夫ですよ。なんとかなります。さっきまでの楽観主義は一体どこへ行ったんですか?」

「そう、だな。……うん、なんとかなるか! あんたがそう言ってくれるなら!」

「はい」


 これからルイスさんが何をするかはわからない。

 でも、私が今すべきことは彼を止めることじゃなくて。彼がすことを見守ることだって思う。


 どんなことがあっても、私は彼のそばにいる。それは、決めてるんだから。


静粛せいしゅくに、静粛せいしゅくに!」


 その時、従者の方の声が会場に大きく響き渡った。人々の話し声が次第に止んでいく。

 これから国王様が入場するのかもしれない。


 いよいよ、かな。


「国王陛下のおり――」


 おごそかに、絢爛けんらんな装飾がされてる舞台上の扉が従者の人の手によって開いていく。

 そこには、一人のいかめしい顔つきの中年の男性が立ってた。


 彼が羽織っているマントが、いかにも王様って感じさせるよ。キラキラと光を反射してる縁取りのツタの紋様は、もしかしたら金糸なのかな?

 王様のついた杖が床にあたって、軽い音を立てた。


 王様の放つ雰囲気は、まさに王者の風格といったもので。その威圧感にのみ込まれそうになった。


 だけど、ルイスさんを始めとした周囲の人達が、王様の姿を見た途端にお辞儀をし始めたのに気づいて、慌ててそれにならった。


 見様見真似だけど、不格好になっていないか心配になるよ。


「楽にせよ」


 王様から許可が出て、皆が姿勢を元に戻した。私もそれを確認して、お辞儀をやめる。

 舞台の上に立つ王様は、そこから参加者の顔を見渡して一つうなずいた。


「皆、今宵こよいは祝いの場だ。そう固くなるでない」


 その声掛けと一緒に、王様は穏やかに微笑んだ。周囲の人達も表情が緩んで、堅苦しい空気が少し緩和された。

 王様は威圧感は依然いぜんとあるけど、これくらいで統治者としてはちょうどいいのかもしれないね。


「ルイス・ハーヴェイ。の者よ、前へ」

「はっ!」


 名前を呼ばれて、ルイスさんは王様の元へ動いた。

 王様の前でひざまずき首を垂れるルイスさんは、まるで一枚絵みたいに美しかった。まさしくこれが騎士なんだなって認識し直したよ。

 周りの女の人達も、見とれてホウッと感嘆の息をこぼす音が聞こえるくらい。

 顔は綺麗だからね、ルイスさん。中身はチャラいし、ちょっと残念系だけど。


「皆も知っての通り、この者はあの恐ろしい魔物、バジリスクが王都へ攻め入る前に食い止めた。被害を最小限に抑え、一人でった功労者でもある。よって、はその功績をたたえ何か褒賞を与えようと思うのだ」

「もったいないお言葉、ありがたく存じます」

「うむ」


 おもむろに頷く王様は、ルイスさんのかしこまった様子に満足そう。

 ……王様なんてどうでもいいって豪語してた人と同一人物には、到底思えないよね。


「して、そなたは何か希望はあるか。可能な限り叶えようぞ」

「……では、恐れながら。一つだけございます」

「ほう、申してみよ」


 興味深そうに目を細める王様は、ルイスさんを見下ろしながらみずからの立派なあごのヒゲを撫でつけてる。

 何を言い出すのかを、この場にいる全員の人達が固唾かたずを飲んで見つめてる。


 王様からの許しが出た瞬間、私には見えた。ルイスさんがニヤリと、わずかに不敵な笑みを浮かべたのを。


「ハーヴェイ公爵の爵位を、現当主から私の姉であるエミリア・ハーヴェイへと継承することを、今この場で承認をもらいたく思います」


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