油断したといってもいい。


 自分はキメラだが、ほとんどのことは才能へびたちにやってもらっていて、自分では何もできないのに。それなのに、とりあえずなんとかなる、対処できるだろうといった驕りがあったのは間違いなくて。

 その驕りがこんな窮地を招いたことにため息すら出なかった。


「ここらへん・・・?」

「ひん?」


 魔物を文字通り粉々にした後、階段からまっすぐの道を選び、入り組んだ通路を右に3回、左に4回曲がったところでふと咲也子は足を止めた。

 壁をじっくりと観察してみるものの。

 問題の隠し通路と思われる場所があるはずの壁はどこも乱れなくなだらかで、扉や隠しスイッチと思われるような仕掛けの気配は微塵もなかった。


 手近な壁をぺしぺしと叩いてみても、袖越しに触れるのは結晶の冷たく硬い感触のみだった。ひんも同じように咲也子の足元で壁をぺちぺちと真似て叩いてくれているのが可愛かった。意味は分かっていないだろうけれど。


「んー・・・」


 悩みながら立ち止まっていると少数ながら魔物が寄ってくるが、最初に相手をし、粉々になった魔物の種族はこちらを見ると逃げて行ってしまうことに気付いた。ひどい。

 それでも寄ってくる魔物たちにその都度ひんが‘小さな水球‘を吐きだし追い返していた。

 根性と気合の足りない魔物たちはそれを数度繰り返したところで完全に近づかなくなってしまった。


「だいたいは、壁を押したりとかで・・・開くんだけ、ど」


 どうしようかなと手当たり次第に押してみることを面倒くさいと思いながらも思案していると。

 最後に寄って来た敵を追い払ったばかりのひんが、疲れたといわんばかりに結晶壁に背を預けた。


「ありがと・・・ね?」


 礼を言い終える前に、ごとんという鈍い音とともに足元で魔法陣の発動が感じられた。とっさにひんの前ひれを掴み魔法陣の外に駆け出す。

 と同時に魔法陣内の足場が消失した。

 

 ひんを抱えて息を乱し、突発的な行動に心臓がばくばくいっているのを感じながら、部分的に床のなくなった通路を見る。

 火事場の馬鹿力とはこういうものなのかと余韻に浸る間もなく、後ろから殺気が飛んできた。

 ぞくりと背筋を震わせる時間すらも許さないそれは。 


(まずいっ!)


 とっさに後ろを振り向く咲也子の肩に誰かの蹴りが入った。


 衝撃と共に魔法陣の中へと押し出される。

 なんとか確認出来た人影は、馬車に乗っていた冒険者のうちの一人、赤い髪の冒険者だった。


 ふわりと浮いた身体。しびれるような肩の痛みと、忌々しそうな顔をした年若い冒険者の顔を逆光気味に見て、咲也子は底の見えない深い穴に落ちて行った。


 その忌々しそうな顔が、もう遠い日の母の顔と重なって。痛みが肩よりも胸にうつってしまったかのように、ずきずきと痛んで一目元が熱くなった。 


 思わず手を伸ばしたが、当然届くはずもなくて。

 そうしてそのまま。確認をするだけだったはずの知識に、真っ逆さまに落ちて行った。

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