第4話

「……まったく見えなかった」


昴の試合を近くの席から観戦していたエリカは、呆然と呟いていた。

先程までは、昴の全くと言っていいほど気合いの感じられない攻防(防御はしていないが)にやきもきしていたが、金髪男を斬る瞬間にだけ感じられた本当に一瞬の殺意と、それよりも遥かに短くはやい攻撃に、エリカは感動と共に一抹の恐怖すら覚えた。


「……僕も、あの斬撃はいまだに避けられない」


後ろから、恐らくはこちらに向けて発せられた声を聞いたエリカが振り返る。


「貴女は……」


そこにいたのは、上にはピンクに白のラインが入ったネコミミフード付きのパーカーを着て、下は黒のショートパンツに白と黒の縞模様のニーソックスという、どう見ても私服としか見えない服装に、とてつもない違和感を発する巨大な戦闘用斧型デバイス、

名を「ハルバード(Halberd)」。本来のハルバードと同じく尖端に槍型の刃の付いた形状の比較的大きな斧で、三種類ある斧型デバイスの内、両手斧と言えるのはこのハルバードだけだ。

エリカの後に立つ、己の身の丈を超える程の武器を平然とした表情で持つ小柄な少女は改めて昴を見た。

昴は、剣の峰側を使った剣術に体術をおりまぜることで退場した金髪男を抜いた三人の対戦相手を圧倒していた。


「…………っ!」


それを見ていた少女の顔には、「気にくわない」と書いてあることがありありと感じられた。あのエリカにすら分かる程に。


「そりゃあ、昴は強いもんね……」


そしてエリカには、少女の気持ちが少しだけ分かる気がした。


「でも」

「ん?」

「もうアイツには負けない」

「大した自信だねぇ、そんなに勝ちたいの?」


人をバカにしたような、間延びした口調でエリカが言う。しかし、それに少女が示した反応は、エリカにとって意外なものであった。


「別に、勝ちたいわけじゃないよ」


エリカは少女の顔を見つめながら、一瞬呆けた顔をすると、すぐさまその理由を聞きにかかった。


「どういうこと?引き分け狙いって言っても、確かこの試合のルール上引き分けなんて無かったと思うけど」

「いや、それは、みんな誰かが引き分けになった所を見た事がないだけ。別に、ルール上の規定はなくても事実上の引き分けはあるはず」


その言葉と共に決意をあらわにした少女を、前にも増して穴があくほど見つめたエリカは、いつになく楽しそうな声音で言った。


「面白いね、あなた」

「えっ?」


突然の言葉に少女ガキョトンとしていると、エリカは改めて昴の試合に目を向けた。


「フッ!」

「ぐあっ!」


二人が再び視線を戻すと、昴がちょうど槍使いの突きを読んで文月で大きく払うと、そのまま左手での掌打を行った。

仮想体に痛覚はないため、あまり意味のないように思えた昴の攻撃だが、強い踏み込みからの魔力を少量だが混ぜた一撃をもろに食らわせたおかげで槍使いは大きく後方へと飛んでいった。

さらに、昴は残っていた二人の内、斧使いの(こちらも少女と同様ハルバードを使用している)方に向くと、槍使いが昴からの攻撃を食らった際に落としたのだろう槍を拾い上げると、肩に担ぐようにして持ち上げた。投擲の姿勢だ。

斧使いの男も、昴の意図に気づいたのだろう、昴が上体を仰け反らせた瞬間、右に大きく跳んだが、それは昴のフェイントだった。

見事にめられた斧使いの男は、着地の瞬間に、昴を恨めしそうに睨んだが、直後、一回転して放たれた槍によって、その顔には穴が空き、表情などは読み取れなくなった。

そして、最後に残った弓使いは。


「すまなかった、許してくれ!降参だ!」


綺麗に九十度のお辞儀をして、降参リザインを宣言していた。相手が降参宣言した所でこれ以上攻撃すると、過剰攻的行為とみなされ逆に失格となってしまうため、昴は静かに構えを解いた。

(数年前には、試合中にトドメの一撃を食らう直前に降参宣言をする事で、相手の反則負けを狙うなんて姑息な作戦が流行ったりもしたが、現在では、『敵が降参宣言をした後でも不可抗力での攻撃なら良しとする』というルールが付け加えられているため、降参リザインを使った不正行為はできなくなっている)


