ニートじゃない、小説家だ!
伊豆 可未名
4月 ニート、社会に出ない
遠くで聞こえる体育会の胴上げの声、学位記を持って写真を撮る袴姿の女子達、後輩から貰った花束を抱えて照れ臭そうにする卒業生の男子達。
「佐久間、そういえばさ、お前卒業したらどうするんだっけ?」
「え? あ……えっと、まだ決まってないかな」
という会話をしたのが十日前のこと。俺、佐久間
四月一日が来た途端にSNSの友達の投稿が激減した。それまではリプライの往来が何通も続いて、会話に入っていなかった友達すら面白くなって「スクショした」という投稿をするくらい賑やかだった俺のスマホが一件も通知してこない。
それでも、俺はめげない。俺は、ラノベ作家として芽が出るまでは、成り行きで社会に出て、そのまま普通の人生を送るなどという味気ない生活に妥協しないと決めたのだ。俺は他の人とは違う人生を送る。現代の勝ち組になるのだ。どんなに会社に尽くしても報われない現代社会で一般企業に就職するなど、愚の骨頂だ。やりたいことを我慢してまで生きている価値など、この世にはない。
俺はラノベ作家になりたい。モテたいからとかでは一切ない。好きだからだ。ラノベが好きで、尊敬する作家が何人もいる。そういう人達といつか肩を並べて歩きたいのだ。だから、絶対に諦めない。
在学中に住んでいた学生マンションを追い出されて、キッチンの設備もままならないボロアパートで俺は小説を執筆している。隙間風が入るのか知らないが、気温が低い日は部屋にいても少し肌寒い。冷暖房などないから、袖のところに穴の空いたセーターを着ている。ネカフェでも行けば少しは環境も改善されるかもしれないが、金がもったいない。ただでさえ、卒業するまでの残り半年間で貯めた奨学金の残りを切り崩して生活しているのだ。バイトはしない。執筆時間が減ってしまうからだ。
学生時代に親に買ってもらったノートパソコンは既にQのキーがどこかに吹っ飛んだポンコツだけど、Qはほぼ使わないから何の問題もない。どうしてもQを打ちたい時は「きゅー」と打って変換すればいいだけの話だ。というか、全く使った覚えのないQが吹っ飛んだ理由の方が俺は知りたい。
俺が好きなラノベ作家は多数いる。数え上げればキリがない。学生時代は友達と好きな作品について語り合って、おすすめの新刊や掘り出し物の名作を読みふけったものだが、生活費と引っ越し費用のために、お気に入りの作品以外は売り払ってしまった。申し訳程度に運び入れた本棚をすっからかんにするほど俺はバカじゃない。空いたスペースには、服やカバンを入れたりして補っている。何故かといえば、この部屋には収納がないし、タンスは大きくて運ぶとなると引っ越し費用がかさむので後輩に譲ってしまったからだ。
夜には電気代がもったいないから部屋の電気はつけない。トイレも極力我慢して、時間と回数を決めて、それ以上は行かない。食事と睡眠だけは大事にしようと思い、一日一食は牛丼を食べに外に出て、夜中の二時には布団に入る。起きる時間は日によって異なる。夢を見ている時にアイデアが思いついて急に起きることもあるし、だらだらとスマホをいじって昼まで布団で過ごすこともある。
俺のことをバカだとかニートだとか社会のゴミだとか言う奴らがいる。だけど、俺は声を大にして言いたい(本当は心の中で叫んでいるだけ)。
嫌々仕事して、深夜に一人暮らしの部屋に帰宅して、話し相手もいない、趣味に没頭するだけの人生に何の意味がある? モテ男じゃない俺達フツメン以下の若者は、夜遊びするだけの金を稼げて、しかも仕事終わりにその体力も残せるだけの職に就けているのか? 慣れない仕事で神経すり減らして、仕事が片付いたと思ったら、今度は無理矢理上司に付き合わされて、好きでもないビールをしこたま飲まされることの何が幸せなんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます