第三話 玩具屋

 西暦二〇〇〇年に発売された家庭用ゲーム機「プレイステーション2」は軍事転用のおそれがあるとして、『外国為替及び外国貿易法』に基づき国外への輸出が制限された――。


    *


クライン博士ドクトール・クライン、いらっしゃいますか」


 ルッツとヴィクトリアは自由リヒトニア陸軍工房――通称【玩具おもちゃ屋さん】を訪れた。

 リヒトニアは高い科学技術力を誇っており、アルテニアへ降伏した際、科学者や技術者たちの多くはダリアに亡命した。兵器開発の天才、エルヴィン・クライン博士もその内の一人である。

 ちなみにこの工房はダリアへの研究成果の共有を条件に場所や設備などを提供されている。


「なんじゃ、若いの」


「ちょっと、用意していただきたい物がありまして」


「ほう、それは何じゃ?」


「『大剣』――つまりは大きな剣です」


「何を言ってるのじゃ……。ん? ま・さ・か……」


「そうです、こいつに使わせます」


 ルッツはヴィクトリアを見た。


「なるほど」


 クライン博士は事情を知っている数少ない人物だ。


「重さは人間の扱えるものでなくて構いません。とにかく、頑丈さ重視でお願いします」


「腕力があるなら重機関銃でも持たせたらどうだね? 彼女なら撃ちながら走り回れるじゃろ?」


「それも悪くはありませんが、弾薬の消費が激しいという弱点があります。そして何よりも大剣は――」


「大剣は――?」


「かっこいい!」


 ルッツはドヤ顔で答えた。


「え?」


「ははは、そうかそうか」


「頼めますか?」


「頼まれよう。本来なら絶対に作れない兵器じゃからこちらも楽しみじゃ。では早速取り掛かろう」


「ありがとうございます」


「まぁ、時々調整に呼び出すぞ」


「はい」


「せっかくだから、できたてホヤホヤの試作品を持っていけ」


「試作品?」


「ちょっと待っておれ」


 クライン博士は奥に行っていくつかの物を持ってくる。


「何かいろいろありますね」


突撃小銃アサルトライフル可塑性プラスチック爆薬、無線起爆装置」


「なんかいっぱいありますね」


「まずは若いの、自動小銃オートマチックで機関銃のように全自動フルオート射撃をすることはできるか?」


「まぁ、できるかと訊かれればできますが、普通の人間にとっては反動が強すぎて実用的ではないですね。基本的に敵味方問わず配備されているのは半自動セミオート式か鎖閂ボルトアクション式です」


「うむ、そこでじゃ。小銃ライフル弾より反動の弱い弾薬を使用することにより、全自動フルオート射撃が可能になった自動小銃オートマチックがこの突撃小銃アサルトライフルじゃ! 至近距離から中距離まで幅広く対応できる。今後の小火器の主役はこいつで決まりじゃ! 精密狙撃には向かないがの」


 クライン博士は玩具のように射撃する真似をしながら説明した後、ルッツに手渡した。

 ルッツはそれを興味深げに見る。


「確かに画期的かもしれません。とりあえず、普通の人間代表として試してみます」


「反応が薄いの……。次はと……可塑性プラスチック爆薬は名前の通り粘土のようにちぎったり好きな形に変形できるのじゃ。さらに雷管を使わない限り叩いても火を付けても爆発せん、極めて使い勝手のいい爆薬じゃ」


「おお!」


「無線起爆装置は爆薬を離れたところから安全に爆発させる優れものじゃ。さらに動作不良時の保険として狙撃することで起爆することもできるぞ」


「すごいですね!」


「そうじゃろそうじゃろ? ちゃんと使い勝手を報告するんじゃぞ」


 クライン博士は得意気ここに極まるといった感じだ。


「わかってますよ」


「若いの、その子は大事にしろよ。現代の科学では作ることはおろか、修理すら難しいじゃろう。その体が金属なのか粘土なのか、それすら我々の科学力ではわからないのだ」


「そうですよ~」


「調子に乗るな」


「ひぃ~」


「ところで機械人形のレシピブックとか発見されていないのですか?」


「うむ、その超古代文明は切手サイズの小片チップに書籍何万冊分もの情報を詰め込めたらしい。それらしき古代の遺物アーティファクトはいくつか見つかっておるが、その古代の遺物アーティファクトからどうやって情報を取り出すのか、そもそもそれらがまだ生きているのかすらわからん。先が見えないのでまともに研究もされておらんしな」


