異世界テーマパーク
きょん
第一章 夢を失った少女
第1話 サリーの過去と一通の手紙(上)
サリー・レッドラインは今年でちょうど16歳になる。
彼女の家は、貧しいながらも下級貴族の位を持っており、村では長の役目を担っていた。
貴族と言えば、煌びやかなドレスに身を包み、王都に立ち並ぶお城のような豪邸に住んで、お茶会でもしながら楽しく日々を謳歌する、といった想像をする人も多いかもしれない。
しかし現実はそうではない。勿論、中にはそういう人達もいる。
ただ、貴族の中でも末端の末端に名を連ねるレッドライン家には、貴族としての領地収入はスズメの涙ほどしか無かった。
そんなわけだから、騎士でもあるサリーの父親は村に出没する魔物を退治する傍ら、農業も営んでいる。
その収入も、村でいうところの一般的な水準未満で、大地主の人達と比べれば微々たるものだった。
つまり、サリーの家は貧しかった。
下級貴族とはいえ、貴族の位を持つ者とは思えないほど貧しかった。
おまけにサリーの家は、他にも問題を抱えていた。
それは、他の貴族家からの嫌がらせ行為である。
今はこんなでも、レッドライン家と言えば、一昔前は王都でも指折りの名家だったのだ。ただ、父の代で政権争いに敗れ、地方へと追放されてしまった。言うなれば、没落貴族というやつである。
当然ながら恨みを持つ者も多く、あの手この手でサリー達は嫌がらせを受けた。身に覚えのない借金を吹っかけられたり、家に火を放たれたり。
そんなわけで、サリーの家はますます貧乏になった。
もはや自分達だけではどうにもならず、商家である母親の実家の援助があって、ようやくなんとか生活できるほどの、細々とした暮らしだ。
おかずはいつも一品だし、服はいつも姉のお古だ。習い事だって、今では一つもやっていない。大好きだった医学の勉強の方も、もう何年もご無沙汰だ。
サリーがまだ幼い頃、王都に住んでいた時の生活とは天と地ほどの差がある。
それでも、サリーは毎日が楽しかった。
貧しいながらも三食のご飯はしっかりと食べれるし、家族の仲も良かった。
そして何より、彼女には夢があった。
辛いとき、苦しいとき、悲しいとき。
サリーが頭に思い浮かべるのは、遠い昔、村を訪れた一人の冒険者が聞かせてくれた物語の数々だった。
恐ろしいモンスター達がひしめく迷宮を、仲間たちと力を合わせて進んでいく冒険譚。
時には巨大なドラゴンと闘ったり、またある時には、凶悪な罠に嵌って絶対絶命の危機に陥ったり……
しかし数々の困難を乗り終えて、ついに一行は前人未踏の迷宮を踏破する。
そんな話を思い出す度に、サリーは辛かったことも忘れて、夢中で冒険者になる自分の姿を想像したものだった。
サリーにとって、冒険者は彼女の全てだった。
15歳になったら冒険者になって、村を出ていく。
それが、彼女が密かに胸の内に抱いていた夢だった。
しかし、15歳の誕生日を間近に控えたある日、悲劇は起きた。
馬車に轢かれたのだ。
咄嗟に庇ってくれた母のおかげでサリーはかろうじて一命を取り留めたものの、母親の方は一年が経過した今も眠り続けたままだ。
いつ起きるのかは分からない。もしかしたら、このまま一生起きないかもしれない。なけなしの金をはたいて、王都の高名な医師に診せてもらっても、結果は同じだった。
現在、母は実家である王都の商家の方で引き取ってもらっている。今のレッドライン家では、到底母の入院代を支払うことなどできないからだ。そして、母が実家に帰るのと同時に、わずかな資金源だった商家との縁も切れた。
それに一命こそ取り留めたものの、何もサリーが無傷だったわけではない。
事故によってサリーは、二度と歩くことのできない体になってしまった。
憧れの冒険者への道は閉ざされ、彼女の夢は終わった。
そして、優しかった母親を失ったサリーの家族は、文字通り崩壊した。
まず、父親が酒に入り浸った。
一日中、朝から晩まで酒を飲むその姿には、かつての優しかった父親の面影など欠片も残っていない。
次に、逃げるように長男と長女が家を去った。
長男のジェンの行方はいまだに知れないが、長女のシェリーは元々の家柄の良さを生かして、どこかに嫁いだそうだ。
残された二男と次女、三女でなんとか家庭を切り盛りしていたが、それも次第に危うくなっていった。
借金が積もり、日に日に貧乏になっていく日々。
始めは、二度と歩けない体になってしまったサリーを気遣ってくれた兄弟だったが、そうなると次第にサリーを邪魔に思うようになっていった。
当然だ。
働きもせず、ただベッドに座って運ばれてくる食事を消費するだけの存在。できることと言えば、藁で靴を編むくらいのものだ。
今のレッドハット家にとっては、負担以外の何物でもないだろう。
夢は砕け、身内からも疎まれる日々。
一年間にわたる地獄の日々は、明るく元気いっぱいだったサリーの心を、完膚なきまでに破壊した。
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