子育ては迷宮で

@kaijima

第1話 出逢い…?

 迷宮と言うものがある。


 そこでは様々な宝物が採れることで有名だ。


 鉱石だったり、特殊な薬草だったり、キノコであったり。


 故にそれらを求めて人種は迷宮に入る。


 何故資材が採れるのか。


 餌だ。


 迷宮は生きている。正確には迷宮そのものがラビリンスと言うモンスターだ。


 その餌に誘き寄せられてやって来る生物を食べるのがラビリンスの目的と言っていいだろう。


 生きたままでは食べられない。


 だから、生物を殺す為にラビリンスは自分の体内にモンスターを生成する。


 中に入った物を異物として排除する機能がある白血球のような物だ。と、唱える研究科もいるが。


 だから、安全に資材を採集できる訳ではない。


 迷宮内ではモンスターが犇めいているし、種類も様々で、一筋縄ではいかない。


 強いモンスターが出現する迷宮は、採れる資材も自然と良質になる。


 それだけ生物の死亡率が高いという事だろう。


 そして今、とある迷宮の最下層に男がいた。


 神宮司(ジングウ ツカサ)。彼は難度の高いと言われるこの迷宮の最下層に、たった一人で辿り着いていた。


 彼が身に着けている装備品には数々の傷や、モンスターの返り血などがべっとり付いており、新品だった頃の色が分からない程である。


 迷宮探索者。彼の職業の名称である。


 迷宮…すなわちラビリンスは放置しておくと成長し、進化する。


 "飲み込みし者"こうなってしまえば、移動可能となる。


 移動可能となったラビリンスは、食料となる生物を求めて文字通り移動する。


 移動した後にはぺんぺん草一本も残らないという程の凶悪さだ。


 だからその前に対処する。


 対処方法はラビリンスの最下層に存在する、ボスモンスターと呼ばれる強力なモンスター。人間で言うところの脳に当たるそのモンスターを排除すればいい。


 そうすればただの洞窟になる。


 ツカサはこの迷宮のボスモンスターと現在対峙している。


 「【情報開示】…"屠りし者"か…。中々の強敵じゃないの」


 迷宮探索者には様々な神の恩恵がある。


 【情報開示】もその一つ。初めて対峙したモンスターでも、その者の名称、ステータスの一部がランダムに解る。


 ステータスのすべてが解る訳ではない理由はモンスターには個体差がある為、全てを開示するには時間がかかる。


 ある程度相手の体力を減らせば、体力の全貌が明らかになったり、攻撃を受けることで逆算し、相手の攻撃力を判明させたりとだ。


 現在判明している相手のステータスはHPのみ。


 「ま、どっちにしろ、やるだけですが」


 全身甲冑5メートルに届きそうな巨体。


 獲物は身長をゆうに超える長さのハルバード。


 動きを見るに鈍重そうではあるが果たして…。


 ツカサはナイフを抜く。


 そして、立ったままクラウチングスタートの様な地面すれすれの構えを一瞬取り、

 

 【瞬足】


 駆ける。




 距離50。短針が動くよりも早く敵に接敵する。


 <屠りし者>はその俊敏さを意に返さずハルバードをツカサめがけ、両手で上段から振り下ろす。


 「遅いっ…なぁ!!!」


 豪速で振り下ろされたハルバードを紙一重で躱す。これはギリギリ避けたのではなく、相手の隙を誘うため限界まで引きつけて避けたのだろう。


 右側に軽いステップで飛び、そのまま走り抜く。ナイフの一撃をあびせながら。


 金属と金属が擦れ合う不快な音が一瞬だけしただけだ。


 「かってぇ…うおっ!?」


 ツカサは手の痺れを払いのける暇は無い。<屠りし者>は地面にめり込んでいるハルバードをそのまま、自身の背後まで攻撃が届くよう、大きく振り抜く。

 

 それを猫の臨戦態勢の様な、重心を前に置いた低い体制でそれを躱す。


 (鈍重そうなのは見た目だけで、攻撃速度はかなり有るんだよな)