「科学者や技術者なら解剖のひとつでもしたくなるもんじゃが、黄金の卵を生むガチョウの話もあるからの。厳密には長期的な利益を大事にしろという話なのじゃが、これはどっちが短期か長期かすらわからんケースじゃ」


 黄金の卵を生むガチョウのお伽噺――毎日一個黄金の卵を生むガチョウの中に金塊があると思い込んで切り裂いたが、金塊はなくガチョウも失ってしまったという寓話。


「さらっと怖いこと言ってますー」


「程度にも依りますが、兵士や兵器を過剰に大事にしていたら、戦争なんてできませんよ」


「あ、それいいですね! もう戦争とかやめて、このまま私と逃避行をしましょうよ!」


「ないね。攻められたら守る。取られたら取り返す。戦略的撤退はあっても戦争そのものからは逃げない。祖国を決して諦めない! それが軍人魂!」


「国と私、どっちが大事なんですか?」


「国に決まってるだろ。母なる国――母国だぞ」


「母国の何がそんなにいいんですか? マイスターは言語堪能じゃないですか。それに私は普遍文法ユニバーサルグラマーシステム【神の門バベル】を搭載しています。マイスターがわからない言語も私がすぐに習得して、通訳したり教えたりしますよ」


「俺が生まれ育った……それ以上の価値があるか?」


 このルッツの言葉はとても正直だ。

 他国との客観的な違いからリヒトニアの良さを述べることもできなくはない。

 しかし、そうではないのだ!

 自分がその国に生まれたという偶然、運命――それがルッツの愛国心の根幹なのである。

 もっともその思想はルッツが比較的裕福な家に生まれたことが少なからず影響しているだろう。だから自分の境遇によっては自国や他国どころか世界を憎む人がいても全く不自然ではない……。


「やれやれ……」


 しかし、かく言うヴィクトリア自身もただ自分を覚醒させたというだけで、ルッツを主人マイスターとみなして付いてきているのである……。


「普遍文法システム――実に興味深いのぉ」


 ルッツは科学の世界にトリップしているクライン博士に対して、


「ところで博士。フルカラーの暗視装置って作れますか?」


「ん? 単色の暗視装置の試作品がようやく完成したところじゃぞ。そもそも色というのは可視光の反射によるものじゃからのう。暗い場所では色はないのと同じじゃ。なんらかの特殊な方法で『再現』できる可能性はあるが、今のところ検討もつかん」


「……わかりました」


 やはり人造人間を生み出した超古代文明の科学技術力テクノロジーは計り知れない――。


    *


 ケーニッヒ大佐によって新設された超特殊部隊、その名も【亡霊部隊】。

 隊員たちは個々には極めて優れた能力を持っていたが、それを部隊として活かすためには相応の訓練が必要だった。


 軍隊では定番の行軍訓練である。今、一番遅れているのはルッツである。


「マイスター、遅いですよー」


 ヴィクトリアが振り返って叫ぶ。


「隊長殿ー、大丈夫でござるかー?」


「……」


 マリーはやや苦しそうだが、ルッツほどではない。山育ちの成果だろう。


「こ、こいつらどうなってるんだ……」


 こんな隊長で大丈夫か?

 いや、ルッツも職業軍人、相応の体力はあるのだ。しかし、他の隊員たちはそれを遥かに超えていた。

 マリー以外はもはや体力がどうといか言う次元ではなかった。


蝸牛かたつむりのようにのんびりなマイスターは私が背負った方が速いんじゃないんですか?」


「そういうわけにもいかない」


「もう、頑固ですねー。やっぱりマイスターは戦争とかやめといた方がいいんじゃないですか? 貧弱すぎて向かないですよ?」


「おまえの基準なら誰も戦争できなくて平和だったな!」


 ルッツの荷物は五十キログラムもある。衣類、食料、水筒キャンティーン、弾薬、救急キット……兵士の荷物には現実がいっぱい詰まっているのだ!

