ふさわしいものには
「ご、合格です」
止まり木の2階、小会議室となっているその部屋で試験は行われた。木製の長テーブルと椅子、窓しかない部屋だったが会議を行うには十分なのだろう。
震えた声で告げられた結果に咲也子は満足そうに頷く。昨日のうちに‘暴食‘により収集しておいた知識で十分すぎるくらいの試験内容は本当に5年も必要なのかと思わせたが、ティオヴァルト曰く必ず合格できるような問題設定にしており、スクールでは1つの知識に対して試験には出されないような深いところまで学ぶ、ということであった。冒険者スクールに行きたいという欲求がますます高まった。
なぜかびくびくしている試験官の男に試験合格の証であるスタンプをスタンプ帖にもらう。このスタンプ帖は卒業証明となるだけでなく、アリーナに挑戦するときにも使用するため、なくさないようにと怯えながら声をかけられる。
なんでこんなにも怯えているのだろうかと後ろを振り向くといつも通りの鋭い目つきで試験官を見ているティオヴァルトがいた。
どことなくいつもよりも不機嫌そうな空気をまき散らしながら壁に寄りかかって試験が終わるのを待っていたらしい。ある種の公害だ。
「ありがと、う」
「次は冒険者登録な」
「ん!」
試験を行ってくれた礼を言ってから、階段を降り止まり木を出る。礼を言われた止まり木職員は嬉しいような畏れるようなそんな歪な笑顔で送り出してくれたため、ばいばいと咲也子は手を振っておいた。
意気揚々とでてきたが、止まり木に併設されている冒険者ギルドには、ゆったりとした咲也子の足でもものの数分でついてしまった。
扉を開けた瞬間にギルド内で空気がざわめく。その2人がギルドに足を踏み入れた時、周囲の反応は様々だった。
例えば、ティオヴァルトを知らないものは身なりの良い子どもが用心棒をつけて依頼をしに来たのではないかと考えたり、貴族の子どもが親に頼んで冒険者ギルドの見学をしているのではないかなど。逆にティオヴァルトを知っている者に関しては、奴隷のはずの彼がなぜ子どものお守りをしているかなどといった内容に分かれていた。
どっちにしろ、いい仕事の可能性が高いと舌なめずりする者たちとは対照的に一人だけは。
「なんで・・・」
自分がもう冒険者として使えなくした男と、万に一つも助からなさそうな深い穴の中に落とした少女がここにいるのかと愕然としていた。空いた窓から入り込む風が赤髪で遊ぶのをうっとおしい気に無意識に払いながら。
「危ねえから、ほら」
「ん!」
だが、問題はここからで。身長が小さい咲也子は当然歩幅も小さくティオヴァルトが3歩で歩くところを8歩でようやく歩くような現状。
ギルド窓口の近くには少しでも良い依頼を取ろうと人がごった返している中には埋もれてしまうだろうと考えたティオヴァルトは咲也子を片腕で抱きかかえた。
急に高くなった視線にフードを被っていて顔は見えないながらも背後には花を散らさんばかりに喜んでいる幼い少女を見て、ギルド内はさっきとは別の意味で騒然とした。
ちなみに、咲也子が無表情であることはフードの中を抱えるときにのぞき込んだティオヴァルトだけが知っていることであり、これが咲也子の通常であることを知っているのもティオヴァルトだけだった。
「ここがギル、ド。賑やか、だ」
「そうだな」
だいたいギルドが騒がしい原因を知っているティオヴァルトは説明を放棄して頷くだけにとどめた。面倒くさかったのである。
たまたま空いていたギルドの入会申し込み窓口にいるギルド職員の前に立った。
ティオヴァルトは抱えたままでよかったと心底思った。
どう見ても考えても咲也子の身長ではギルドのカウンターには届かないからである。そして自分の前に誰かが立ったことに気付いたギルドの若い女性が書類へとむけていた顔をあげ、一拍呼吸を置いてから叫んだ。
「危ないことしちゃダメだって言ったでしょ!?」
ミリーだった。
フードを被った咲也子の姿を見たとたんに声をあげ、はっとしたようにあたりを見まわして大声を出したことを謝っている。いつかも見たことのある光景だなあと思いつつ謝り終えたミリーがこちらに向き直るのを待つ。
周りの冒険者たちの話しぶりに耳を立てていると、止まり木と冒険者ギルドの役員は兼任であるということが分かった。昨日見かけなかったミリーはこっちにいたらしい。
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