世界で一番かわいい我がペットと彼女

そら

第1話

「ちょ、これ見て!昨日撮ったばっかの写真!」

教室の扉を開けるなり敬介はそう言った。朝一番から敬介のテンションは高い。近くにいた女子のグループが、なになに?と画面を覗き込んでみると、そこには可愛らしいミニチュアダックスが写っていた。棚に前足をかけ小さな舌を可愛らしくだしている。画面の奥の方では黒髪の女の子が小さく写っていた。

「これ最高だろ?めっちゃかわいいだろ?やばくね?俺の彼女とペットのコラボレーション」

力説する敬介を軽く流すと女子たちはきゃいきゃいとはしゃぎながらかわるがわる画面を覗き込む。

「ほんとだ、かわいい~」

「私ダックス好きなんだぁ」

敬介はその反応を満足そうに見ていた。こうやって年がら年中、周りに写真を見せびらかして回るのが敬介の趣味なのだ。

「どこ探してもこんなかわいい仔いないよ?世界中に自慢しながら写真見せてまわりたいくらいかわいいから。どこがって聞かれたらもちろん全部だけど、あえていうなら――。」

「黙れ、変態」

ノンストップで話始めそうだったのを遮る冷めた声。

敬介が振りかえると、長い髪をたなびかせ腕を組んだ千佳が仁王立ちでそこにいた。敬介はすっかり千佳の影に隠れてしまう。

「相変わらず迫力のあるご登場で」

敬介は首をすくめながらそう言った。千佳の後ろからでてきた小さな女の子が写真を覗き込む。

「かわいいね、ダックスフンド。それにしても〝愛しい〟はショコラの方につくんだね~」

なんとなしに言ったつもりだったのに敬介は聞くや否や勢いよく立ち上がった。

「それは違ぁぁあう!!!」

拍子に椅子がガタンと勢いよく倒れる。

「〝愛しい〟はショコラと早苗、両方を形容しているのであってどっちか一方だけに形容するなんてことありえないから。俺にとって1番大事なのはショコラと早苗。その次にありとあらゆる女の子。その次が俺。後はどうでも良い、がモットーな俺がそんな差別的なこと、断じてしない!」

「そんな威張れるほどのモットーか!」

一人が笑いながらそう言った。でも確かに敬介は女の子に常に親切。レディーファーストは当たり前。荷物を抱えている女の子がいれば手伝いに行くし〝女の子に貸せるよう〟の消しゴムもいつも常備している。

「口を開ければペットのことばっかり。その上、幼馴染の女の子が同じ高校で女子みんなに親切って彼女妬かないの?」

敬介の彼女を気遣うような口調だが、目からは何かトラブルを期待しているような好奇心がチラチラと見え隠れしていた。敬介の幼馴染とは千佳のことだ。小学校から今までずっと同じ学校で未だに何かと付き合いは絶えない。

敬介はうん、と頷いた。

「別にだけど。俺の彼女は妬いたりしないから」

きょとんとして言う敬介に、うわっ、と声があがった。信じられないといった様子で目を大きく見開く。哀れみを吐き出すように溜息を吐いた。

「絶対、彼女妬いてるって。っていうか本当に妬いてないなら、それ好かれてもないってことなんじゃない?」

ストレートなその言葉に敬介はウグッと言葉を詰まらせ、目に少しばかり涙を溜まらせる。

「そんなことない!ちゃんとラブラブですから!早苗とキスだっていっぱい……!俺はちゃんと両方平等に愛してる!」

敬介はそれに、と続ける。

「妬かせるなんて、たらし失格。皆、平等に愛を降り注がいてこそのたらしでしょ」

両手を広げ、肩をすくめる敬介を千佳はバカにするように笑った。

「次から次へと振られているくせによくそんな言葉が言えるな。たらしは〝もてる〟男が使う言葉だ。現実をよく見ろ」

千佳のその言葉に周りが笑う。

「そうなんだよね。凄く親しみやすいんだけどそれで終わっちゃうっていうか。恋愛対象には到底入らないよね~」

「そうそう。〝良い人〟で終わっちゃうよね」

「良い人なんだけどね~、みたいなだよね?」

ケラケラと笑う女子を相手に敬介は不満げに眉を寄せた。

「ちょ、なんか扱いひどくない?まぁ、いいけど。今はちゃんと一途に生きてますから。かわいいペットまでいますし?」

「蓼食う虫も好き好きってほんとだよね」

と誰かが笑った。そこまで言うか、と敬介は薄く青筋を立てる。

「落ち着け。お前が蓼だろうと変態だろうと、どっちでもいい。たいして変わらん」

千佳はそう一蹴した。敬介は若干腰が引けながらも、負けじと言い返す。

「あんまり男舐めてるなよ?こっちだってその気になれば……!」

身構える姿勢を見せた敬介だったが、千佳は余裕な様子でゆっくりとポケットから〝あるもの〟を取り出した。敬介は、おぉと身を仰け反らせる。

「これはもしや……!」

「そうだ。アレ、だ。さっき何か言っていたようだが?その気になればなんだって?」

千佳は上から勝ち誇って笑って見せた。

敬介は素早く頭を下げると拝むように手を高く上げる。

「俺はどうしようもない変態です。だからそれをこの俺に!」

「屈っするの早っ!」

周りは思わず声を揃えた。敬介は、千佳が手に持っていた水色に黄色のドット模様が入った包みを仰々しく受け取る。

「開けてもよろしいでしょうか?千佳様」

どうぞ、というように千佳は身振りで示した。ゆっくりと包みを開けてみると真っ赤なリボンが顔をだし、女子たちが、うわぁと歓声を上げる。

「かっわいい~。何これ?どうしたの?女装用?」

「んな訳あるか!ショコラのだよ。どんなんが合うかよく分からなかったから買ってきてって頼んだら作ってくれたんだ」

リボンはひだが細かく周りに白いレースがあしらわれていた。リボンのひらひらとした所には黒い糸で〝Shocola〟と刺繍されている。市販品さながらの品物だ。

「さっすが手芸部部長。恐れ入った」

敬介が素直に感心していると、見せて見せてと横からリボンを取られてしまった。写真同様リボンは次から次へと回されていく。

「家に帰ったら早速ショコラにつけてみるよ」

千佳が口を開きかけると、それより一足早くチャイムが鳴った。機械的なベルの音と共に周りはバタバタと席に着き始める。

リボンを手渡しながら、千佳と同じ手芸部の子は小さく首を傾げた。

「これショコラのなんだよね?それにしては少し大きくない?」

敬介はニッコリと笑ってみせる。

「そんなことないって。多分、ピッタリだよ」

そう?その子は同じように笑うと席に着いた。

自分も戻ろうとする千佳に敬介が後ろから声を掛ける。

「リボン、さんきゅう」

千佳は振り返ると、僅かに口元を上げて見せた。

「じゃあ、ショコラによろしく」



「ただいま」

そう言うも誰も言葉を返すものはなかった。敬介の両親は海外へ出張に行っており、今は一人暮らしだ。もう1年近くになる。返事の変わりに茶色い毛並みのダックスフンドが敬介の足に頭をすり寄せてきた。敬介は屈むとよしよしと頭を撫でる。

「ちょっと待って〝早苗〟。後で遊んであげるから」

敬助は立ち上がると、ある1室の扉を開けた。薄暗いその部屋の奥にある影が、むくりと身体を起こす。部屋はシンとしており別世界のようだ。閉めきられたカーテンと窓がそのイメージをより一層、強くする。敬介はゆっくりと部屋へと足を進めていった。影の姿が足を進める度にはっきりとしてくる。

「ショコラ、良い子にお留守番してた?って言っても繋いであるからそんなに、おいたは出来ないだろうけど」

敬介が見下ろす黒い髪の女の子には首輪が嵌められていた。首輪からは鎖が伸びておりベッドの足に固く結びつけられてある。逃げようと抵抗した跡が無数の傷となって刻み込まれていた。昨日と比べ増えたそれを見て敬介はクスリと笑う。

「無駄だってまだ分かんないの?ショコラは馬鹿だね。そこが可愛くもあるけど」

敬介は鞄からドット柄の包みを取り出すとリボンを宛がった。

「ぴったりだ。さすが千佳さん。やっぱり部長をやっているだけはある」

女の子はピクリと反応した。敬介は黒い髪に指を通していく。

「他は全然違うのに髪はそっくりだ。半分でも似るものなんだね」

女の子は俯き、胸元で手を固く握った。その手は小さく震えている。

「もう、やだよ……。やだ……。帰りたい」

声は手と同じように震えており、今にも泣きだしそうだ。

敬介の手が止まり冷たい視線と声が女の子に突き刺さった。

「お前の帰る場所はここだ。ペットのお前に他に帰る場所なんてどこにもないんだよ」

敬介はそう言うとドアの方へと足を向けた。ノブに手をかけると思い出したように振りかえる。

「そう言えば、千佳さんがよろしくだって。良かったね。ちゃんとショコラのことが分かる人がいて」

硬直し、見開かれた目からは涙が零れていた。それに続いて嗚咽が溢れだす。敬介はそれを尻目にパタンと扉を閉めた。

「おねぇちゃん……。」

女の子のその呟きはどこにも届くことはなかった。



END



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