第14話    「あんたの兄みたいな存在だからな!」

 朝練に行ったら、その日は剣を振ってる最中もハーヴェイさんは渋い顔をしてた。

 どうやら、今日は機嫌が悪いみたい。


 朝練が終了したのに、ずっと黙ったままだし。

 今だってそう。ムスッとした顔で考え込むみたいにしてる。


「……」

「……?」


 なんでかな? 今日は朝からどうして、ハーヴェイさん不機嫌なの?


 昨日、私が訓練場にお邪魔して、その時に第三部隊の人達にたくさんからかわれたから、それで?

 それともその後、皆で隊長さんに「うるせぇテメェら!!」って強面で怒鳴られたから?

 

「あの……」

「な、クガ。あんた、もう訓練場に来るなよ」

「え?」


 どうしたの急に?

 ビックリして固まってると、その様子を見てますますハーヴェイさんは表情を険しくさせた。


 え? な、なに?


「あんたが来ると、俺が集中できないんだよ」

「……」


 それって、つまり。 


「……もしかして迷惑でしたか?」


 あの貴族のお嬢様のエミリア様にも、私はあそこに行くのにふさわしくないって言われた。

 だから、やっぱり私が見学に行くことで、ハーヴェイさんにとって不利益が生じちゃったんじゃないのかな。

 例えば、「あんな人と関わりがあるなんて」とかヒソヒソ言われるとか。


 ……ありえなく、ないよね?


 どうしよう、へこんじゃうよ。


「ごめん、なさい」

「!? 違うからな!? べつにあんたのせいじゃない!」

「……そう、なんですか?」

「そうそう!」


 力強く肯定されたけど、本当?

 疑わしくって、上目遣いにハーヴェイさんの顔を下から見上げた。


「あの……じゃあどうして、ダメなんですか?」

「え、あ、っと、そ、それは……な……」

「それは?」

「…………」


 黙っちゃった。さっきからどうしたの?

 急に慌てるし、そもそもハーヴェイさんから見学は誘って来たのに。


「あんたがあいつらに囲まれてんのは、心配になるんだよ。……ほら、あんただって困ってたろ?」

「たしかに最初はどう話したらいいのか、戸惑いました」


 あの時の私の返答もしどろもどろで、気分を悪くさせちゃったかもしれないよね。


「だったら――」

「でも、大丈夫です。皆さん、良い人達ばっかりでしたから。急に寄って来られるのは、ちょっと驚いちゃいますけど」

「……」


 ハーヴェイさんの普段の様子がこんな感じなのかなとかわかった。

 他の騎士団の部隊がどうなのかは知らないけど、第三部隊のメンバーは和気あいあいとしてた。とってもアットホームな職場だよね。


「いや、それでも。もう来んな」

「……え」


 かたくなに言われちゃった。


「やっぱり迷惑でしたか?」

「いや、だからそうじゃないっつうの」

「だったら……」


 来るな、なんて言われちゃうとどうしても気になるよ。

 べつに絶対にまた行きたいってわけでもないけど、このまま引き下がる気にもなれない。


 ハーヴェイさんの顔を見たら、彼は何故か困惑してるみたいだった。

 何に戸惑っているのかな? 私がこんなに反発してくることが予想してなかったとか?

 

「あーっと、な……」

「……どうしてそんなに反対するんですか?」


 ジーって観察してたら、ハーヴェイさんは目を泳がせ始めた。

 明確な理由があったわけじゃないの? だってそれくらい、強い口調で来ることを拒んでたのに。


 だったら、なんでなのかな?


「……兄」

「え?」


 ポツリと何か一言つぶやいたかと思ったら、ハーヴェイさんは表情を一気に明るくさせた。

 まるで天啓てんけいを受けたみたいに、勢いづいて話し始める。


「そう……そうだ。兄だ!」

「兄……?」

「俺は……あんたの兄みたいな存在だ! だから言う権利がある!」


 焦っていたと思えば、何を言い出したの?

