第1章 【Hero's Birthday】
1-1
「っ、はっ……!!」
ぐんっ、という独特の浮遊感に襲われ、がばりと布団をはねのけるように起き上がる。
汗ばんで額に張り付いた髪を指で払い、自然と荒くなる呼吸を落ち着けるように、ひとつ息をついた。
窓の外、一面に広がる大海原を見つめて、ポツリと呟く。
「また……この夢だ」
この少年……リヒト=ミーティアは、物心ついたころから頻繁に見る夢があった。
背中に翼を持った美しい女・レムと、魔王を名乗る男・シェイドの壮絶な戦いの光景。
リヒトはレムの視点でその夢を見ているのだが、それは『夢』という一言で片付けるには、あまりにも不自然過ぎる夢だった。
何から何までリアリティが過ぎるのだ。
シェイドを前にして感じる、圧倒的な威圧感はもちろんのこと。
肉体的な痛みだけではなく、3人の愛娘を無残に失った悲しみに、彼女自身もまた相打ちにすら持ち込めずに敗北した絶望。更には、例え生まれ変わってでもシェイドを倒すとまで言い切った執念。
そんな内面的で複雑な感情までも、手に取るように分かるのだ。
まるで、自分自身がレムであるかのように。
……そもそも、同じ場面ばかりを長期間にわたって連続で見続けている時点で、おかしいといえばおかしいのだが。
ふと、リヒトは窓ガラスに映る自分の寝起き姿を見やる。
癖のある金色のショートボブに、青い瞳。
考えてみれば、レムも自分と同じ金髪碧眼だ。
ただ、自分のように髪に癖はなく、腰までまっすぐ伸びたストレートだし、目ももっと澄んだ……そう、まるで海そのものを閉じ込めたようにきれいな蒼色である。
(いや、って言うかそもそも女の人だし。何を勝手に比較しているんだろう、僕は)
ふう、とため息をつき、立ち上がる。
元から着ていたタンクトップの上に、襟付きシャツと革のベストを着込み、赤いショートマントを羽織る。
茶色いハーフパンツとレザーブーツをはいて、普段どおりの格好になったリヒトは、階下に降りる階段に足をかけた。
リップル島唯一の村であるここは、他の地域と比べてもかなりの田舎だと聞く。
リヒトの自宅のみならず、村人たちの家に家族別々の部屋というものは基本的に存在せず、リビングや台所、風呂場などは全て1階にあり、2階は寝室一部屋のみ……しかも全員相部屋仕様である。
まあ、相部屋といっても、リヒトと寝食を共にしているのは一人だけなのだが。
階段を下りると、ふわりといい匂いがリヒトの鼻をくすぐった。
今朝の食卓に並ぶのは、色鮮やかで瑞々しい野菜サラダに、きのこのクリームスープ。
更に、籠に盛られた焼きたてのパンが、香ばしい香りと共にほかほか湯気を立てている。
自分が食べたい分だけ籠からパンを取りながら食べるのが、アンヘルラントの食事スタイルである。
「父さん、おはよう」
リヒトに呼びかけられて、テーブルに食器を並べていた男が振り向いた。
ルークス=ミーティア。
リヒト唯一の肉親は、目じりに年相応のしわを滲ませながら微笑んだ。
「おお、おはようリヒト。誕生日おめでとう」
「……へ?」
唐突過ぎて、思わず変な声が出てしまった。
台所に張ってあった
「……あ、そうか! 今日だったっけ。ありがとう」
「なんだ、忘れていたのか? 夕べ『大事な話がある』と言っただろう」
呆れたようにルークスに笑い飛ばされ、恥ずかしすぎて思わず顔が熱くなってしまうリヒト。
「あー、ご、ごめん。実は今朝、なんだか変な夢を見てさ。それで寝ぼけちゃったのかも」
なんだかレムを寝ぼけた言い訳にしている気がして、なんとなくいたたまれない気分になりながらも、素直に謝っておくことにした。
「ふふふ、そんなに必死にならなくてもいいだろう」
「う、うん……それで、大事な話って?」
席に着きながらそう聞くと、不意にルークスは意味ありげな笑みを浮かべる。
「話は昼食のときに、母さんの墓の前で、な」
「え?」
「毎年墓参りは欠かさずしているだろう? そのときに話してやろう。もちろん、その前に畑仕事と剣術稽古は忘れるなよ?」
そういたずらっぽく笑って、ルークスは焼きたてパンに
今日はリヒトの17歳の誕生日。
そして、彼の母親・ステラ=ミーティアの命日でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます