第53話 「こちらにその証拠があるよ」
ルイスさんの発言で、辺りはヒソヒソ声で埋め尽くされる。ざわめきだした人達に、従者の人が静かにするように呼びかけてるけど、それだけじゃ沈静化は
私自身、全くルイスさんの狙いがわからないよ。
要するに、「エミリア様がハーヴェイ家の当主になることへの王様直々の許可を」って、ことで合ってる……かな?
だとしても、その発想がわからない。
たしかにルイスさんから、彼とハーヴェイ家の当主……ルイスさんの父親と母親の間に確執があるってことは聞いてた。
……意趣返しの一貫? 賞与として当主交代を願い出たって、そう簡単にそうですかって王様が首を振るのかな?
「何を
罵声が人混みの中から上がって、王様とルイスさんがいる舞台の
年齢は40歳過ぎくらいの、男性と女性の二人組だった。腕を組んでるから、もしかしたらあの二人は夫婦なのかもしれない。
男性は鬼のような形相で怒りをあらわにしてる。女性は口元から下を手に持った扇子で隠してるけど、見えてる目元は
私の位置からは横顔しか見えないけど……なんだかあの二人とも、どこかで見たような気もするような……?
気のせい、なのかな。
「ほう、ハーヴェイ公爵。お主はこの件を知らなかったのか?」
『ハーヴェイ公爵』ってことは……あの二人はルイスさんの父親と母親、なの? だから見覚えがあるような感じがしたのかな?
『ハーヴェイ公爵』と呼ばれた男性は、王様の呼びかけにハッと表情を強ばらせた。
「っ! こ、これは陛下…………本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。ご挨拶もなく、先に発言をしてしまったことをお許しください」
「よい、許す。……して、いかがであったのか?」
「はい。陛下のおっしゃるように、このことを私は存じておりません」
ハーヴェイ公爵の返事に、辺りは一層ざわついた。もう、喧騒と言ってもいいのかもしれない。
驚きの声が人々の口から上がって、それを必死に従者の方が
「このような醜態をさらしてしまい、申し訳ございません。これ以上、陛下の御前でお見苦しいものを見せるわけにはいきません。つきましては、この件は私に預けていただけないかと――」
「陛下、どうか私の願いをお聞きになられてください。土がない場所に花は咲くことがない事と等しく、私の願いの根底にも訳がございます」
ルイスさんは、ハーヴェイ公爵の申し出を途中で遮ってハッキリと言った。
ハーヴェイ公爵は苦々しい表情でルイスさんを
…………どっちも、親が息子へ向ける目じゃない。
やっぱりあの二人は、ルイスさんの言うように彼を厄介者としてしか見てこなかったんだと思う。
たしかに、こんな大々的な場所で突然ルイスさんが言い出したことは、彼らにとって好ましくなかった。だけど、そうなった経緯は気にならないのかな。
なんでルイスさんがそう言い出したのか心配するとか、気遣うとか、そういった姿勢はないの?
そんな余裕がないって可能性はあるけど……二人には、ルイスさんを見る目には嫌悪が浮かんでた。
ルイスさんは背を向けてるから、彼らの表情は見えない。
だけど、突き刺さるような鋭い視線を向けられてるから気づいているはず。
ルイスさんは、王様に対して頭を下げたままだった。
……ううん、むしろ、『何の表情もない』。
いつかの剣の鍛錬の時に見たような、無表情。……だけど、あの時とは全然違う。
水色の透き通った瞳には、彼の感情が浮かんでいたから。
強い意志を感じさせる彼の瞳は、私には
「……あいわかった。許可をしよう。ただし、その訳とやらを話せ。余が納得のゆく道理であれば、お主の望みを飲もうぞ」
「はっ! ご温情、ありがたく思います!」
「っ!? へ、陛下、何をお
すかさず、ハーヴェイ公爵から抗議の声が上がった。
だけど、王様は彼に対して疑問を投げかけただけだった。
「ハーヴェイ公爵、余の決定に不満でもあるのか?」
「! い、いいえ! 滅相もございません……!」
「うむ。ならば、しかとお主も聞き届けよ」
「…………っ!」
口を閉ざしたハーヴェイ公爵が、悔しそうにギリッと歯を鳴らす音が聞こえた。
事のなり行きが気になった参加者の人達が、自然と黙り始めて場に静けさが戻った。さっき、従者の人が大声を出して呼びかけてもほとんど効果がなかったのに。
この場にいる全員が、ルイスさんの発言を耳をすませて待っていた。
「そもそも事の発端は、私がバジリスクがいる王都近隣の森へ向かったのにございます。その場へ向かったのは、私の配属先の第三部隊の部下からある報告を受けたからです」
「そういえばお主は、騎士団第三部隊の副隊長であったな」
「はい、その通りでございます」
「ふむ……続けよ」
王様のうながしに、ルイスさんは「はい」と短く答えて言葉を続ける。
「城壁で出入国者の検問をしております部下から報告を受けたのです。ハーヴェイ公爵家の紋章が入った馬車が出国しようとしていたため、誰が乗車しているのか確認しようと馬車内を見せるように要請をしたところ、突然速度を出して制止を振り切り検問を逃れた、と」
