5-C「レイコ、その後」
「お父さん!お母さん!どうしたの!?返事をして!」
私は崖から落ちて潰れた車の後部座席から這いずり、車の外に出た。両親が全く動かなくなって、両親の顔には赤い液体が
―─2~30分位すると何人か人が集まってきた。
「おい!大丈夫か!?救助にきたぞ!」
私はこの時、初めて両親以外の人間を見た。
「ええ、私は大丈夫です……お父さんとお母さんが……返事をしないの」
「気の毒だが……二人は死んでる。君は……君の名前は?どこに住んでいる?」
「私はレイコ、住んでいる場所……?わからないわ」
「……頭を強く打ったのか?目立った外傷はないようだが……病院に搬送したほうが良さそうだな」
「あなた、それよりも、お父さんとお母さんが動かないの……死んでいるって何?」
その会話を聞いていた人たちが、驚いている。
「事故のショックじゃないのか……可哀想に……」
「その娘、早く病院に搬送してやれ!ものすごいショックで気が動転している」
オレンジ色の服を着た男が私をどこかに連れて行こうとする、怖い、嫌だ。私は走って森の中へ急いだ。しばらくすると追ってくるものは居なくなった。両親は一体どうしてしまったのだろう?死んでいる?死って何……?
夜、森の中を歩く。どこに歩いたら良いんだろう、わからない。何時間歩いたのだろう?わからない。
『警告、バッテリー残量低下、設定された充電ポイントへ強制帰還します』
「誰?近くに居るの?」
眠気がしてきて、目の前が急に暗くなった。
――目が覚めると、私は家の天井を見ていた。
さっきまで見ていた森の出来事は……夢だったの?私、今、家にいるわ。さっきまで暗い森にいたのに……部屋の窓から日が差し込んでいる。私のベッドから起き上がって、家の中に居るはずの両親に声をかける。
「お父さん!お母さん!おはよう!」
――返事が無い。
街にイルミネーションを見に行く途中、崖から車ごと落ちた。そして知らない人達がやってきて、私は逃げてきた。やはり夢じゃなかった、ということだろうか……お父さんとお母さんはどうなってしまったの?
「あの崖に行って確かめなきゃ……」
私は家を出て歩き出す、家の外には車がない。やはり昨日の出来事はあったのだ。街の方向へ、山の中の大きい道路を歩いてゆけばいずれ、そこにたどり着くはず。
歩き続けて、道路の下り坂の向こうにある、壊れた柵の間に黄色いテープが幾重にも張り巡らされている場所が見えてきた。私は壊れた柵に近づく。そこには花束等が置いてあり、柵に張り付けられた黄色いテープには「立入禁止」と書かれていた。テープの少し先は崖になっていて、私は崖の下を覗き込んだ。
「大変!家の車が潰れているわ!お父さんとお母さんが!」
私は崖を迂回して森の中を歩き、車のところまでたどり着いた。車の中には誰もいない。昨日見た赤い液体は黒くなり、車のシートに張り付いて固まっていた。
「お父さん、お母さん……どこに行ったの……あの人達に連れて行かれてしまったの?」
私はそう呟いて、車の近くに座った。しばらく時間が経つと、遠くから二人の男の声が聞こえてきた。私は怖くなって木の陰に身を隠す。
「しかし……気の毒な事故だったな」
「老夫婦が街に行く途中、崖から車ごと転落して死亡。車中のアンドロイドは逃走中か……」
「もしかして、アンドロイドが何かしたんじゃないのか?」
「いや、まさか、そんなことは今まで起きたことが無いぞ」
逃走中……アンドロイド……?誰のことなの?
