2569 Core 13「正義と英雄」

 ──黒い島脱出の日、20時30分、海岸


「カズヤのやつ遅いな、昔から俺と飲みに行くって言うと、あいつはいつも遅れて来るんだよな……」

「ヤタノさん、ここから100m先の浜辺に、先程の敵と同じ光学迷彩の人影が5名います。敵味方の判別がつくまで僕も姿を消してあなた達を守ります」

「姿を消すって、クロ、お前そんなことも出来たのか?」

「先程、破壊した戦車から、迷彩モジュールを奪いました」


 バチッ、と電気がスパークする様な音がするとクロは透明になった。


「ははっ……何でもありだな、クロは頼もしいよ」

「近くにはおりますので、ご安心を」


 ここは大きな声を立てる状況ではないが、ヤタノはカズヤが人を脅かすのが大好きな性格を知っていたので、確信を持って海に向かって呼びかける。


「おい!カズヤ!飲みの集合時間だぞ!姿を現せ!」


 目の前の波がバシャバシャと鳴る。


「うおっ!?ヤタノ!どうしてわかった!?姿を消して近づいて、お前を脅かそうと思ったのになあ……」


 バチバチッと音を立てながら、白衣の男が照れくさそうに頭を掻いて現れた。


「最近は姿を消す迷彩が大流行おおはやりだな、さっきの奴らといいお前といい……」

「そんな事より、ヤタノ……お前こんな若い奥さんと子供がいるのか!?そっちのほうがビックリしたぞ!?」

「こんばんは、はじめまして。私はヤタノの妻のレイコです」

「こちらこそはじめましてカズヤです。えっと……そちらのお子さんの名前は?」


 ミチルはレイコの後ろに黙って隠れてしまった。


「……色々あったんだよ。長い話になるから後でゆっくり話す。それよりも、どうやって迎えに来た?船か?何も沖に見当たらないぞ」

「船なんて普通だろう?もっと面白いものを借りてきたんだ。俺の患者に政府軍の偉い人が居てな。快く応じてくれたよ」


 沖に向かって手を振るカズヤ。


「ちょっとばかし、癖のある偉い人だ。失礼のないようにな」

「失礼?そんなに、偉い人がくるのか?わかったよ、緊張するな」


 沖の海面が盛り上がり、クジラのような黒い巨大な潜水艦がザバーと波を掻き分けて、浮上してきた。


「潜水艦……!?カズヤ、お前、とんでもないもの持ってきたな」

「ただの潜水艦じゃあない。ジャスティス艦長のお気に入りだ」

「ジャスティス艦長?名前が既に只者じゃない雰囲気だな……」


 潜水艦が沖から海岸へ近づいてくる。巨体がどんどんせり上がって黒い塊が姿を現す。


「おいおい、カズヤ!あれ座礁してるだろ!艦長はバカなのか!?」

「いや、あれが特殊輸送部隊の強みだ。脚付きの潜水艦だ」


 ドスンドスンとクジラの胴体脇に脚が8本ついた潜水艦が浜辺に乗り上げてくる。


「うわぁ……なんだありゃ……脚が付いてる気持ち悪い……」


 迎えに来たのは、潜水艦に大きい脚が8本付いた虫のようなフォルムの船だった。後ろ向きに海岸に乗り上げ、後部の大きい鉄の扉がガコンと下に向かって開き、そのまま砂浜へ坂を作る。


 潜水艦の中から中年で筋肉質の男が出てきた、顔には傷があり、いかにも歴戦の兵士といったたたずまいだ。その男はヤタノを見つめ、語りかける。


「ワシがジャスティス艦長だ!カズヤ先生はワシや仲間の命の恩人でな、先生の親友が黒い島から抜け出したいと聞いて、白い島最新鋭のこの艦でやってきた」

「この国の政府軍が黒い島に関与していることがバレたら、艦長はクビで済まされないでしょう。そこまでリスクを冒してまで来てくださり、ありがとうございます。ジャスティス艦長」

「なぁに、それがバレたらお前さんの隣に隠れてるつもりのその機械を国に渡せばいい。寧ろ大手柄だ」


 ヤタノはクロが近くで護衛している事がバレていることに驚き、咄嗟とっさに嘘をついた。


「そんなものは居ない、居たとしても白い島の政府には渡せないな」

「新兵の機械よ、迷彩を過信しすぎだ。砂浜では足跡がつくことくらい、わからないのか?」


(そうか、クロは軍隊で教育を受けたわけでも無い、機械としての能力は無限大の可能性を秘めているが、生きる為の知恵はまだまだ未熟なのか……)


