古泉一樹の横浜駅
ハルヒの考えていることは解る。ランキング上位の作品が気になって読んでみたのだろう。そして、これを追い抜かすにはどうすれば良いのか考えて、その結果、あいつの深層心理である所の閉鎖空間に影響が出ているのだ。
「たしか、上位に入っている作品にそんなものがあったな……それにしても、無限増殖とは……」
「僕も驚きましたよ。幸い閉鎖空間を埋め尽くす前に消滅させることができましたが」
「封じ込めに失敗したらどうなるんだ?」
「考えたくはないですが、日本が横浜駅に覆われることが現実になる可能性も」古泉は両手を広げて肩をすくめてみせる。洋画の主人公のようなきざったらしいポーズだ。
「それに、問題はそれ以上にあるんです。もし涼宮さんがこのままウェブ小説を読み漁り、投稿を続けたとしたら……。覚えていますか?涼宮さんが入学して早々、クラスメイトに絶大な印象を残すことになったあの自己紹介。実は僕もとある筋からの情報で知ってるんですが……」
どうせ、機関とやらからの情報だろうな。
「思い出してください。あの自己紹介を。その中で今の我々に欠けているものがあるのにお気づきですか?」
思い出せとわざわざ言われなくても忘れるはずがない。ハルヒのあの強烈な自己紹介は脳ニューロンの一個一個に深く刻み込まれている。なにしろあんな珍妙で奇天烈なフレーズは忘れようたって忘れられるもんじゃない。自己紹介の世界ランキングを作ったら、不動の一位になることは間違いないだろう。
ハルヒはあの時、俺の真後ろでこう言ったんだ。
「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味がありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
ハルヒの涼やかな声までもはっきりと思い出すことが出来る。と、そこでふと恐ろしい疑念が浮かぶ。この場に足りないもの。ハルヒが求めていてまだ見つかっていないもの、それは……
「異世界人か」
古泉は見飽きた爽快スマイルで頷く。
「ひょっとしたら……異世界人はもう来ているのかもしれません。我々に悟られていないだけで」
僕達の機関や情報統合思念体、また朝比奈さん達の仲間にも知られずに潜伏しているというのは、中々難儀なことだとは思いますが……と古泉は付け加える。
「もしくは、彼女が異世界人なんて存在を心の何処かで認めていない。そういう可能性もあります。そして僕としてはこちらが気になっているのですが……もしくは、我々はこれからそういう人で埋め尽くされた世界に行くのかもしれません。その手の話に彼女が興味を持ったとしたら……」
俺は思わずつばを飲み込む。異世界人は俺たちの方なのか? 俺たちが異世界に行って、そこの世界で異世界人として認識される……まさかそんな……
「少なくとも、これ以上この活動を続けるのは、少々リスクが大きいかと」
俺は頷く。突然トラックが部室に突っ込んできて、SOS団一同が異世界に飛ぶなんてことは御免こうむりたいからな。俺はほぼ一年前、ハルヒの作った箱庭めいた世界に閉じ込められた時のことを思い出した。あの時は脱出できたがあれから一年、ハルヒが引き起こす異常事態は、何度も同じ時を繰り返したり分裂したりとますますスケールを増している。もう一度あれと同じことになったら……
古泉はまた何か事件を引き起こすことでハルヒの興味を移そうと画策しているらしい。今回ばかりはこのやさ男の暗躍に期待しよう。
次の日もハルヒの機嫌は治らず、俺の書いてきたプロットを驚くべき素早さでボツ箱に入れると、「作家数が足りないのよ」と言い残して猛然と部室を出て行った。おそらく谷口や国木田を捕まえて新作を書かせるつもりなのだろう。不幸なことだ。
ハルヒが居なくなって一息ついて、また真っ白なテキストエディタと向き合っていると静かな視線に気がついた。
「…………」
マネキンの様に立っている長門が、相変わらずの無表情でこちらをじっと見つめている。
「……どうしたんだ? 何かあったのか?」
長門はこくりと頷くと、
「涼宮ハルヒが帰った後、ここにきて」
そして古泉や消しゴムや鉛筆と格闘しながらうんうん言っている朝比奈さんに向かって
「あなた達も」
「僕達も……ですか?」古泉が少し含みを持たせて聞き返す。
「そう。大事」
「あたしも……居たほうがいいんでしょうか……?」
「…………」長門は無言で答える。ひょっとすると肉眼では捉えられない程微細な角度でうなずいたのかもしれないが。少なくとも否定はされていないようだ。
長門はそれだけ伝えるとまたキーボードに文字を打ち込み始めた。
不機嫌なハルヒが「帰る!」と宣言し突風のように去った後、俺たちは帰り支度のふりを止めて長門の周りに集まる。
長門は無言でコンピ研からまきあげたPCを開く。開かれたブラウザには、1つのウェブサイトが表示されている。クリック音が響き、画面が遷移すると現れたのはシンプルなページ。ただ「オレオ」の三文字が表示されているウェブ小説だ。
「これが何か?」
「随分と、前衛的ですね……」
皆が思い思いの感想を口にする中、長門はとんでもない言葉を口にした。
「私が書いた」
なんですと
(長門有希のカクヨムに続く)
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