―98― 襲撃(42)~「引き上げろ!!!」~

――決着が着かないという終わり方もあるだろ。


 この襲撃の結末を見通したかのような、エルドレッドの言葉。

 エルドレッド・デレク・スパイアーズが呟いた言葉と全く同じ結末を、遥か上空に浮かぶ神人の船にて武闘派レディ、ローズマリー・クリスタル・ティーチも予測していた。

 いや、彼女は、襲撃開始直後から中盤にあたるぐらいの時間において、早くも”それ”を感じ取っていた。


 個々の力の差はもちろんあれど、全体としてみるとほぼ五分五分。

 ほぼ互角であるということ。決着は着かない。いや、どちらかがたった1人になるまでは、着けたくても着かないといったところか。

 襲撃開始から、この戦闘の終わりへと各々の血を伴い流れる時間は、まさに彼女たちの予測通りの結末へと向かいつつあった。


 けれども、晴れ渡った青き空と穏やかできらめく海の間にて、この美しい光景の中にて、守る者たちと奪う者たちが巻き起こしている戦いの渦の勢いは、一見してまだまだ緩まりそうにはなかった。

 双方の頭数を削り取られ、各々の疲労が蓄積されていたとしても、各々の肉体に刻まれた傷口が悲鳴を上げていたとしても、若き男たちの血と肉が湧き立ち燃え上がる戦いは、襲撃者側より退却を指揮する”第一声”があがるまでは続くのだろう。



 結末は予測しているも、”一応”襲撃者側であるペイン海賊団の一員として、弓矢を構え直したエルドレッド。

 彼は、先ほど”殺したくはない”者の1人である、ルークを自身の不思議な力によって”飛ばしていた”。いや、助太刀に駆け付けた仲間の刃から、彼を遠ざけた。

 エルドレッドは理解していた。

 ルークもまた、”俺を殺したくはなかった”のだと。あの時、殺そうと思えば、剣で喉元を裂いて殺すことができていたはずなのに。

 

 しかし、自分がそのルークを飛ばした先は、ルイージと奴を一時的にではあるにせよ打ち負かしたらしい”あのデカいの”――鎧のごとき筋肉に全身を包まれた褐色の肌に鳶色の髪の青年が再び剣を交え始めていた所であった。

 ”ルイージの方に”衝突してしまったらしいルークは、奴と重なりあうようにして、甲板へと転がっていた。

 そのうえ、ルーク自身の剣は、エルドレッドの足元に転がっていた。

 そう、エルドレッドはルークを”今の仲間の刃から遠ざける”どころか、”ペイン海賊団におけるツートップの陰険で凶悪な刃”の前へと飛ばしてしまったのだ。




「……っ……お前……!」

 ルークに上に乗られる形となったルイージが、衝突の痛みに顔をしかめながら、ルークを睨み上げた。

――こいつ、飛んできやがったのか?! まさか、エルドレッドの仕業か!? あいつ、俺が筋肉野郎とやりあっている時に邪魔してきやがって……!!

 ルイージが衝突の衝撃で離してしまった剣は、幸運なことにひょろ長い手を伸ばせば届く位置に転がっていた。

 それに引き換え、こいつ(ルーク)の手には何も握られていない。つまりは、丸腰ってわけだ。


 ルイージが”早くどけよ!”と怒声を発する前に、ルークは素早く跳ね上がるかのように身を起こし、ルイージへと拳を構えた。

 だが、ルイージの身体能力も彼に負けてはいないというか、正直なところ、勝っている。

 ルイージは、ルークを逃がすまいと(いや、この状況でも、このクソ生意気な奴は逃げるどころか、丸腰でも俺に向かってくるみてえだが)彼のくすんだ金髪をガッと掴みあげた。

