星河の1球


 日下部は、大学時代にプロ入りを果たせず、しぶしぶ社会人野球の選手になった男である。プロ入りの夢は、今でも諦めてはいない。


 社員としての日下部は、プロフェッサーなる男の部下であり、彼の実験台でもあった。パワハラかもしれない。プロフェッサー自身が「実況パワハラ社会人野球だ!」などと言っていたくらいである。


 なお、日下部は「ブサイクではないけど、イケメンかどうかは微妙」な男。精悍な顔立ちだが、イケメンかは微妙なところである。


 微妙な日下部は、バッターボックスに向かった。彼は両打ちで、今は左打席に。



 球場を揺らすような拍手と歓声の中、星河がマウンドに立つ。

 ファンの視線を一身に浴びた彼は、マウンド上でイケメンなポーズをした。拍手と歓声は、さらに音量を増した。


 打席にいる日下部の事は、誰も見ていないのではないか。

「……人気者は違うな……」

 日下部の呟きが聞こえたようで、敵チームの選手であるキャッチャーが「全くだ」と同意した。このキャッチャーも、やはり注目されてはいない。


 このフィールドで注目を集めるのは、星河くらいだろう。彼ほどのイケメンは、そうそういるものではない。 



「この1球に、僕の全てを懸ける──!」

 ボールを握った星河は、やはり振りかぶった。

 これがマンガなら、星河の全身からオーラが放出されている事だろう。無論、イケメンオーラを。

 心なしか、星河の全身が淡く光を放っているようにも見える。さすがはイケメン。


 フォーム改良によって身に付けたスリークオーターから、速球──スターライトイケメンストレートが放たれた。

 球速は、150キロ弱といったところ。


(速い──!)


 予想を遥かに超えた球速に、日下部が振り遅れた。バットは空を切り、白球はキャッチャーミットに吸い込まれる。

 空振った日下部の顔は、誰の目にも明らかなほど、驚愕や驚嘆といった表情が貼り付いていた。


 いや、彼だけはない。


 日下部の背後から聞こえてきた「マジかよ……」という呟きは、ボールを捕ったキャッチャーのものだ。

 フィールドにいる選手、ベンチにいる男たち、スタンドで観ている人々──。

 誰もが星河の速球に息を呑んでいた。


 やがて、星河がイケメンなポーズをした事で、球場は再び拍手と歓声に包み込まれたのだった。


 そして、この1球をもって、星河はマウンドを降りる。


 なぜなら、今のは始球式だったのだから。


 そう──始球式である。

 星河は、社会人野球の選手ではなく、芸能人なのだ。CMに出演している縁で、始球式を務める事になった。



 ふわっとしたボールが来ると思っているところに150キロ近い直球が来たため、日下部の反応が遅れたのだ。驚きの表情も当然だった。



 ──これは、始球式で投じる1球のためにオリジナルストレートを開発したイケメンの物語。

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