 

 ハルバードが頭上を通り過ぎる前に距離を詰める。


 ツカサのナイフは彼の歯で噛まれていた。刃を歯で噛んでいる形だ。


 両手が開いていなければならないと言う事だろう。


 <屠りし者>の左脇がほぼがら空きになる。


 思いっきり刃ごと食いしばる。


 

 【堅牢】 【鎧崩拳】


 両手を全力で引き、そして全力で突き出す。


 左手は開き、右手は握った状態で<屠りし者>の鎧甲冑に両手が当たる。


 轟音


 まるで巨大梵鐘に10tトラックが突っ込んだ様な凄まじい音が鳴り響く。と、同時、<屠りし者>の鎧が変な方向にひしゃげながら、地面に足をつけたまま敵は後方へ吹き飛ばされる。


 「っ…まだ残ってんのか。見かけ通りタフが」


 ナイフを口から開放し、悪態をつく。


 今の剛拳を食らっても未だ地に膝をつかない敵に対する賞賛と、自身の力不足を嘆いての吐き捨て。


 ツカサの口端は上がっていた。


 【瞬足】


 またもやクラウチングスタートの様な構えを瞬時に取り、距離を詰める。


 ギシギシと言う音を立てながら<屠りし者>は依然右手側にあるハルバードに力を込める。


 長いリーチを活かして接近させまいとする気だろう。


 風切り音


 ツカサにハルバードは命中…しない。


 横凪に振るわれた武器は虚しく空を切るだけだ。


 肝心のツカサは、飛んでいた。


 物凄い跳躍力でもって<屠りし者>に飛び掛かった。


 敵はその突拍子もない行動に反応出来ない。


 ツカサは相手の兜に左手でしがみつく事で跳躍の慣性を殺し、肩車の様に跨がった。


 格好は間抜けだが


 両の膝を使い、がっしりと頭部を捕獲する。


 やっとこの事態に気付いた<屠りし者>がハルバードを手放し、両手でツカサを振り払おうとするが


 【覇王】


 「んじゃま、お休…み!!!!」


 思いっきり足に捻りを加えて、ツカサは上半身を逸らす。


 すると、地面から引っこ抜いた様に<屠りし者>の身体は浮いた。


 首から下はおまけの如く、遅れて付いてくる。


 完全に首はねじ折れて、現在真っ逆さま。


 そのまま頭部から地面に叩きつけられる。


 ツカサは猫の様に身体を翻しながら、体制を整え着地する。


 横では地面に生えた<屠りし者>。


 「でかい相手にしか使えないのがなぁ」


 敵は完全に沈黙した様だ。ツカサがバンバンと鎧甲冑を叩いても何の反応もないのがその証拠だろう。


 ナイフを仕舞、周囲をざっと睨む。


 新手は存在しないようだ。


 「硬い敵は素手に限るって師匠が言ってたが、今じゃ気持ちがわかるわ」


 悲しそうなナイフケースをポンポンと叩きながら、報酬を探す。


 ボスモンスターを倒すと何らかのアイテムが部屋に落ちているのが常識だ。


 これ程の強敵だ。無いと言う事は無いとは思うが


 「ギャー!ギャー!!ギャー!!!」


 「!?」


 突如として聞こえてきた怪獣の様な鳴き声にツカサは反応し、身構える。


 現在も絶え間なく聞こえている。


 「なんだ…?新手…?いや、この声って」


 声のする方向に移動する


 特に警戒するでもなく


 ツカサはこの声がモンスターでないことを本能で察していた。


 何故なら、生きていれば一度は発したことのある声だから


 「は!?え…!?なんで!?はぁ!?」


 それを見て、ツカサは驚愕に口が言うことを聞かない様だ。


 自分でも何を言っているのか理解出来ない。


 呟いているのか喚いているのか


 しかし、そうやっていても目の前の現実は幻影では無いらしい


 それを抱きかかえ、震える口で呟く。


 「なんでダンジョンの最下層に…"赤ん坊"が…」


 声の主は人間の赤ん坊であった。

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