疑問にとける夜


「ごはん、外でもい、い?」

「ああ」


 結局、なぜか委縮してしまった館主にティオヴァルトの代金である金貨320枚を光金貨1枚で支払うと、なぜこんな子供が大金を持っているのかという表情をしたが、すぐに何かに納得したようにうなずきながら速やかに支払いに応じてくれた。意味が分からない。

 

 その後はもともとティオヴァルドが自己清算するときにも手放さなかった大剣や服などの装備品をティオヴァルトの持ち物であるマジックバッグにまとめて受け取り、奴隷印の所有者書き換えを行ったり、奴隷に関する法の説明などを聞いていると、気づいたらもうどっぷりと日もくれ、夕暮れも終わる時間帯だった。


 ティオヴァルトには首にマフラーを巻いてもらうことで奴隷の証である首輪を隠して、奴隷服から普段着だという全身黒の装備に着替え、その上から薄茶のローブを着てもらい奴隷商館から一緒に出てきた。


 驚くべきは黒いジャケットに黒いパンツの膝から下は黒いブーツ、腰には大剣を支えるための黒い革のベルトが3本巻いてある。肩当てと胸当ても全身黒で、すべてが何かしらの効果がついた装備品であるということだった。


 それを売ればかなりのお金になったのではないかと思うが、ティオヴァルトは断固として手放さなかったらしい。冒険者でも一か月に金貨3枚稼げれば良い方であるこの冒険者世界で、ティオヴァルトが借金として背負っていた金貨320枚という金額がどれだけ莫大かわかる。


 フードを被りなおして止まり木に戻り、とりあえず夕飯のために食堂に直行した。いつもなら扉を開けると待っていたかのように話しかけてくれるミリーはいなかった。


(朝もいなかったし、いそがしいだけかと思ったんだけど・・・お休みなのかな)


 そんなことを考えつついつものため池のあるベンチで食べられるように、バケットサンドをひんの分を含め10本分注文する。


「君、は?」

「あー・・・2本で」

「お金ならあるの、よ?」

「・・・10本で頼む」

 

 まさかの自分とひんを含めての同じ本数分食べるとは思わなかったが、随分我慢しようとしていたらしい。


(・・・かわいい)


 視線をそらしながら言うさまにいじましささえ感じた。


 木の板にはられた紙に『バケットサンド・持ち帰り・20本分・コーンスープ・水筒2本分』と訂正しなおしてから食堂受付に提出すると、本当にあっているのかなぜか何回も確認された。首を傾げながらも連れたちの分を含めてだと説明するとやっと納得してもらえたが。

 

 23と走り書きされた紙を受け取って食堂内のテーブル席で包みあがるのをティオヴァルトと一緒に待つ。手持ち無沙汰に足をぶらぶら揺らしていると、いつからかティオヴァルトがこちらをじっと見ていることに気付いた。睨んでいるような目つきなものの特に不機嫌そうな空気は感じないため、これが彼にとっての普通なのだろうと咲也子は思った。


「な、に?」

「さっきは、悪かった」


 フードを脱ぐように言ってという一言がなければ、何を謝られているのか正直全く分からなかった。

 人前でフードをかぶったままなんて非常識だと思われるだろう。咲也子もそう思う。ただ、自分が非常識だと思われることよりも。


 この傷をさらして相手を不愉快にさせることの方が、咲也子にとってはよっぽども怖いことだった。

『気持ち悪い子』やさしかった母の声で吐かれたその言葉が、耳を離さないうちはまだ。


 騒がしい冒険者たちでにぎわっている中でも小さく聞こえたその消え入りそうな謝罪は、気まずさを含んでいて、その不器用さが咲也子には好ましかった。

 気にしてないよ、とフードを被った頭を横に振ったところで。


 23番のかたーと大声で呼ばれた。椅子をおりて、自分の手の中にある23と書かれた紙を握り、ティオヴァルトと一緒に受け取りに行く。さすがに20本分のバケットサンドと水筒2本分のコーンスープは持てそうにない。丁寧にもバスケットにいれてくれたそれらをティオヴァルトが受け取る。


「バスケットは食い終わったら、カウンターに置いてってくれりゃいいからね!」

「こっちのでっかい兄ちゃんはいいけど、お嬢ちゃんはもっと食べて大きくなるんだよ!」


 威勢のいい瓜二つの顔をしたおばちゃんたちに背中をたたかれ、咲也子は背骨が折れるかと思った、とのちに語った。

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