「……ほう」
「……」
周囲の人々が口々にささやき合って、推測を交わす。
王様も興味深そうにヒゲを撫で、ルイスさんを目をすがめて眺めてる。
ハーヴェイ公爵、侯爵夫人の表情は動かない。……
「ハーヴェイ公爵家の者であることを部下も知っているため、私に確認をしたのでしょう。本来なら、家の者が出国する場合は長男である私が把握している可能性が高いですから。……とはいえ、私は全くそんな情報は存じておりませんでしたが」
貴族ってこともあって、出国の場合は念入りに対応するのかな。
だから、第三部隊の隊員の人も
でも、そっか。助けに来てくれた時にはそれどころじゃなくって考えなかったけど、ルイスさんが
そしてたぶん、その馬車はきっと……。
「報告を受け不審に感じた私は、すぐに城壁外へ向かい馬車の
やっぱり、ルイスさんが
エミリア様はハーヴェイ家の人間だから、彼女が最初から乗車していた馬車にその紋章が入ってたんだね。私は貴族の人が所持してる馬車にその家の紋章が入ってるなんて、今日まで知らなかったけど……。
「ふむ、お主がその場に向かった経過は理解した。して、それがどう関与しておるのだ」
「その後、魔物に襲われ逃れた者達を私達第三部隊の者達で保護し、各々に経緯の詳細の聴取を行いました。聴取を行った対象者は3名です」
3名? 私、エミリア様だけじゃないの……?
もう一人って?
「一人は私の友人であるリオン・クガ嬢。二人目は私の姉であるエミリア・ハーヴェイ。そして三人目は、彼女らを王都外へと
え!?
つまりあの時、バジリスクから生き残れたのは私とエミリア様だけじゃなかったの? 私達を殺そうとした人が一人だけ、生き残ったってこと?
……たしかに森で馬車から降りた直後は、複数人の男の人達がいたような。
すぐにバジリスクに襲われたから、何人だったかとか誰が逃げれたかとか詳しくは覚えていないけど。
「……うむ、余も聞き及んでおるぞ。要するに、お主が追っておった馬車は罪人達が操っておったのだな」
「その通りでございます。そのことについては、クガ嬢、エミリア姉上の両者にも確認をしております」
「誰の手の内の者か、その捕らえられた罪人は口を中々割ろうとしないと報告を受けておったぞ。ハーヴェイ公爵家の人間を害そうという者がおって、誰の手の内か不明瞭なまま通達すれば不安を植え付けることを
王様も、第三部隊の人達も、なんとかその事件を解決しようと動いてくれてたんだ。
私は命が助かったからホッとしてその後のことは気にしてなかったけど……。犯人が捕まらないと、また狙われる可能性があったってことは思い当たらなかったよ。
たしかあの時、交わした会話であの男の人達はエミリア様が貴族だってことはわかってた。だから、エミリア様を狙っての犯行だってことは知ってる。
「それを明示するというのは、手引きした者がわかったのだな?」
「はい」
「して、その者は?」
王様のうながしに、ルイスさんは一度、目を伏せた。
事の成り行きを見守っていた衆人が、固唾を飲んで彼が再度口を開くのを待ってた。
……この流れで、言うってことは。エミリア様を襲って殺すように指示したのって、もしかして。
ルイスさんはまぶたをゆっくりと持ち上げ、無表情のままにその人物の名前を挙げた。
「……ハーヴェイ公爵、公爵夫人でございます」
「!? 何を
「でたらめよ。何を言っているのかしら、彼は」
抗議の声を上げるハーヴェイ公爵と公爵夫人は、険しい顔をしていた。
嫌疑がかけられてるとなれば、不名誉なことを避けようとして訴える態度はおかしくないのかもしれない。
エミリア様に再会した時に、ルイスさんの「味方はいるのか?」って問いに黙ったのは……このせい、なの?
実の親さえも自分の命を狙うから、味方がいるってはっきり答えられなかったの?
だとしたら、エミリア様は一人でどれだけの物を抱え込んでたのかな。そんな状況なのに、ルイスさんまで庇おうとしてたんだから。
「…………続けよ」
「っ! 陛下!?」
声を上げたハーヴェイ公爵を、王様は鋭い眼光で
「続けよと余は言った。誰であろうと、これを妨げるものは許さぬ」
「っく、……かしこまり、ました」
王様の言葉に、悔しそうに唇を
夫が黙ったのに自分が物申すわけにいかないって思ったのか、ハーヴェイ夫人もおとなしくなった。
「その事実は、確かか?」
王様の真偽を問う疑問に、ルイスさんは答えようとした。
ルイスさんが言葉を発する前に、不意にコツコツと靴が床を鳴らす音がした。人混みの中から、一人の男性が進み出てくる。
「それはもちろん。こちらにその証拠があるよ」
王様に対して言葉を返したのは、ルイスさんとは別の人物で。その人は、私がよく知ってる人だった。
――優しそうな柔和な微笑みを浮かべてるアルは、手に持った紙の束を
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