 なお、ヴィクトリアの荷物は百キログラムを超えていた。

 ここまで来るともはや夢が詰まっているのだろうか?

 もちろん、この重量には例の大剣が大きく貢献している。

 つまり、大剣イコール夢なのである。


 一つ便利なことがわかった。ヴィクトリアは無線の送受信ができるのだ。

 おかげで無線通信機を持ち運ぶ必要がなくなった。その上頑丈だ。

 それを知ったルッツは、


「やはり便利な女だ」


 と率直なコメントを述べた。

 ただし、受信するときはヴィクトリアが声真似(環境音までバッチリ)で話すのでかなり不気味だ。

 本人曰く、完全に再現したほうが楽らしい――。


「まぁまぁ、細かい作戦を立てるのは隊長さんですから、ご自身の能力を考慮に入れるのも自由ですし」


「ハンスもフォローになってないぞ。だいたいおまえは人間なのにどうなってんだ?」


「【チー】で身体能力を底上げすると同時に、最も力を無駄にしない足運びをしています。ラルフさんも似たような技術を使ってますね。彼の場合は体力もずば抜けてますが」


「それで【チー】とやらはつのか?」


「もちろん無限ではありませんが、この程度なら大丈夫ですね」


「そりゃすごい。是非、軍隊に取り入れたいね」


「修行に何十年掛かると思っているのですか。それこそ戦争できませんよ。私のように十年程度でここまで到達できるのは極めて稀有だと老師ラオシーが言ってました」


「何かよくわからない自慢されたぞ」


    *


 当然、近接戦闘の訓練も行われた。

 今、ヴィクトリアとハンスが向かい合っている。


「本当にいいんですか?」


「かまわん、やれ」


 近くで見ているルッツが言う。


「しょうがないですね~。――安全装置解除――」


 ヴィクトリアの瞳が紅く輝く。

 彼女が人間を攻撃することは制限されているらしい。

 だから彼女が人間を攻撃するときには周囲への警告の意味で瞳が紅くなるのだ。


「いきますよー」


「いいですよー」


 ヴィクトリアがハンスに殴り掛かる! その速度はやさは疾風の如し――。


「ほいっと」


 しかし、それをハンスは軽く受け流す。


「てやっ!」


 さらに殴り掛かるがやはり受け流される。


「それっ!」


 ハンスが軽く触れただけでコケてしまった。


「ぐうっ――」


「すごいな、これが【チー】か」


 見ていたルッツは感心する。


「いえ、これはただの武術です。だから【チー】のないヴィクトリアさんももしかしたら習得可能かもしれません」


「なるほど、それはいいかもな」


「【チー】を使った技は使えませんが、素の身体能力が高いからそれで良しとしましょう」


 かくして、ハンスやラルフの指導でヴィクトリアも武術を身につけていった。『ある程度』でもヴィクトリアの超人的な身体能力と組み合わさると十分恐ろしいことになるのだ。


    *


 狙撃対策の訓練も行われた。狙撃そのものは主にマリーの担当だが、敵に見つからないことに関しては亡霊部隊全員に求められる技能だ。


 背の高い草が生い茂る中、マリーが周囲を見渡している。そして足元の小石を拾うと、少し離れた場所に投げた。


「痛いっ」


 小石が隠れていたヴィクトリアに当たったのだ。もちろん、機械人形が本気で痛いと思っているのかは怪しい。


「死んだ……」


 マリーはヴィクトリアに向かってそう言った。

 実際のところヴィクトリアは人間よりは頑丈だろうから銃弾の一発くらいはでは致命傷にならない可能性が高い。しかし、戦争においてそのような油断は大敵である。


「えー、結構いけると思ったんですけどー」


 ヴィクトリアは機械人形なのでその気になれば、外側の動きをほぼ完全に停止できるのだ。むしろ普段は人間らしく見せるために無駄な動きをしているくらいだ。


「確かに動かないことに関してはすごい……。だけど、。まともな狙撃手なら気付く」


「あ……」


 ヴィクトリアは自分の間抜けさに気が付いた。


「大事なことは、自分を環境に合わせること……」


 訓練を積んでいくと、やはりヴィクトリアは狙撃手としても優れた実力を備えるようになってきた。元々敵を見つけるのも得意であり、いくらでもじっとしていられるのだ。

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