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「ようこそ、止まり木へ・・・失礼な態度申し訳ありません貴族様!」

「貴族じゃない、し」


 テリアおすすめの、本来は冒険者のために建てられた宿、止まり木。そこは周りの家の煙突や、尖塔にも負けず劣らず高くそびえたっていた。

 両開きの半透明なくもりガラスに「止まり木」と白いペンキで書かれた扉をあけて入った瞬間に、金髪碧眼の受付嬢に貴族と勘違いされ叫ばれてしまったために、周りの冒険者たちの目も集めてしまっている。


 貴族でないという否定にほっとしたような顔をしたものの、あわてて大声をあげてしまったことに頭を下げ謝った。

 貴族でないという否定が聞こえたのかはわからないが、周囲にも大声で謝る。よく似合っている受付嬢の制服の豊満な胸元できらりと光った名札にはミリーと書いてあった。年若い受付嬢のうっかりはいつものことらしく、笑って流されていた。

 

 色の深いカウンター、「受け付け」と天井から札の下がったそこに、座っていたミリーはこほん、と誤魔化すかのように小さく咳をして居住まいを正す。


「大変申し訳ありませんでした。・・・えと、初めてのご利用ですね」

「冒険者じゃない、の」

「はい、わかりました。それでは一泊食事なしで銀貨1枚となります。お手持ちのテスターは部屋を壊さないなら解放してくださってかまいません。調度品や部屋の損壊があった場合は修理費を請求させていただくのでよろしくお願いしますね。あと各部屋にシャワーはついておりますので好きにお使いください。お食事は食堂がございます。テスターの回復はあちらのカウンターで行っていますのでご利用ください。ただ、冒険者でない方の修練場の解放はしていないのでご了承くださいませ。以上が規約における案内の内容ですが、ほかにご質問などはありませんか?」

「んと、質問はなくて。とりあえず1週間分、銀貨7枚でお願いしま、す」

「あら、計算が早いんですね。はい確かに受け取りました。ルームキーをお渡ししますね。なくさないように気を付けてください」


 半透明なガラス越しに人影が見える「食堂」とプレートがかかった扉と、受け付けより奥まったところにあるまったく同じ造りの、天井から下がっているプレートが「回復」と書いてあるところのみが唯一の相違点であるそこを、指差しながらミリーは言った。そこが回復カウンターらしい。


 渡されたカードには【12-7】と書いてあった。12階の7号室らしい。

 道理で。外から見た時に、なぜ止まり木の後ろに尖塔があるのか気になったが、宿泊施設だったようだ。正直、エレベーターがなければ死んでたと思う。

 階段がエレベーターの手前にあり、普段まったく階段というものに縁のない生活を送っているため、ちょっと昇ってみようとしたが7段昇ってあきらめた。限界を知った。


 階段を降りてエレベーターに向かう途中の廊下には自動販売機があり、苺ミルクが売っていたのでついつい買ってしまった。


 部屋は清潔感のある白い壁で、パイプで出来た簡易な2段ベッドと何着かしか入らなそうな小さめのクローゼットと大画面のテレビ、その前には木製のローテーブルが置いてあり、浴室には小さいながらも浴槽があってそれと洗面所はカーテン越しなもののトイレは別だった。

 とりあえず部屋の探索を終えてローテーブルにつく。

 

 カードをなでてひんを呼び出すと、テリアが持たせてくれた大量のドーナツを一緒に消費していくために包みを開けた。

 現在、一口サイズに割ったドーナツをひんの口元に押し当てることでやっと食べてくれるため一口一口当てることで食べさせている状態だ。アイテムボックスからコップと皿を出し皿に少し多めに苺ミルクを注いでいく。興味深そうに見ていたひんの前に置くと恐る恐る舌でなめては、ひんっとはしゃいだ声をあげ飲んでいた。


 ドーナツの山がほとんどひんの腹に消えていくのを見て、これは夕飯はいらないなと判断する。ならば今日はやることは2つ。ひんのグルーミング後にお風呂に入って就寝だ。


「がんばろ、う」


 合言葉はそれだった。




 咲也子の朝はそれほど早くない。

 家では療養中の魔物たちの朝ご飯は‘傲慢‘がやってくれるし、咲也子の朝ご飯はいつも10時のお茶会から始まるからだ。才能へびたちはみんな咲也子の睡眠を邪魔しようとなんてしないし、以前目覚まし時計をかけてみた時には療養中の子たちがパニックになって大変だった。

 

 さらに今回は人とたくさん接し、いつもなら才能へびの誰かが手伝ってくれるグルーミングまで一人で行ったため、疲労感にぐっすりと睡眠に埋没していた。


 気づいたらもう夕方過ぎ。ほぼ丸一日を睡眠に費やしたことを悟った咲也子は、ひんを連れて町を少しさまようと、止まり木の回復センターを利用し、食堂で元気いっぱいなひんと一緒に夕飯をとった。


「おいし、ねー」

「ひんっ!」


 食堂ではなぜか咲也子のまわりだけ人が座らなかったり、遠巻きにいろいろと見られ喋られていたが、咲也子はフードを取っていたためと結論付け、ひんが気に入ったらしい苺ミルクを自販機で買い、早々に部屋に戻った。 

 その後入浴しひんのブラッシング、白紙の魔導書を更新して、寝た。

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