清風明月

平穏――ぼっちのオカルトマニアとその友達

公立 栃煌とちおう高校は、主に広大な人工芝生と無駄に広い敷地と校舎から成る。


 生い茂る人工的な緑と道路に並行して流れる小川や、肩幅の広い、年輪を重ねた樹木が厳かな雰囲気をかもしだしているその光景は、学校というよりはヨーロッパの博物館か何かを思わせる。尤も、そう思わせるためだけの作りとも取れる。


 ある種のアピール。一人でも多くの生徒を取り込もうという学校側の熱意の結晶。


 見た目の清潔さと明るく見える雰囲気は、学校見学に来る中学生やその保護者にとても良い印象を与えるものだ。


 敷地内には道路が走っており、どこからどこまでが内側でどこから先が外なのかという境界線を曖昧にしていた。


 中心よりも西よりに立てられた校舎は遠くから見ると頂上部分が「森林」から突き出ているかのように見える。校舎自体は一般的な白いコンクリートによる凸形の建物だった。


 沖一真おきかずまは校舎の3階にある教室からその人工による大自然を眺めていた。ぼさぼさ、自由奔放にカールを描く髪は天然物で、朝にどれだけドライヤーを掛けようがブラシを掛けようが、完全にまっすぐになることはない。


 机の前におかれた弁当はもうほとんどが片付いていた。教室には彼以外にも同年代の何十人という男女がそれぞれ思い思いに話していた。


……入学してから一ヶ月近くが経つが、一真は未だ半数近くの名前と顔が一致出来ずにいた。


 それが、クラスの大きな一つの輪に馴染む事が出来ない理由の一つ。いや、実際には逆なのかもしれない。馴染む事が出来ないから名前を覚えられないのか。


 この状況を一真は別にいやだとも感じてはいなかった。だが、なにも彼らの輪に入ろうという努力を怠ったわけでもなかった。初めての日から数日の間はクラスの全員と話すよう努力はしたし、気の合いそうな男子と交流しようと試みもした。


 けれども、 人を惹きつけるだけの魅力が決定的に欠けているからなのか、最初は輪の中に入れていたのに、次第に無視されるようになった。

 

 一真がそう感じているだけなのかもしれないが。 


 そういうわけで、今日も彼は静かに読書を楽しむ。「陰陽道」と名のついた高校生が、厨二的な発想の元に読むような本だが、彼はいたって真面目にその本を熟読していた。この手の本には知識の断片しかないことも知っている。

 だが、その知識の断片も他の本や資料やインターネットを使うことで、より深い知識を得られるきっかけにはなる。


「よ、今日も一人で読書なわけだ。しかも結構渋い本読んでるんだなぁ」


 一真の目の前に長身の男子が立った。一真とは対照的な大きく開いた瞳。髪は栗色で肩に掛かる程の長さで、日焼けを知らない真っ白な顔を際立たせている。


「いいだろ。好きなんだ。こういう話が」


 気を張るでもなく、肩の力を抜いた状態で一真は答えた。話しかけてきた藤原霧乃ふじわらきりのはふーんと目を細めて笑いつつ、本を横から覗く。


「でも、日常生活で役立つようなことじゃないじゃん? こんなこと知っててもさ。特におともだち作りとかには」


「別にこのオカルト知識を友達づくりに活用しようなんて思ってないよ。それで霧乃君?」


 一真はぐっと顎をしゃくった。霧乃が目だけでその先を追い、襖式に開く扉に視線をとめた。

「君の教室はあっちで、ここじゃないはずなんだが」


「細かいことは気にすんじゃないよ。どうせ、誰も気にしてなんかいないじゃんか」

 一真はふうっとため息をつき、読書の邪魔すんじゃないと手を振る。


 何をどう間違えたのか、一真の唯一と言っていい友人は隣教室の生徒であるこの霧乃だけだった。それも最初に話しかけてきたのは霧乃の方だったのだ。


 栃煌高校は公立の学校で地元からの生徒が多く通う。一真自身も、近くの区から入ったのだが、偶々同じ区に住んでいた中学生の大半が、私立や別の公立の高校に入ってしまった。


 同期の生徒で顔見知りの者はここでは一人もいない。 周りは、新しい友人など作る必要のない者ばかり。実際彼らの輪の中に無理やりに入り込んでも、いてもいなくても同じ、空気のようにしか扱われない。


 それは数日付き合ううちに分かった。分かると同時に一真はそっと彼らの輪の中から抜けた。誰もそれを気に留める風はなかったのを見て、一真はますます確信した。


「まあ、俺はここだろうと元のクラスだろうと、輪の中にいさえすりゃいいって思ってるからさ。それにここのクラスのがやがやした空気は好きだ。向こうは優等生さんが多すぎる」


