あるいは牡蠣でいっぱいの異世界

 つぅぅぅぅなぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃぃ!

 津波が牡蠣養殖場を直撃した。海面が激しく上下に揺れ、養殖場が破壊される! たくさんの経済的損害が発生する!

 当然のことながら、たくさんの牡蠣が死亡する。

 死亡した牡蠣のうち、一匹が異世界に転移することとなった。

「…………」

 牡蠣が気づいたとき、目の前に女神がいた。もっとも、牡蠣は女神を知覚してはいなかった。当たり前だ、ウグイスガイ目イタボガキ科あるいはカキ目もしくはカキ上科に属する二枚貝である牡蠣には、眼は存在しない。そもそも、運動する器官さえ存在しない。牡蠣は基本的に固着してからは成長するだけで全く動かなくなる。運動しなくていいため、身体のほとんどが内臓だ。だから美味しいのであるが。

 さて、女神様は今日もルーティンワークを繰り返していた。異世界転生をする勇者に特典スキルを授けて勇者になってもらうのだ。彼女はこの仕事をし続けて五年、いっこうに昇給せず、労働時間も長く、いつも笑顔でなくてはいけないというつらい感情労働を繰り返さなければならない過酷な職場だ。女神はもううんざりしていた。そろそろ転職をしようか、公務員試験でも受けようかと悩んでいた。

 そんなとき現れたのが牡蠣だ。もちろん牡蠣には自意識はないので勇者にはなれない。そんなこと知らずに女神は説明をした。

「こんにちは、これからあなたには異世界に行って勇者になってもらいます。勇者なんかなれないとお思いかもしれませんが、大丈夫です。弊社が全力をもってサポートいたします。いまならサービスとして、ステータスを限界まで上昇させる特典が付いてますよ、どうでしょうか?」

「…………」

 牡蠣は沈黙していた。

「あの、サービスのほうは……」

「…………」

「あー、サービスどうでしょうか……」

「…………」

「ええと、サービスご利用でいいんですよね、それでは異世界の冒険をお楽しみくださーい」

 牡蠣は異世界に向かった。女神はこの仕事は自分に向いてないことに気づき辞表を書いた。


「ぐはははは! 山賊だぜ!」

「きゃー! 山賊!」

 牡蠣は偶然にも山賊が美少女のパーティを襲っている現場に出現した。

「…………」

「なんだ! お前! じろじろ見るな! 魚介類のくせして人間様に楯突きやがって、なんか文句あるのか? ああ!?」

 牡蠣には眼がないためじろじろ見ようがないのであるが、山賊はキレて牡蠣を切ろうと剣を振りかぶる。

 カキーン! 牡蠣の殻は思うより堅かった。山賊の巨大な剣や槍、弓矢なども太刀打ちできない。炭酸カルシウムの結晶とコンキオリンと総称されるタンパク質によりできた堅さと粘り気を兼ね備えた貝殻には誰にも貫けないのだ。

「ふん! 単なる貝類が俺様の手を汚すなよ!」 

 そう言いながら、山賊はティッシュを取り出して牡蠣の殻を開く。おいしそうな生牡蠣だ。

 ちゅるり。山賊は一口で食べた。なんたる甘さ! ちょうどよい塩味! 牡蠣の実は大きく、一口でお腹いっぱいになってしまいそうだ。山賊はただで最高級生牡蠣が食べれたことに感動した。しかし!

「うぅっ! 腹が! 腹が痛い!」

 ノロウィルスだ! 山賊は牡蠣にあたってしまったのだ! ちなみに、牡蠣には罪はない。人間の排泄物から繁殖したノロウィルスが牡蠣に集合しただけだ。

「ぐげっ、うげぇぇぇえ、ぎょぎょぎょぐしゃじゃぁぁあー!」

 山賊は吐いた。ドロドロした未消化の残飯が広がる。

「お頭! 大丈夫ですぐぇぇぇえぇぇぎょええええぐしゃあぁぁぁぁあぁ!」

 山賊の部下も吐く。ノロウィルスが感染したのだ。

「お腹がいたいよぉぉぉぴちゃぴちゃぐちゃちゃ」

 ついには下痢を我慢できなく撒き散らした。

「勇者様! ありがとうございます!」

 美少女は山賊の吐瀉物から牡蠣を掬い上げた。しかし……。

「ぐげっ、うぎゃぎょぎょぎょご、ぐじゃしゃぁあぁぁぁぁ!」

 美少女もノロウィルスに感染してしまった!

 このノロウィルス、ステータスがマックスになっている牡蠣から発生したものだからさあたいへん。強力な回復魔法でも治癒することができずに感染者は衰弱のすえに死ぬのみだ。おまけに感染力も桁外れに強くなっている。魔術師もエルフもメイドも王様も姫も王子もオークもゴブリンも魔王もみんな感染して嘔吐と下痢をして死んでしまった。

 残った牡蠣は大量繁殖して異世界を覆いつくしましたとさ。おしまい。

 

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