第11話 捜索2(朝野翔太)

 山田探偵の勧めで市内のショッピングモールへ来た。


 俺の目的は早く兄さんを見つけることだ。


 だが、兄さんは事故の日、なぜここへ来たのか? それが不思議だ。兄さんらしくない。そもそもよく考えると兄さんが事故を起こすなんておかしい。事故現場は俺の家が所有する山道で兄さんは走り慣れているはず。スピードを出しすぎるタイプでもない。何故事故が起きたのだろう。


 もしかして、事故ではなく、事件ではないか?


 そんな漠然とした不安がある。

 遺体が見つからないというのも相当おかしい。


「いやあ。来たはいいですけど。ははは。……困りましたね。こんなに人が多いと聞いて回るのも大変です」

 山田探偵が辺りを見渡しながら困り顔で言う。

 ショッピングモールは人が多い。なにかイベントでも開催されているのかもしれない。確かにこの中で兄さんのことを聞いて回るのが効率が悪すぎる。

 仕方ない。こういう時は父のコネを使うか。


「俺に考えがあります」

「ほう、それは?」

 

「ここの経営者は知り合いです。特別にお願いして4日前兄さんがどの店に行っていたか、教えてもらおうと思います」

「経営者と知り合い? お金持ちはすごいですねえ。便利でうらやましい限りです。でも実際にどうやって調べるつも……ああ、監視カメラの映像ですか?」

 山田探偵も気づいたようだ。天井の方を見上げて店内のカメラを探している。


「そうです。4日前の映像なら残っているはず。俺ちょっと電話でお願いしてみます」


 早速、携帯電話を取り出して電話しようとすると……

「直接、警備員室とかに行った方が早いのでは?」

「……まあ、そうでしょうけど。確か、そういう部屋は一般人立入禁止です。明らかに学生風の俺が堂々と出入りしてたら、まずいでしょう。他の人の目もあります。それに警備員さんとかにもあまり迷惑をかけたくありません」

 それに俺が頼ろうとしているのは、父さんの友人だ。そう、俺の友人という訳ではない。無理を言いすぎると良くないし、そもそも此処には大した情報がない可能性もある。


「では、ちょっと連絡してみます。…………はい。すみません、おじさん。はい翔太です。ああ、いえそんな兄のことは気にしないでください。それでですね……」


 連絡が済んだ……兄さんのことを気にしてくれていたようだ。今回のお願いについても快く受け入れてくれた。本当にありがたい。


「お話はすみましたか?」

「ええ。今映像を確認してもらってます。兄さんが行った店が分かれば、連絡があります。後はその店に直接行って店員さんに話を聞けば何かわかるかも」

「そうですか、そうですか。それは素晴らしい。いや~、手間が省けていいですねえ。助かりますよ、ほんと」


 __しばらくして。兄さんが行った店はハンバーク屋と洋服店、ジュエリーショップということが判明した。


 兄さんが移動したとおりにハンバーグ屋と洋服店へ順番に行ってみたが、

「はあ。ハンバーグ屋と洋服店は大した情報なかったですねえ。残念ですね、あとはジュエリーショップですか? この分だとあまり期待できないかもしれませんねえ」

 期待していたのか、山田探偵はがっかりとした口調だ。

 だけと、言うとおりかもしれない。そもそも4日前の普通の客のことなど記憶に残っている方がおかしい。よっぽど変なことをしていなければ、忘れてしまうだろう。

「まあ、ダメ元で行ってみましょう」

「そうですねえ」


 だからか、ジュエリーショップの受付にいた女性店員の言葉には驚いた。

「ええ。このお客様なら4日前、確かにいらっしゃいましたよ」


「ほ、本当ですか?」

「はい、間違いありません」

 店員さんは、渡した兄の写真を見つめながら返事をする。


「ええと、兄はここで何をしていました? いや、何か変わったことはしてなかったですか?」

「何と言っていいのか、すみませんが、貴方は? この人の弟さんですか?」

 写真を示しながら確認してくる店員さん。まあ、あまり客が店で何をしていたか軽々しく言うのもどうかと思う。誠実な人だ。


「はい、弟です。実は、その日兄は……交通事故で亡くなりまして」

 スマホでその時のニュース記事を出し嘘ではないことを証明する、ついでに学生証も出して俺の名前を確認してもらおう。


「……これ! ……知らなかったわ。ごめんなさい。ええ、と。あの日は貴方のお兄さん、女の子に宝石を買ってあげてたわね」

「女の子に宝石?」

 兄に彼女がいたのか? いや、大学で知り合ったという話は聞いたことがあるな。でも、春休み中こっちに来ていたのか? しまったな、こんなことならいろいろ聞いておくべきだった。

「ええ。えーと、その、宝石ね? ……あまり大きな声では言いたくないんだけど、指輪とネックレスと時計買ったくれたんだけど、ね。……全部で640万円したわ」


「ええ! 640万!」 

「しー。声大きいって」

 驚いて大声を出してしまった。でも、640万。大金だ。確かに兄さんなら1000万くらい貯金はあっただろう。俺も今回成功報酬で探偵に1000万渡す用意はある。ただ、これは親の金だ。俺の金じゃあない。家はお金には厳しい。使うべき金、貯めておくべき金、将来に投資すべき金の区別はきっちり教え込まれている。