 それに、たとえ兄だとしても、さっきの反応は過保護すぎるよ。


「……そうに決まってる……でないと、こんな感情に説明がつかねぇだろ……」

「え?」

「! ……なんでもないぞ」


 小声でボソボソ呟かれたから、よく聞き取れなかったけど。何だったの?

 気になるけど、ハーヴェイさんがなんでもないって言ってるんだから、気にしなくてもいいのかな。


 それより。


「こんなチャラチャラした兄なんて、私は遠慮したいんですけど」

「チャラチャラ!? お、おいクガ! ずいぶんな言い草じゃないか!?」

「だって、そうじゃないですか。いつ女性に刺されるのかヒヤヒヤしてばっかりの兄なんて願い下げです」

「……」


 あ、言いすぎた、かも?

 ハーヴェイさんってば、捨て犬みたいなションボリした顔で肩を落としてる。


 失敗したよ。だって、今の言葉って、


「なんて、嘘です」

「へ?」


 ポカンと口を開けて驚いてる彼を見て、自然と笑みがこぼれそうになる。


「女にだらしないナンパな人だとは思います」

「おい」

「その分、ハーヴェイさんが面倒見のいい優しい人だってことも、知ってます。そういうところは、お兄ちゃんみたいですよね」


 でないと、職場を探してるとはいえ会って数回の私に仕事を斡旋あっせんしようなんてしないはず。


「あと、意外と心配性なところも、後輩のスクワイアさんに好かれてるところも、いいなって思います」

「……なんだこれ。褒め殺しか? しかもこれ、無自覚だよな。……コエー」

「? ハーヴェイさん?」

「あー、なんでもない」


 さっきからたまにポソポソ呟いちゃってるけど、それってハーヴェイさんの癖なのかな?

 思わず首を傾げて尋ねたけど、何も答えてくれないし。黙って首を振られるだけなんて。

 それとも、単なる独り言? それにしては大きすぎるけど。


 うーん、でも、聞いても答えてくれなさそう。あんまり深く掘り下げたって、意味ないよね。


「だから私。ハーヴェイさんが兄なんて境遇だったら、ゼイタクとしか感じません」

「ゼイタク、ね」


 私の言葉を復唱して、ハーヴェイさんはおもむろにニヤリとした笑みを浮かべた。タレ目気味の目がキュッと細くなる。


「ナンパな奴でも?」

「できればひかえてほしいですけど……はい」


 それも彼の個性だと思えば、目をつむれるよね。

 ただ、嫌だなって思うのは。


「……」

「クガ? お、おい。やっぱり今のも嘘なのか?」

「あ……いえ、そうじゃないです」


 そう、嘘じゃない。

 だけど、今ふっと心をよぎった、嫌だと思ってしまった点が自分の本音なんて思いたくない。


 嫌なのが、先輩と同じ顔なだけなんて。


 それじゃまるで、先輩が嫌いみたいだから。

 そんなはず、ないのに。私にとって、先輩はあこがれの存在だってことは変わらないはず。


「なんだよ、ったく。焦ったぞ」

「ごめんなさい」

「……ま、でも」


 ふと、うつむいた顔を上げて、ハーヴェイさんは困ったように微笑まれた。


「あんたが楽しそうだから、いいか」

「……え?」


 私、楽しそうにしてた?

 思わずほおを押さえてみるけど、鏡なんて手元にないから実際はどんな表情をしてるかなんてわからない。


「そうだろ? さっきだって、うっすら笑ってたぞ」

「……笑って、た?」

「おう。あんたの笑顔なんて初めて見たから、嬉しかったけど。できれば違う内容のときがよかったな」

「…………」


 ハーヴェイさんは発言のように嬉しそうに微笑んでる。

 それを確認して、私は彼が嘘とかからかい半分でっていう素振りがないことがわかった。


 同時にそれは、私の心をざわつかせた。


 だってそんなの、


「ダメ……」


 よくないことだから。

 動揺しちゃ、変わっちゃいけないのに。


 でも。もしかして私は――


「クガ?」

「……っ」


 息をのむ声が、すぐ近くで聞こえた。……その音は、私ののどから発生していた。



 ――もしかして私は、変わっていこうとしてるの?




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