まあ、元々この試合は正式なものではなかったのだし、多少ルール違反を起こしても失格になったりすることはないのだが。


弓使いの降参宣言を合図に観客(というか野次馬)が散りゆく中、エリカが入場口からいまだ床に突っ伏したままの男達の中を突っ切って昴の元に駆け寄った。

そして当然のようにエリカが昴の腕に抱きつくのを、男達はくやしそうに見つめていた。


「おかえり。最初はどうしたのかと思ったけど、あの一振りで、あんたがいつも通りだと分かったよ」


エリカの後をゆっくりと歩きながら追ってきた少女は、昴を軽く睨みそう言った。


「お前……観てたのか」


昴の声音から意外感を感じとった少女は、こちらも意外そうに言った。


「なに、僕の事を他人には興味のない人間とでも思ってたのかい?」

「うん。というか、戦っている時はいつも、快楽殺人者のような目をするから。お前」

「なっ!人聞きの悪いことを言うな!」


あっさりと首肯した昴に突っかかる少女を、エリカは、暖かい目で見ていた。


「二宮昴!僕は、今度こそ絶対にあんたには!」


少し距離をとり、昴を指さして高らかに宣言した少女に、昴も続こうとしたのだが。


「ああ、受けて立つぜ……ってあれ?」

「なんだよ、僕の顔に何か付いてるってのか?」


気の抜けた表情で少女の顔を見た昴は、咳払いをし、気を取り直すと、やけに神妙な顔つきで言った。


「そういえば、俺、お前の名前聞いて無かった」

「はあ!?」

「いや〜ごめんごめん、なんとなく聞くタイミングを掴めなくて」

「いやタイミングも何も試合開始の時にお互い名前呼ばれて返事するじゃん!」

「ああ、そういえば」


お気楽、といった調子の昴に、少女は深く項垂れると、咳払いをし顔を上げると、被っていたパーカーのフードを取った。

少女の髪型は、昴としては意外にも、綺麗な長い茶髪で(ちなみに昴は、なんとなく少女にはショートヘアーの方が似合うような気がしていた)、動き易いように後の髪を小さな筒型の謎の髪飾りと共に結わえてポニーテールにしてあった。

それでも、少女がフードの中に収めていた髪は腰のあたりにまで伸びていて、戦う際にはとても邪魔になりそうだと昴は思った。


(ああ、だからか……)


長い髪が邪魔にならないよう、常にフードの中にしまっていたのだと、昴は今更ながらに知った。


の名は矢敷 真琴やしき まこと!今度こそはこの名を忘れないよう、しかと脳に刻み込んでおけよ!」

「そうか、よろしくな矢敷やしき

「お、おう……」


ボーイッシュな口調で自己紹介をした真琴に、昴は意外にも素直に返し、それにたじろぎながら頷いた真琴は、心做こころなしか嬉しそうな表情をしていた。




――――――――――――――――――――



一方、二宮家地下研究所にて。

ルシアが連れて来られた《箱》専用研究室は、既に多くの人でごった返していて、半ばお祭り騒ぎのような様子であった。

もっとも、そのような表情を使ったのは他でもない、その場にいるほぼ全員が、まるでお祭りにでも来ているかのような、どこかワクワクとした楽しげな笑みをにじませていたからである。


「早く────持って来い!」

「おい!────の解析はまだか!」


多くの声が重なり合い、こうしてルシアから見ると喧騒という形に他ならないが、ルシアが耳を凝らし、誰かしらの台詞を集中して聞いてみても、専門用語が多すぎて、ルシアにはさっぱり話の内容が理解できなかった。

だが、そのやる気と迫力に満ちた空間にいると、なんだかルシアの方も元気を貰える。


「皆さん、凄いやる気ですね……」


ルシアが感嘆と共に漏らした、半ば独り言であるその言葉に、千鶴は律儀に答えた。


「それはそうよ。なんたって、十数年間明かされる事のなかった血流式の秘密へと、今まさに、大きく近づいている瞬間なんだもの。二宮ここの研究員として、少なくともそれくらいの誠意と情熱を示してくれなきゃ、給料に見合った仕事内容はとてもじゃないけどこなせないもの」


給料などという俗っぽさ満載の言葉を出してきて、ルシアは一瞬ギョッとしたが、確かに、そうやって形に残る結果として説明されるからこそ、より具体的に彼等彼女等の努力が見てとれるというものだ。