「あ、あの、私、両親を探しているのですが……」
「うわぁ!逃げたアンドロイドじゃないのかこれ!?」
私を見るなりビックリする人達。
「ち、ちがいます。私はレイコ、その車の中に居た人たちの……娘です」
「そうなのか?娘が病院に搬送されたなんて聞いてないぞ」
「あの老夫婦の娘にしては若すぎやしないか……とりあえず、アンドロイドの印が無ければ人間だよな。ちょっとクビの後ろ見せてくれないか?」
「ええ、良いですよ……それよりもアンドロイドとは何ですか?」
「おいおい、その歳でアンドロイドが何ってどういうことだ?」
「あれっ、クビの後ろに制御端子付いて無いぞ……おかしいな?アンドロイドだとばかり思ってた」
「私は、人間よ?アンドロイドって何?」
「アンドロイドは人間と見分けの付かない機械だよ、街にいっぱい居るだろう?」
「機械……?」
「まさか、山の中に暮らしていて、わからなかったってことは無いよな。ネットだろうがテレビだろうが、どこにでもアンドロイドは居るんだから……」
「ネット?テレビ?あなた達は何を話しているのかよくわからないわ」
「やっぱり……この人はおかしいんじゃないか?最近噂になっている不法に作られたアンドロイドってもしかして……」
「ちょっと、一緒に来てくれないか?」
男が私の手を掴もうとする。
「嫌よ!離して!!」
私は男の手を振り切り、森のなかを走る。
……昨日の夢と同じだ。
男たちは、もう追ってこない、森の中を私はさまよい歩く、夜になってもまだ歩き続ける。そのうち、またあの声が聞こえてきた。
『警告、バッテリー残量低下、設定された充電ポイントへ強制帰還します』
「誰なの?またあなたの声がする。バッテリーって?充電ポイントって?」
そのうち、また視界が暗くなり。私は眠りに落ちた。
――目を覚ますと私はベッドに寝ていた。
いつもと変わらない風景、両親の居る我が家。また両親を呼ぶ、返事がない。両親を探しに外に出ると車がない。道路を歩く、黄色いテープのあの場所へ、崖の下を覗き込む。
「車が……ない」
何事も無かったかのように崖の下にあった潰れた車が無くなっていた。私の家の車が、両親が無くなった。まだ崖の下にいるのかもしれない。崖を迂回し、崖の下にたどり着く。そこには何も無かった。
「私のお父さんとお母さん、どこへいったの?」
雪が降ってきた、崖の車のあった場所にうずくまる。私はどうしたら良いのかわからなくなった。雪が私に降り積もる。しばらく、そのままで居るとまたあの声が聞こえてきた。
『警告、バッテリー残量低下、設定された充電ポイントへ強制帰還します』
「あなた、どこにいるの?あなたの声を聞くといつも私は眠ってしまう……」
また、視界が暗くなる。
――私はベッドで目を覚ます。
「身体がびしょ濡れだわ……私は昨日、外に居たのね」
ようやく、私が外に行っては家に戻ってきている事を理解した。何が起こったかは分からないが、両親も居なくなって私は一人になったことが解った。
リビングのテレビを付ける。両親が居た頃は全く見ていなかったテレビ、様々な情報が流れてくる。世の中の出来事を私は見続けた。ネットというものもあるようだ。自発的に調べることに向いているようだ。テレビについているネット機能も使ってみて、私は色々なことを調べ始めた。
――数日後
「私……はアンドロイド……だと思う」
情報を両親の家で何日もかき集めて世の中のことを学習した。段々と理解してきたのだ。自分の立場、こうして何日も飲まず食わずで生きていられる事自体が、人間でない証であること、ベッドは給電装置になっていて、人でいうところの眠りにつくと私の体内にあるバッテリーに充電されるらしい。24時間以上動き続けると電池切れになる前に例の声が聞こえることも理解した。
『警告、バッテリー残量低下、設定された充電ポイントへ強制帰還します』
「ええ、そうね……おやすみなさい」
私はベッドで充電するために眠りについた。
――さらに数日後
家に誰かが来た。見知らぬ黒服の男が二人。家の扉をノックする音がする。
「どなたか、いらっしゃいますかー?」
「ここの家の持ち主は死んでしまったはずなのに、何故か電気だけ利用されているんだ」
「どこかのホームレスが入ったのか、それとも……幽霊ですかね?」
「馬鹿言うな、最近の家はしっかりと指紋から静脈、あらゆる情報を照合してやっと入れるセキュリティなんだぞ。……いや、幽霊ならあり得るな」
「やはり例のあれですか、未登録の違法アンドロイド。何度も目撃されてますし、ここにいる可能性は高いですね」
「だが、俺達が見つけたところで出来ることと言えば、違法な未登録のアンドロイドとして処分することだ。事故以降の崖の下での目撃証言や会話内容を聞く限り、そのアンドロイドは……」
「自分を人間だと思っている。ということですね……」
「そうだ、それが一番厄介なんだ。アンドロイドなのに、死にたくないから抵抗する……正規品のアンドロイド達は大人しいもんだ。主人が居なくなると自ら眠りにつく」
男たちの会話は私に筒抜けだ。恐らく、私は処分される。法というものはそのくらい厳しいものだという情報もこの数日で学んだ。
「どうしますか?恐らく十中八九この家にまだ居ますよ?」
「抵抗するアンドロイドを捕まえる時ほど気分が悪いものはない。何故人間として育てる奴がこの世の中にいるんだ……」
彼らがアンドロイドを無理やり捕まえることをためらっていると感じた私は賭けに出た。扉をあけて彼らと話をしてみよう、そう思った。
「……それは、両親が私を……いいえ、私と瓜二つの人間だった頃のレイコを愛していたからよ」
「うわっ、出てきた!ああ……全部聞いていたのか?」
「ええ、全部聞いていました。抵抗はしたくありません。私はわかってるんです。自分が人間じゃないことを」
「そうか……なら話は早い、一緒に来てくれるか?」