「別に俺はがやがやした空気が嫌いってわけじゃないけどさ」

 そのなかでいるのかどうかもわからないという認識をされるのは、一人でいるのと変わらない。それに加えて集団の中の人間達には「なんで、お前もここにいるん

だ?」みたいな視線で見られるのだから、たまったもんではない。


 「ま、そんな独り身な一真が元気になりそうな情報を持ってきたぜ」


 霧乃はぐっと親指を立てて言った。どうせ、またくだらない話だろう。ここ一ヶ月だけで、妖怪、吸血鬼、口裂け女、怨霊等、一昔前の都市伝説的な話題を盛りだくさん、耳にたこどころか痣が出来る程に聞かされてきた。

 

 その手の話が嫌いなわけじゃない。だが、一真の場合「民俗学」としてのオカルト話が好きなだけで、都市伝説まがいの、まともな大人が聞いたら、鼻で笑ってしまうような話は大嫌いだった。


 だが、誠に腹立だしいことに、その手のオカルト話の話題を最初に振ったのは一真自身だったのだ。幼い時の思い出話をふとつい、語ってしまったのが始まりだった。


 夢か現うつつかも分からない出来事であり、一真にとって初めての淡い恋の話。


 窓の向こうで風に吹かれた木の葉が渦を巻きながら去っていく。その光景を眺めながら、一真は、しばしその思い出について考えた。


 小さな神社の中で小さな狩衣を着た少女が小さな手で折った金色に輝く鶴。それが羽ばたいて自分の手の中に入り込む……。その折鶴はまだ、持っている。今は紺色のブレザーの胸にある栃煌高校の紋章の裏の中ポケットにしまってある。


 ふと思った時に取り出して、宙に投げてみたりもしたが、折鶴は地球の引力に従って地に落ちるだけだ。その少女は近くの神社に住む神主の娘で、将来はまず間違いなく巫女になるのだろうと、近所では噂されていた事を親から聞いたのはかなり後になってからだった。


 何がきっかけで出会ったのかも思い出せないし、互いの事を知るには時間が短すぎた。

 出会ってから一月も経たないうちにその少女は京都へと引っ越してしまったのだ。



 名前は確か……。



 昼休みが終わった事を告げるチャイムの音が一真の意識を夢から現実に引き戻した。


 はっと一真は中の汚れた弁当箱と霧乃のとても楽しそうな顔を交互に見た。


「おっと、てなわけで、後でー! 恋し過ぎて教室を飛び出さないよーに」


 霧乃の言葉を完全に聞き流していた一真は意味が理解できずに呆然とした。奇妙な事に霧乃はその表情を見てますますにんまりとした。気味が悪い。


「驚くのも無理はないが、しっかりしろよ? 次は授業だからさ!」


 教室に入ってくる生徒と教師の両方から集中する視線を気にも留めず霧乃は教室を出て行った。彼は一体なんと言っていた? また、亡霊か妖怪が現れたとかの話か? いや、話のそぶりからすると、どこかニュアンスが違う。


 まるで一真が慌てふためくか、頭の中を真っ白に染めて呆然とする反応を待っているかのようだった。


 狐につままれたような気持ちで一真は午後の授業に臨んだ。世界史の教授は催眠術の達人であるかのように、淡々とした歴史の語句と年号を呪文のように吐き出し、生徒を睡眠へと誘う。


 胃にたった今詰め込んだ弁当と脳に酸素が足りないせいで、うつらうつらとした意識、鉛筆を握っている右手はまさしく握っているだけで、黒板のミミズのような文字を書き写す気力は無かった。


 霧乃の奴、一体何を仄めかしていんだろう。一真はせめて興味のある事を考えて、意識を保とうと心がけた。


 と、そのとき、背中を誰かに突かれたような気がして一真は振り向いた。永田未来ながたみくという女子が右手で一真の背中を突きつつ、左手の小さな紙を差し出していた。受け取れという事らしい。殆ど投げつけるようにして、一真の左手に放った。


『見たらまわして』


 表にはそう書かれていた。裏をめくると、そこには明日この学校に転校生が来るらしい事が書かれていた。この時期に転校生とは珍しい。親の事情か何かだろうか。だが、そこで終わりではない。まだ、何か続きがあった。


『転校生はなんと栃煌とちおう神社の陰陽師! 京都の清明神社で修行を積むため、十年以上も前に栃煌市を出て行ったが、一人前になった為に戻ってくるそう! うちのクラスに来るといいね!』


 胡散臭さ抜群の文面だった。その後に続く文面はどうやってこの陰陽師を迎え入れようかという事が、だらだらと意味も無く続いている。付き合っていられない。そう思ってその紙を隣の机に渡した時、ふと思った。


 栃煌神社。俺とあいつが出会った場所じゃないか。


 そしてあいつがこの町を去ったのも丁度十年くらい前だ。おいおい、待てよ。霧乃が言ってた事ってこのことか? 修行を終えた巫女だか陰陽師が帰ってくるって?頼むから冗談だと言ってくれ。おかげで一真の意識は一気にはっきりしたが、結局、授業が頭に入ることは無かった。


 丁度その頃、校舎の外では一人の少女の姿があった。風の囁きで波立つ美しい髪とそれを際立たせる白い肌、感情表現に乏しい瞳をただ、真っ直ぐそこへ向けている。


「見つけた」 

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