第32話    「あんたに届けものだ」


 今日で異世界に来てから、11日目。

 なんだか、毎日が慌ただしくて来たのが昨日のことみたいに思えるよ。


 前回の空きの日は教会とか名所に行ったから、今度はどこへ行ってみようかな。

 できれば、職場を紹介してくれそうなところがいいんだけど……。


「えっと……」


 今は決まったらすぐに向かえるように、街頭で行先を考え中。やみくもに歩いても仕方ないしね。


 この国って、タウンワークみたいな求人情報が載ってる冊子とか置いてないのかな?

 ……うん。たぶんない、かな。だって、本って高価なんだよね? それなのに、そういう多めに用意しなきゃいけないのを発行できるはずないよ。


 だとしたら……前にハーヴェイさんが話題に挙げてたギルド、とか?

 どういうところなのかわからないけど、行ってみる価値はありそうだよね。


「おーい、クガ」

「……え?」


 今、聞き覚えのある声が聞こえたような?

 呼ばれたほうを見てみると、見知った人が私に手を軽く振りながら近づいてきた。 

 

「……偶然ですね、ハーヴェイさん。どうか、しましたか?」

「偶然も何も。俺はあんたを探してたんだって」

「……?」


 探してたって……。どうして、そんなわざわざ?

 疑問に首を傾げてしまうと、ハーヴェイさんは胸ポケットから一枚の白い封筒を取り出した。


 そして、そのまま封筒を私に差し出してきた。


「あんたに届けものだ」

「え?」


 私に?

 とっさに、手を伸ばして受け取ってしまう。だけど……手紙なんて、誰から?


 裏をめくってみると、赤のろうで封をされてる。蝋の上には、紋章みたいな印が浮き上がってた。

 丸みのある王冠が中央にあって、周りに植物のツルがしげってる。それらを全部、丸がグルッと囲ってた。なんのマークかな?


 封筒の右下には、滑らかな筆跡で文字が書かれてた。


「……アルから?」

「俺があんたと知り合いだからって、今朝あいつから託された。……っつーか、どこで手に入れたんだよ、そんなコネ」


 ハーヴェイさんがいぶかしそうな表情をしてる。そんなことを言うってことは、やっぱりアルって身分が高いのかな?


 騎士の彼が配達屋さん代わりになっちゃってるんだから、相当なのかもね。……あ、でも、『あいつ』って言ってるから、アルとは気安い関係だから頼まれたっていうだけ?

 ……どっちなのかな?


 とりあえず、ハーヴェイさんの質問に答えようとするけど。

 どこって言ったって……。


「……家?」

「はぁ!? そんなわけないだろ!」

「?」


 そんなわけないって言われても……。事実だよ?

 使用人の仕事をしてたら、ひょっこり現れたんだから。


「今、居候させてもらってるんです。その居候先に、アルが客人として来てたのがキッカケです」

「あー……なんつうか、その。まず居候してんのかとか、居候先何者だよってツッコミたいけど、一端おいとく。あんたって、超運が良いんだな」

「そう、なんですか?」

「そうだろ。そもそもだ、どうやってあんな奴を手懐てなづかせたもんだよ」

「あんな奴って……」


 随分な言い様。しかもハーヴェイさん、すっごく渋い顔してる。まるで渋柿みたいな苦い食べ物でも食べたみたいに。

 陽気なハーヴェイさんをこんな嫌そうにさせるなんて……アルってば一体何をしたのかな。


「でも。私には最初から優しかった、ような……?」

「クガ!」

「っ!? は、はい!」


 び、びっくりしたよ。だって、ハーヴェイさんがいきなり私の両肩つかんだりするから。


 深刻そうな顔をしてる彼に、威勢よく返事しちゃったけど。

 どうかしたの? 悲壮感漂わせて、私に何を言う気なのかな?


「あんた……だまされてないか?」

「え?」

「あいつは腹に一物どころか、底なし沼みたいになんでも詰まってる奴だ。そんな奴が最初から優しいなんて、絶対裏がある。あんたみたいな良い女でも、おいしくいただかれてポイだ、ポイ」


 ポイって……そんな燃えるゴミみたいに。

 冗談なのかなって思っても、ハーヴェイさんは真面目な表情をしてるから、嘘を言ってるみたいには見えないし。


 えっと、ハーヴェイさんには、そう考えられちゃうような人なのかな。アルって。

 それとも。


「単純に、ハーヴェイさんが嫌われてるだけじゃ……? ポイも、ハーヴェイさんじゃないから、しないかと……」

「!?」

「あ」


 つ、つい本音が出ちゃった。口を片手で押さえたけど、もう遅いよね。

 そのまま、ハーヴェイさんの様子をうかがってみたら、彼はガックリ肩を落としてへこんでた。


「クガが容赦ようしゃねぇ……」

「……正直で、ごめんなさい」

「いや、あのな。それは謝ってるようで全然、謝ってないからな? むしろ、追い打ちかけてるぞ?」

「……」


 わ、わざとじゃないんです。ちょっと、思ったことが口から飛び出ただけなんです。

 だけど、落ち込んでるハーヴェイさんを見てると、どうしても罪悪感が……。


 わ、話題を変えようかな。……あ、そういえば。


「あ、あの……ハーヴェイさんって、アルと知り合い……なんですか?」

「…………は? あ、ああ、俺? ま、そうだな……級友だった奴だ。そこから、今もズルズル付き合いが続いてる」

「……」


 級友ってことは……同級生だったってこと? アルの出身校って、たしか。


「ハーヴェイさんも、王都魔法学院出身だったんですか?」

「あいつから聞いたのか? ああ、そうだ。俺も、そこの卒業生だ。とは言っても、俺は奴ほど魔法に関して明るくはないけど」


 肩をすくめてみせるハーヴェイさんは、そう肯定した。


「つまり、友人ですか」

「友人っつうか……敵?」

「!?」

「あー。あと、腐れ縁。これだな、うん」


 そっちの方がしっくりきてるみたいで、ハーヴェイさんは『うんうん』と腕組みをしてうなずいてる。

 て、敵って……友人と同意語だったかな?

 でも、手紙を渡しに行くくらいだから、仲は良いんだよね?


 男の人の友人関係って、よくわからないよ。それとも、二人が特殊なだけ?


「あいつともう一人の奴と、よくつるんだもんだよ。なんだかんだで、いっつも三人でいたな」

「もう一人?」


 それって前に言ってた人?


「あの、それって。ギルドに依頼、とか言ってた人ですか?」

「そうそいつ。あいつもクセがある奴でなー。まともなのは俺だけだった」

「……」


 いえ、あなたもまともじゃないです。どうしてそんなに女タラシなんですか。

 そう言いたいのをグッと我慢して、私は沈黙で返した。 

 

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