 ヤタノはクロの能力ばかり見ていたが、まだこの世に生まれて生きていく術を完全に身に着けているわけではない事を理解した。


「クロ、バレている。迷彩を解いたほうが良い。この艦長には嘘をついてはいけない気がする」


 クロは黙って迷彩を解いた。


「やはり、拠点で暴れていた機械か!俺たちが着いた途端に騒ぎが起きていたからな、偵察ドローンで監視していたんだよ」

「監視だと?カズヤ、こいつはどういうことだ。この艦長は俺たちを助けるつもりが無いのか?」

「疑問が多く、信じがたいことでしょう、ジャスティス艦長。しかし、あまりヤタノをいじめないでください。貴方の本来の任務はそんなことじゃないでしょう?」

「そうだな、俺達の本来の任務はそんなことじゃない」


ジャスティス艦長が話し始めようとすると、クロのバイクが砂を巻き上げながら走って来た。シートには作業員2人が乗っている。


「うわあああああ!速すぎるよ!先輩このバイク怖い!」

「いやー!クロの作ったバイク、すげえなおい!何もかも自動だぞ!おーい!ヤタノさーん!」


 クロのバイク『カラス』は作業員さん達もしっかり連れて来た。クロはカラスの頭を手で撫でるように触った。


「随分騒がしい奴らが来たな。お前らも脱出組か?」


 威圧的にジャスティス艦長が作業員達に話しかける。


「なんか聞いたことある声だな……!?ああああ!!お前!正義!マサヨシだろ!何やってんだお前!」


 先輩作業員が驚いた。


「えっ、お兄ちゃん!?」


 ジャスティス艦長、もといマサヨシは目が点になった。


「おっまえ!この島をイキナリ出ていって、家を放ったらかしにして!兄ちゃん大変だったんだぞ!」

「やめて!英雄お兄ちゃん!痛いっ!痛い!」


 グーでイキナリ殴りかかる英雄お兄ちゃん。正義が……泣いた。


「だって兄ちゃん、この人達危ない機械従えてて……怖くって……」

「危ない機械だぁ!?あいつはなあ!俺たちの大事な家族だ馬鹿野郎!」


 また、グーで殴られる正義。


「ジャスティス艦長、英雄さんの兄弟だったのか……」

「あれが、おやっさんの兄貴……」

「ジャスティス艦長の本名は正義……」


 ジャスティス艦長の隊員達も迷彩を解き、姿を現わす。劇的な兄弟の再開で、みんな笑ってしまった。


 どうやら、張り詰めた空気は解けたようだ。



 ——潜水艦はかなり巨大で、収容人数も多かった。この舞台は特殊輸送部隊という名称のようだ、拠点の負傷した敵兵20名を全て隊員が迅速に収容し、応急処置を施した。


 ヤタノ達も浜辺から潜水艦に乗り込もうと歩き始めると、クロだけ浜辺から一歩も動かなかった。


「どうしたクロ?正義さんは白い島の政府にお前を渡す気は無いってさ。だから、乗って行こう」


 クロは静かに首を横に振った。


「……ここが私の生まれた島です。そして、この島はまだ、私を必要としている者がいる。私はここを守ります」

「そうか……アマタの息子として、ここで生まれた。だから、ここが故郷なんだな?」

「すみません、ヤタノさん。護衛はここまでです」


 クロの話を聞いた作業員2人は船を降り始めた。


「クロ、お前……この島が好きなのか?」


 英雄は一度はこの島をヤタノ達と逃げ出そうと思った、自分の生まれ故郷であるこの黒い島を愛するクロの言葉に胸を打たれた。


「ヤタノさん、悪いな。ここまで来ておいてなんだが、俺もこの島に残る。クロが心配だからな」

「なんですか先輩!それだったら俺も残りますよ。なぁ!クロ!また一緒に暮らそうぜ」

「おやっさん……!兄貴……!」


 英雄が正義に呼びかける。


「おい!兄弟!お前の事情はよくわかった!俺もその話は賛成だ。この島を取り返すまで、ここを守ってやる!だから、お前も無茶するなよ!」


 正義と英雄の兄弟はお互いの現状を話し合ったようだった。


 ——何十年も続いていた白黒問題を解決する糸口を、マサヨシは黒い島を出てずっと探っていたのだ。これもひとつの黒い島を愛するゆえの行動だった。


 そして、今回捕らえた20名の捕虜から驚くべき証言を得ることになり、白黒問題の事態は急変することになった。

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