第12話 捜索3(朝野翔太)
「あいたたた」
山田探偵は倒れた拍子に負傷した。自爆ともいう。
「大丈夫ですか?」
「ええ、いやいや。すみません、ちょっと足を捻ったみたいです。はははは」
そう言いながら左の足首を擦っている。
監視カメラに写っていた女性は山田探偵の知り合いらしい。
それがあまりにもショックだったようだ。
__浅上夜子
それが女の名前だ。
そうだ、思い出した。俺の学校の先輩にそんな名前の女子がいた。
「いやいやでも、よく考えると、人違いだ。他人の空似だ。……いやいやいや、だけど、僕が浅上さんを見間違うはずは……」
山田探偵は、未だにブツブツと独り言を呟いてる。
だが山田探偵が倒れる前に言っていたように、浅上は怪しい。兄さんが浅上と付き合っていたなんて話は聞いてないし、そもそも兄さんは県外に彼女がいるはず。
兄さんと浅上の接点が思いつかない。俺が通っている高校関係か? 浅上はサッカー部のマネージャーでもないし、……いや考えてもわからない。いっそのこと本人に聞くのが一番早そうだ。
「山田さん。……山田さん!」
「おかしいおかしい、そもそもそんなはずは…………うん? 何ですか翔太君?」
「……浅上先輩を呼び出して、なぜ兄さんとショッピングモールに来たか理由を聞きませんか?」
「翔太君? なぜ君はこの女性が浅上さんだと思うのです? おかしいじゃないですか? 彼女はこんなことをしませんよ。きっと他人の空似です、そうに決まってます」
真剣な表情でこっちを見てくる山田探偵。よほど否定したいみたいだけど。
「……浅上さんは学校の先輩です。そんなに親しい訳ではないけど何度も顔は見てます。間違いないですよ」
「そんなあ」
山田探偵は頭を抱えて蹲ってしまった。これではどちらが子守かわからないぞ。
「先ほど話をしていた最高の女性って、浅上先輩のことですよね? ……確か連絡先を教えてもらってるとか」
「翔太君? もしや、君は……浅上さんを疑っているのですか? お兄さんの事故について浅上さんが何か関係があると?」
いや、最初に怪しいって言ったの貴方でしょう。僕は山田探偵に呆れた。この人、探偵として優秀だとは思うけど、女性が絡むと途端にダメになる。とはいえ、あれ程称賛していたんだ、露骨に言えば反感を買いそうだな。
「いいえ。ただ、僕としては兄さんと一緒にいた理由が気になります。きっと何か訳があるのでしょう、それを聞いてみたいと思ってます。それに山田さんも気になりませんか?」
「……確かに、気になる。絶対に何か、そう。そうせざるを得ない理由があったんだ。そうです。理由なく浅上さんが男と一緒にいるわけがない」
「……じゃあ、えーと。連絡してみてくれますか? 浅上先輩に」
「浅上さんの疑いを晴らすためです。はい、はい。連絡してみましょう」
山田探偵はスマホをいじりだした。
「えーと。もしかしてラインですか? 電話すればいいんじゃないですか?」
「いやいや。翔太君! いきなり電話すれば迷惑かもしれないじゃないですか! 女性に連絡するときは、相手のことをよく考えてマナーを守ってですね……」
「あー、失礼しました」
ものすごい形相で怒られた。今はそんな気遣い不要だろ、と思うが連絡先を知ってるのは山田探偵だ。機嫌を損ねないようにしよう。
__2時間後。
「って、時間かかりすぎじゃあないですか! 山田さん!!」
「いやいや、すみませんねえ。でも、今終わりましたよ、はい」
山田探偵のニコニコ顔が戻ってきている。
「で、どうだったんですか?」
「ええ。最初は照れていたのか、なかなか返事をくれませんでしたが、はは。やはり浅上さんは奥ゆかしくて可憐だなあ。ああ、失礼。お兄さんの話を出すと、私が困っていることを理解してくれたんでしょう。いろいろ教えてくれましたよ」
「え。兄のことを教えてくれたんですか?」
「はい。確かに事故の日はお兄さんと一緒だったそうで。ただ、お兄さん、いけませんねえ。何でも強引に浅上さんをナンパしたようで、それで、市内のショッピングモールまで行ったそうですよ? いやいや、浅上さんの気を引く為に宝石をプレゼントするだなんて、甘い甘い。そんなもので僕の女神の心は買えないのですよ。はははは」
何でそんな言い分で納得できるんだ!? 俺は腹が立ってきた。こいつ完全に丸め込まれてる。くそ。……いや、落ち着け。そもそもこの探偵に任せたのが間違いだった。俺が話をつけないと。
「……山田さん。すみません、ちょっとそれ貸してくれます。俺も話してみたい」
「いやいや、困りましたねえ。……うーん、まあ、でも仕方ないか。どうぞ、どうぞ。あ、でもあんまり長時間の会話はいけませんよ?」
