「一緒に」がんばろう
止まり木の正面、両脇を賑やかなテントに挟まれた場所にあるレンガ造りでレトロな雰囲気を醸しだす喫茶店の中に昨夜子が入った時には、年代を感じる古いカウンターや木で出来た丸いテーブルには片手で足りるほどの人たちしか座っていなかった。
コーヒーの香りが香ばしい店内を通り過ぎた奥に設置されたオープンテラスにはたっぷりと春の日差しが降り注いでいた。人力の荷押し車や馬車が何台か通るそこは裏通りらしかった。
隅に置かれた木製のプランターには春告げ草の花が咲いていて、白い5枚の可愛らしい花弁や、花に群がるミツバチたちが春の訪れを感じさせる。
ゆっくりと時間が流れるような、和やかな雰囲気はまるで
オープンテラスに置いてある黒い石で出来たテーブルで、咲也子は先ほど商業ギルドで購入した地図と、ハンカチにたらした【液体の地図】を見比べていた。人間が探索して作った地図と、世界から読み取った細部に至るまで正しいものが映される地図である。見比べるだけでも面白いものだ。
オープンテラスでの和やかな光景は、小さな子供が宿題を教科書と見比べて解いているようで。飽きては櫛を片手にテスターにかまっているようで。とにかく道行く人の視線をやわらかく集めていた。
昨夜きちんとトリーミングをして、桃色の毛並みがかわいらしいテスターに、一口サイズのクッキーをあげていたことも一因だろう。
店からすれば、咲也子がいることによって雰囲気が和らぎ入店しやすくなっているのか、朝食の時間を過ぎたころで普段はほとんどない客の出入りが、ぽつぽつと席が埋まる程度にはいい。
だから、紅茶を注文されたときについおまけとしてクッキーをつけてしまうくらいには感謝されていることに加え、宿題を頑張っていると思われる少女への激励の意味も込められていたことを知らず、咲也子はサービスのいい店だなと思っていた。
もらったクッキーが美味しくて、紅茶の渋みが心地よくて白いタイツに包まれた白い足が何度か揺れたが、何かに気付いたようにぴたりと止まる。また‘傲慢‘に怒られてしまう。
なぜ咲也子がこんな目立つところで紅茶を嗜んでいるかというと、一つは商業ギルドでおいしいとおすすめされたからだ。
紅茶好きとしてぜひ一度は飲んでおきたいと咲也子の中のなにかが叫んだためである。ようはただ飲みたかっただけだ。
もう一つの理由として、ひんのためである。どうやら、日向ぼっこしながらブラッシングすることが回復条件になっているらしかった。テスターの本能であるそれに快楽を覚えるのはひんもだったらしい。
どおりで初日にブラッシングをしてから、妙に上目でちらちらとブラシをくわえこちらを見ているわけだった。かわいい。
さらにいうならもう一つ理由があったのだが。
袖越しに優雅にティーカップを持つ。
(きた・・・)
口に当てた瞬間、背後に小さな殺気を感じた。
待っていたそれがあまりにも稚拙すぎて。こんな目立つところで紅茶を飲んでいたのはひんを狙っているやつを誘き出すことが目的だったのだが、こんなにうまくいって。二重の意味で思わず緩んでしまった口元が戻るまでは、口からカップを離せそうになかった。
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