◇プロローグ◇

第1話    「浮いてる!?」

 私は、これからどうなるのかな?

 漠然と感じてた不安。心配。


 心の奥底に隠してた、そんな感情。

 それをよそに、毎日は早く過ぎていく。



 ――でも、私は。きっとどんなことがあっても、変わったりはしない。



 それが私、『久我くが 璃桜りおん』だから。




 ◆◆◆




 いつもと同じように高校へ行って。帰り際にスーパーに寄る。

 それが、私の日課。


 スーパーを出て二歩目で、足元がよろけた。

 慌てて踏ん張って、スーパーの袋を持ち直す。


 大きめの袋が、中身のものが揺れてガサッと音が鳴った。


「っと……」


 ちょっと、買いすぎたかも。

 手に持った買い物袋が、ずっしりと重い。手のひらに食い込んで、歩くたびに腕が悲鳴を上げてる。


「……」


 玉ねぎ、にんじんが安かったせいだ。おまけに新野菜のジャガイモも買ってしまった。

 どのメニューにしたって使えるから、買って損はないかな、と安易に思って行動してしまった自分を恨む。


「やっぱり、無茶だったのかも」


 ため息を一つこぼした。ふらつく体をなんとか立て直しながら、足に力を入れる。

 ここから自宅まで十分程度。なんとか持ちこたえられるはず。


 よし。


「久我?」

「……!」


 気合を新たに踏み出そうとした足が、つい止まった。

 呼び止められたほうに向くと、私と同じ学校の制服を着た男の人がこっちを見てた。


須江すえ、先輩」

「よう」


 片手を上げて、笑う姿にドキッとしてしまう。

 須江先輩とは、入学式のときに案内をしてもらったことがキッカケで知り合った。今でも校内ですれ違うと必ず声をかけてくれる。


 少し話しただけの後輩にわざわざ話しかけてくれるのは、先輩は面倒見がとっても良いから。先輩はバスケ部に入ってて、私の扱いってその部活の後輩と同じような感覚なのかも。


 いつも先輩の周りには誰かしら人がいる。その明るい笑顔で、慕われている人だ。

 顔だって鼻がスッと通ってて、目は少しだけタレ目がちだけどパッチリ二重。身体だってバスケで鍛えてあるから、細マッチョだ。

 先輩が部活の試合でシュートを決めると、必ず女子の歓声が上がるくらい大人気。


 知り合ったのは、正直幸運なんだと思う。本来なら、すれ違ったって先輩から声もかけられないような、平凡な私だから。


 須江先輩に憧れている人は多い。校内だけじゃなくって、バスケ部の学校対抗の試合とか大会で着実にファンを増やしてる。

 顔立ちだけじゃなく、性格だって優しいし、バスケのプレーだってアッと驚いちゃうくらいうまいから。当然だよね。



 私自身だって、そう。

 須江先輩に、憧れてる。



「今帰りか?」

「はい。先輩もですか?」


 話しかけられたことが嬉しい。だけど、それを顔に出しちゃダメ。先輩にとって、私は数多くいる後輩のうちの一人なだけだから。

 感情を出しても、先輩にとってはいい迷惑だよね。


「そうだ。一緒に帰るか?」

「……いいんですか?」


 どうしよう。思いもよらないお誘いなんて。ドッキリじゃない?

 でも、先輩は冗談とかからかうとかしない人だから、本気、なのかな。


「もちろん」

「じゃあ……お言葉に甘えます」

「っぷは、お、言葉に甘えますって……普通言わないだろ。久我は変わってるな」

「そう、でしょうか?」


 よくわからない。だけど、先輩がウケて笑っているから、それでもいいかなって思う。


 歩き出した先輩についていくかたちで、ゆっくりと私は歩き出した。

 手に持った荷物が気にならないくらい、気持ちが浮ついてる。


 今日はついてる。スーパーに寄ってよかった。


「重くないか、それ」

「……いえ、べつに」


 嘘です。すっごく重いです。でも、それを無視できるくらい、今は嬉しい。


 首を振ってみせると、先輩は不思議そうに私を見た。……なんでしょう。


「ふうん。久我は力持ちなんだな」

「……いいえ、普通です」


 こんなに長く話せるなんて、運がいい。普段は先輩の周りにいる人達が私と先輩の会話を遮さえぎったり、先輩が他の人に呼ばれたりして、すぐに強制終了になるから。



 その後も、たわいのない会話をして、先輩と分かれ道にさしかかった。


「俺こっちの道だから」

「そう、ですか。今日はお誘い、ありがとうございました」


 腰を曲げるには買い物袋が重すぎるので、会釈をしてお礼を言った。

 先輩と話してるおかげで荷物の重さも気にならなかったし、なにより楽しかった。見かけて誘ってくれた先輩には感謝だよね。


「いや、うん。べつにいいってそれくらい。ってか、それでお礼を言われても」

「? ……そうですか?」


 苦笑いをする先輩に、首を傾かしげた。どこに苦笑をするポイントがあったのかな。


「……わかんないやつだな。ま、いいや。気を付けて帰れよ」

「? ……はい。ありがとうございます」


 一瞬目を細くした先輩のキャラが、いつもと違うような感じがした。

 私の気のせいだよね。そんなこと、あるはずない。


 軽く手を振ってから去っていく先輩に、頭を下げる。


 ……さてと。あとはこの、食料達をなんとかしないと。

 もう少しで家に着くんだから、頑張らないと。


 買い物袋を一度持ち直して、気合を入れなおす。



 そして、まずは一歩



「っ?」


 ――を、踏み出したはずなのに、私の足は空を蹴けった。

 なんで足の裏の感覚がないの? 


「!?」


 慌てて違う方の足を踏み出しても、また同じように、地面の感覚がない。


「え!?」


 どういうこと? 何が起きてるの!?

 下を見てみたら。何故か遠ざかっていくアスファルトが見えた。


 え。


 左右を見渡すと、道の途中に並んでた電灯の明かりがすぐ横にあった。さっきまで見上げるくらい高いところにあったはずの物が近くにあるなんて。


「ええ!?」


 もしかして私。


「浮いてる!?」   


 どういうことなの!?


 って、そういえば私今スカート! 見える、見えちゃう!

 隠したいけど、どうやって隠せばいいのかな!?


 そ、それよりこの状況。なにが起こってるの?


 私の焦りとは無関係に、身体は地面からどんどん遠ざかっていく。ふと、上を見上げると。


「!? ええ!?」


 あれって、まさか。まさかなんだけど。


「なんでUFO!?」


 本当に!? 現実!? 夢じゃないよね!?


 もしかして。今の状況って。


「キャトルミューティレーション!?」


 私、牛じゃないよ? 食べてもおいしくないよ!?


 どうしよう。どうしようどうしよう! 

 逃げなきゃ! でも、どうやって?


 なにをしたらいいのか、どうすればいいのか迷って、戸惑って、頭の中が真っ白になる。

 そして、UFOに吸い込まれる前に、あまりのことに思考回路がショートしたのか、私は気を失ってしまった。


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