「いえ、処分されることは怖いです。私は死にたくない」
「何を言ってるんだ。アンドロイドは死なない。リサイクルされて新しくまた作られるだけだ」
「やっぱり様子がおかしいですよ、このアンドロイド……死にたくないなんて言ってますし」
「お願いします。見逃してください。私はここを離れます。お願いします」
「参ったな……抵抗してくれて暴れるくらいのことでもしてくれれば俺だって遠慮せず処分できたのに……」
「どうするんです?見逃すんですか……?」
「今まで何体も暴れるアンドロイドを俺達は処分してきただろ。あいつら、命なんて無いと思っていつも心に言い聞かせて処分してきたんだけどな……」
「私は……もうわかってるんです……違法に作られたアンドロイドであることも、それは、この世に存在してはいけないということも」
「君の両親は
「両親の事を悪く言わないでください。私は……少なくとも、あの方たちにレイコという名前を与えられて、楽しい時間を過ごしてきた」
「その楽しい時間が終わって、始末をするのは、いつも作った側の人間だ……死にたくないと泣き叫ぶアンドロイドを俺達は何体も処分してきた」
「私も、死にたくない」
黒服の男がもう一人の男にひそひそと話しかける。
「情に流されちゃだめですよ……見逃すのは職務放棄ですよ?」
「……まぁ、まて、俺も少しこの仕事に疲れてたんだ。たまにはゆっくり話でもしてみないか?アンドロイドと」
「全く……知りませんよ……」
家に黒服の男二人を招き入れる。少し話がしたいと男は言っている。私も両親以外の人間とじっくり話すのは初めてだ。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はシマ。相方のこいつはニシ」
「私はレイコです」
黒服の男がため息をついて、話し始めた。
「大体は調べが付いてるんだ、君はアンドロイドとしての大切な機能を、君の両親に取り除かれて生きている。通常は持ち主が所有権を放棄するとアンドロイドは自分で警察に通報し、自ら次の持ち主が見つかるまで眠りにつく。運がよければ、そのまま次の権利者へ引き渡される。が、大体はパーツごとに分解され、リサイクルされる」
「私は、人間として育てられたの。だから両親は死んでしまっても、自ら眠りにつくこともないし、次の所有者も望んでいない、分解だってされたくないわ」
「だろうな……俺達は、そういうアンドロイド達を粛々と処分してきた。今までの奴らは抵抗して襲いかかってきたりもした。だから処分することも、ためらうことは無かった」
「私は……生きていたい……死にたくない……でも、あなた達を傷つけたりもしたくない……」
「随分、優しい子に育ってしまったようだな。君のご両親も喜んでいることだろう」
「喜ぶ?死んでも喜ぶことはできるの?」
「ああ……いや、死んだら喜べない。人間独特の変な感情だこれは」
「死んでも、生命活動を停止しても、喜んでいる……理解できないわ」
「人種や個人それぞれ、人が死んだらどうなるかなんてことを、自分で勝手に考えているんだよ、死んだら活動を停止するのは間違いない。死んだ後に喜んでいるというのは俺が勝手に作った
「ちょっと……シマさん、何をそんなに話してるんですか……わかるわけないじゃないですか。アンドロイドなのに……」
「ニシ、今までのアンドロイドとレイコは少し違う気がしてな……話してみたくなったんだ」
「シマさん、私には理解できません……難しい話で……ごめんなさい……」
「いや、死んだらどうなるか何て皆知らないんだよ。君を作った人間達も知らない。死んだら天国や地獄があるなんて話も証明できない」
「私は……今、生きているの?死んでいるの?」
「それはレイコ次第だな。俺だって、お前は生きているか、死んでいるか?なんて聞かれたら、生きているという保証は俺しかできないよ」
「人間も……生きているのか、死んでいるのかわからないの……?」
「自分で考えて活動していれば……生きている……と言えるかな」
「僕はどうだろう……そんなの深く考えたこと無いな」
シマさんとニシさんは私とお話をしてくれた。アンドロイドと人間の境目について答えが出ないけれど、話し合ってくれた。
「おっと、もうこんな時間か、ニシ行くぞ」
「え!?レイコさんはどうするんですか!?」
「もうわかっただろ、俺達が処分する案件じゃない、彼女は人間だ」
人間……?私は人間じゃ無いとわかっているというのに……何故?
「困ったことがあったら俺に言え、もし、人間として生きていたいなら金を稼がなければ自分の電気代も払えないぞ?俺が知り合いに頼んで家政婦として働き口を探してきてやる」
「あ、ありがとう!ございます……でも、どうして?」
「君と話しているうちにアンドロイドと人間の境目がわからなくなってしまってな、今まで処分したアンドロイドも助けられる奴がいたかもしれない、ただの人間の気まぐれだ、気にするな」
「シマさん……どうするんですか?報告書……」
「そんなものは適当に書いておけ、アンドロイドは両親の死亡後に自壊していたとでも書けばいい。ここの家も山中で安いもんだろう?持ち主は死亡、跡継ぎが居ないため現在は市が所有している。ここは俺が一時的に買い上げておくから、あとはレイコが働いて俺に返せばいい」
「また勝手な事言うんだから……シマさんは……全く」
「ほら、行くぞニシ、野良アンドロイドの案件まだまだあるんだろ」
「私……生きてみます。ありがとう、シマさん」
「気にすんな、人間なんていい加減なもんだ」
――何故か私は生きていくことを許してもらった。人間の気まぐれというのはおもしろい。私は、人間でないことがわかった。けれど、私は人間として生きていきたいと思った。
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