 それを考えると、兄さんが女性に640万? おかしい。これは異常だ。


「いやいや。これは面白くなってきましたねえ? ああ、すみません、すみません。店員さん、その女の子というのはどんな子でした?」

「えっと、君? この人は?」

 突然口を挟んできた山田探偵を警戒したのか、店員さんが訊ねてくる。

「心配いりません、今回の件で協力してもらってる人です」


「……そう。えっとね、君と同じ高校生くらいの子だったよ。可愛い子。黒髪で長髪。肌は白色で綺麗だったかな。いいよね若いって。私なんか、ちょっと化粧を……ああ、ごめんね。えーと、服は普通だったかな……という言うよりあんまり印象無いわ。宝石類は身に着けてなかった。ホントに女子高生の私服って感じよ。ただ、……その子に。その子にねだられて、君のお兄さんは、宝石を買ってた。……嫌だけど仕方ないって雰囲気だったわ」


「……ほうほう。いやいやいや、翔太君。その女の子、怪しいですね」

「怪しいですか」

「そうです。いやね、男に宝石をねだる女って言えば碌な女がいません。いや、男が買える程度の値段なら、まだ、いい。まだ許せる余地がある。でも、640万円! ああ、考えただけでもぞっとします! 間違いない、その女はとんだ悪女ですよ!!」


 何かスイッチが入ったのか? 山田探偵は急に興奮してしゃべりだした。

「別れた妻がそうだった。人のことを動く財布ぐらいにしか思っていない。いや、動く財布兼荷物持ちだ! ひどいもんですよ、まったく! ああ。思い出したら腹が立ってきた。別れた妻に似ていますね、君のお兄さんに宝石を買わせた女。……そうだ。そうです! この事故、間違いなくソイツが関わってますよ。私の探偵の勘がビンビンします」

「ビンビンですか」

「そうです! 僕はね。こう見えてこれまで苦労してるんです。いやいやホントですよ? だからね、分かるんです。いい女性、悪い女性というのが! そう……例えば僕が知っている最高の女の子は自らのことなど微塵も考えず、僕を助けてくれる。彼女のおかげで僕は今生きているようなものですよ! まさしく幸運の女神! 正当な権利だと言って100万円進呈しようとしたけど、なかなか受け取ろうとしない。ストイックなんだ。そして奥ゆかしい。誰彼構わず連絡先を交換しない。でも、僕が熱意をもって接すればちゃんとその気持ちを汲んでくれる、優しさに溢れているよ彼女はね。ああ。それにあの顔を思い出すだけで僕はもう!!」

「そうですか。……で、兄に宝石を買わせた女性は違うと」

「そうです! 全く違いますね! そいつは欲深いヤツだ。男を破滅させる女だ。そもそも行動から相手を思いやる気持ちが感じられない。全くね! それに、とんだビッチだ。淫乱女だ。どうぜ男をとっかえひっかえして遊んでいるんだ。あ……いやいや、すみません。すみません。興奮して汚い言葉を使ってしまった。ああ、店員さんもどうも、失礼しました、すみません。すみません。ははははは」

 一通り喋り続けて少し落ち着いたようだ。山田探偵は照れくさそうにしていた。


「つまり、今回の事故。山田さんは話に出てきた女性が怪しいと」

「うん。僕はそう思います。……こうなったら、警備員さんにお願いしてその女の映像を見せてもらった方がいいですよ。ああ。いやいや、警備員室に出入りしたりするのが心苦しいと言うのだったら、ほら。僕の持っているデジカメにその映像を映してもらうというのは?」

 そう言って山田探偵は胸ポケットからデジタルカメラを取り出した。

「どうです? 翔太君、こんな状況です。気になることは、確実に潰していった方が良いと僕は思います」


「……そうですね。確かに兄さんが640万もの宝石を買うなんておかしい。それに、そう。万が一買うとしても、もっと事前に準備して相手に送るはずです。ただ、ねだられて買うなんて納得できない」


 __山田探偵の案を採用して、監視カメラに映っている問題の女性をデジタルカメラで撮影して貰った。


「これがその女性です、確かに僕と同じぐらいの年齢ですね。うん? この人どこかで見たような気が? あれ、山田さん? どうされましたか?」

 俺がカメラに写っている女性を確認していると、

「……これは何かの間違いであって僕の女神はこんな男と一緒にいる訳がなくて。浅上さんが他の男と一緒にいる訳がなくて、訳が分からない。これが恋なのか、いやいやいやそもそも何でこんなところに浅上さんが? うん? 隣にいるのは誰だ? いけませんね、いけませんよ。ああ、僕の女神が他の男に騙されている。これはいけませんね、いやいやいやこのクソ男は一体どこのドイツだ全く世の中の道理がわかっていない馬鹿がいるとこんなに……」

 何だ、山田探偵の様子がおかしい? 虚ろな目でブツブツ独り言を呟いている。


 ……うん? 体か傾いていないか?


 __バターン!


 異様な様子に息をのんでいると、山田探偵はぶっ倒れた。人がこんな風に倒れるところなんて初めて見た。倒れた音は思ったより大きく響いた。

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