研究室内が喧騒に包まれる中、ルシアは、半ば人混みをかき分けるように研究室の中心へと向かった。

そこには、現代科学でなし得る最高の耐熱性と衝撃耐性を持つガラスによって護られた、《箱》があった。


「やっぱり、写真と同じですね」


ルシアは対して意味のない、なんてことのない意見を言ったつもりだったが、田宮は律儀にもそらに対応した。


「いえ、正確には違いますよ」


ただその対応は、単に相槌を打ったというわけではなかった。


「ここだけの話ですが、あれは偽物なんです」

「え、そうなのですか。でもまたなんで……」


この場合の「なんで」とは、どうしてこの場にわざわざ偽物などを展示しておく必要があるのか。という意味だ。


「まあ、あれは偽物というよりは、といった感じですかね。二宮ここ研究員達みなさんが本物だと思って研究しているのも、実はこの偽物の方だったりします」

「ええ!?」


一応声を小さくキープしていたが、ルシアは動揺を隠せなかった。

幸い、周りの研究員達は、そのような事には見向きもしなかった。


「そんな……じゃあ、彼等が今熱心に行っているのは、全て無駄な事だというのですか!?」


明らかに、非難の混ざったルシアの声に、千鶴が答えた。


「いえ、全くの無駄……という訳じゃないわ」


「どういうことですか?」とルシアが問おうとした所で、先に千鶴が話し始めた。


「彼等が研究しているのは、確かに実物ではありませんが、それでも、レプリカとして作っただけあって、たとえ失敗作でも実物と同程度とまでは行かなくともある程度までの研究成果は上げる事が出来るの」

「……この人達を信用していないのですか?」


怒りにも似たその感情を胸の内に押し込めながら、ルシアがなんとかそれだけ返すと、千鶴は意外にも、ここで初めて肯定的な言葉を口にした。


「まあ、ある意味ではそう言えるわね」


だが、その言葉はむしろ、ルシアの神経を逆撫でする行為にしかなり得なかった。無論、千鶴もそれを承知の上で言ったのだろうが。

やはり、と言うべきか、ルシアは先程よりも更にムキになった表情で、語気も無意識にか強まっていた。


「ある意味で……?」


だが、そんな中でもルシアはしっかりと千鶴の発言の違和感を捉えていたのだから、流石と言えよう。


「そう。私達がこうして本物の方の《箱》を秘密裏に研究しているのは、既に予想済みだと思うけれど、所謂いわゆるスパイ対策。と言うやつね」


それは確かに、ルシアの予想した通りであった。

まあ、予想というより実際には、ルシアはそれ以外に思いつかなかった。という言い方のほうが正しいのだろうが。


「そこはまあ、良いとしましょう。ですが、他にも幾つか問題はあります。まず、私達がここへ来た理由、《箱》の解読に成功した、というのは本物に対しての事ですか?それとも、今、私達の目の前にあるこの偽物の事ですか」


むしろ、これこそが一番の問題と言える。

しかし、田宮はあまり気にしたふうもなく、軽く首を横に振った。


「その件に関しましては、私共は嘘偽りなく答えました」

「という事は……」

「はい。解読に成功したのは、正真正銘本物の《箱》です」


田宮が言い切った事により、ルシアは緊張が解け、ほっと胸を撫で下ろした。


「……で、その結果は」


結果というのはもちろん、《箱》の中身の事。つまりは血流式に関する有力な情報が得られたか否かという事である。


「……とある情報を一つ。入手する事が出来ました」


そう言った田宮はとても微妙な顔をしていた。

喜ぶべきなのか、それとも落胆すべきなのか、途方に暮れていた。


「これを、見てください」


田宮の差し出したタブレット端末の画面には、見出しと思われる大文字で書かれた一文と、その下に細かく文章が書かれていた。

見出しと思われる一文を、ルシアはなんとなく口に出して読み上げていた。


「血流式の心傷具現化システムに関する研究結果………?」


自分で読み上げても全くもって不可解な文章に心の中で首を傾げたルシアは、見出しの下に書かれた本文を黙読し、数秒後、そのあまりにも受け入れ難い内容に絶句した。


「なに……これ……?」


その問いに答えられる者は、この場には居なかった。





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