スマホを差し出しながら注意してくるが、理由がわからない。
「……なぜです?」
「僕でさえ、浅上さんと電話で長話はしたことないんです! それなのに翔太君が長話するなんてひどいじゃないですか!」
……こいつ、もう首にしてしまうか? いや、短気になるな。まだ、こいつは使える、はずだ。それに浅上というやつが係らなければ優秀だ。落ち着け、落ち着くんだ。
何とか自分に言い聞かせながらスマホを受け取る。……よし、電話してみるか。
プルルルルルルル____ガチャ。繋がった。
「もしもし」
「はい。えーと、山田さん? まだ何か?」
若い女性の声。浅上か。
「すみません、僕は朝野翔太といいます。浅上先輩ですか?」
「はい、浅上です」
「えーと僕は先輩と一緒の高校に通ってます。1年下になります。あ、今年から高校2年になりますね。どうぞよろしくお願いします」
「じゃあ、同級生ですね。うちの高校クラス1個しかないから一年間、一緒だね。こちらこそよろしく~」
「うん? え、失礼ですが留年したんですか?」
「留年してないよ~、ひどいな~。まあ、でも留年みたいなものかな。それでど……__ひどいわねえ。忘れちゃった翔太君? __ほおら、私たち同級生だったじゃあない? 「ちょ! あんた急に出てきたと思ったら何ウソ言って……」__あら秋葉原さん? 電話の最中に大声出さないでね」
何だ? 電話の向こうが騒がしい。浅上先輩は途中で口調が変わった様な? 秋葉原? 俺の幼なじみの秋葉原愛か?
あれ? 浅上、せんぱい? ……おかしいな浅上とは同級生だったはず。ええと、浅上は高校2年生だ、間違いない。俺は? この春から同じく高校2年生。うん、俺も浅上も留年や進学はしていない。俺たちは同級生だ。なんで浅上を先輩だなんて思ってたんだろう? おかしいな。
「__それで? どうしたのかしら?」
「ああ。ごめん。えーと兄のことで聞きたいことが」
「__なあに?」
山田が浅上に聞いたことを改めて確認したが、返事は同じ。兄さんが浅上をナンパして、ショッピングモールに行き、食事をおごり宝石類をプレゼントした。ただ、それだけ。
何も、おかしい、話はない。
「__くすくすくすくす。翔太君? 朝野君のことは残念だったわねえ。何でも死体、見つからないんですってねえ」
「ああ。そんなんだよ」
「__つらいわよねえ。翔太君、ああ、とてもカワイソウに。__翔太君、私たちも協力してあげましょうか?」
何だ。浅上の声を聴いていると、なんだか不安になってくる。もう、聞くべきことは聞いた。早く電話を切ろう。
「協力って? 何の協力をしてくれるってんだよ。もういいよ。俺の用事はすんだから」
「__あら、釣れないわねえ。死体、探しよ。お兄さんのねえ、協力してあげるわよ。探す人は多い方がいいでしょう?」
「……いや、山の中だ。女の子を連れて歩いてもしょうがない。それに人は足りてる」
「__探偵さんのことを言ってるの? でもなんだか足の調子が悪そうよ?」
なんで浅上は山田が足を挫いてることを知っているんだ? 山田が連絡したのか? まあ、どうでもいいか。どっちみち浅上は捜索には役立たないだろう。
「いや気持ちだけで結構だ。じゃあ、切るよ」
「__くすくすくすくす。怖がらせちゃったかしらね? ごめんなさいね、でもちょっと待ちなさい。そんなに慌てないで。そこの探偵さんに聞いてみるといいわ。私は失せ物探しの、幸運の女神らしいわよ?」
幸運の女神? 浅上が? どっちかって言うと、悪魔側だろう、こいつは。
だが、山田が確かにそんなことを言っていた。
「山田さん?」
「はいはい。何かな翔太君?」
「浅上さんって山で兄さんを探すのに役立つと思いますか?」
「ええ! はい。それはもう役に立ちますよ、浅上さんは! この前も山道でヘビを見つけてくれました。ああ、ただそこら辺にいるヘビじゃあなくて、ペットとして逃げ出したやつですよ。すごいでしょう! きっと浅上さんがいなければ見つけれませんでしたよ!」
山田は嬉しそうに力説する。そんなに役立つというなら、連れて行ってもいいか?
「えーと、浅上さん。じゃあお願いできる?」
「__ええ。いいわよ。__くすくすくすくす。じゃあ、待ち合わせは場所は事故現場の壊れたガードレールのところでいいかしら?」
「ああ、いいよ。でも、今、市内のショッピングモールにいるからそっちに行くのに1時間くらいかかると思う」
「__わかったわ」
こうして、俺たちは浅上と合流して兄さんを探すことにした。
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