 髪の毛の数十本はたやすく抜けてしまうのではというほどの力で自身の髪を掴まれてしまったルーク。

 しかも、それだけでない。

 奴はルークの喉元に、剣の腹を”水平に”這わせるようにして、ズイッと近づけたのだ。

 航海士ドミニク・ハーマン・アリンガムの血に、トレヴァーの血が塗り重ねられた剣の腹が、ルークの喉元で赤く鈍く光った。

「ルイージ……!」

 ルークの方が肉付きというか体つきはガッシリはしている。けれども、ルイージとの身長差は今もしっかりとあった。


 かつてないほどの近距離で、互いの顔を見上げる(見下ろす)ルークとルイージ。

 ルークの榛色の両の瞳には、苦痛や死の恐怖などよりも、この状況にあっても”決して屈するものかという情熱”が宿っていった。

 昔も今も、本物の”敵意”(いや、今現在は殺意であるだろう)が生じる間柄である彼ら。

 そう、つい先刻まで同じ甲板にてやりあっていたディランとジムと同様に……



 その時であった。 

「――ルーク!!」

 トレヴァーだ。

 直前までルイージと剣を交えていたトレヴァーが――戦闘再開となってから、ルイージによる新たな斬り傷を刻み付けられたトレヴァーが、ルークを助けんと剣を手にこちらへと駆け付けようと――



「トレヴァー、後ろだ!!」

 ルークが声を荒げた。

 後ろ。

 そう、トレヴァーの後ろからは、”先ほどエルドレッドを助けようとしていた”あの海賊が、彼の頑強な背中を目掛けて、剣を振りかざざんとしていたのだ。


「くっ……!」

 ルークの声によって、即座に振り返ることができたトレヴァーは、なんとか海賊の最初の一突きを防ぐことはできた。


「のおおおおおおおおお!!!」

 トレヴァーに次なる刃を振りかざそうとした当の海賊は、なぜかエクスタシーを思わせるような奇妙な声を上げた。

 この奇妙な絶叫は、奴にとっては剣を振るう際に自身を鼓舞する掛け声であるらしかった。


 武器を持っていないルークを助けにいかなければ、だが、目の前のこの海賊を倒さなければ、ルークの元には駆け付けることはできない。

 トレヴァーは、奇妙なエクスタシー海賊によって、足止めされてしまった。




「悪ィなあ、筋肉野郎。俺もお前と完全に決着をつけたいのはヤマヤマなんだけどよ。”当初の大本命ボーイ”をうちの弓矢使いにプレゼントされたんだ。お前は、その野郎と取りあえず、やりあってな」

 うれしそうなルイージの声。

 だが、その声は荒く、彼の薄い胸板は脈打っているのがルークにも分かった。だが、それは自分も同じであるだろう。

 相当に蓄積された各々の疲労。

 向かい合う互いの唇から上がり続ける荒い息と、若き雄の肉体から発され続けている熱を、各々の火照った肌に感じずにはいられなかった。



「なあ、ルーク・ノア・ロビンソン……いや、随分と異例の大出世しちまったから、今はルーク様ってお呼びすべきか(笑) ”面倒を見てやった”かつての後輩が、こうも英雄面しているとはうれしいなぁぁ」

 ルークは、このルイージに面倒を見てもらったどころか、昔も、そして今もまさに”殺人未遂行為”をされている。


「…………ルイージ・ビル・オルコット、俺を殺す気なら、さっさと殺(や)れよ。お前は昔から弱い者虐めの”悪役”のまま変わらねえな。いや、今のお前は悪役なんて次元じゃねえよ。この剣で一体、何人殺してきたんだ?!」

 ディランがジムに問うたことと、全く同じ問いをルイージに突き付けたルーク。

 いや、単なる問いかけではなく、命がけの挑発であった。


 けれども、ルークはあえてルイージを挑発したのだ。自分は仮にも、この”赤茶けた髪ののっぽ”と何年もの間、寝食をともにしていたんだ。こいつの面白がりで喋りたがりの性質は充分などに知っている。

 顔をあわせて間もないトレヴァーですら掴みとることができた奴の性質を、ルークが分かっていないはずはなかった。ルイージは、自分の挑発に間違いなく乗るはずだと。


 案の定、無数のそばかすが散った頬をピクリとさせたルイージは、ルークの喉元に這わせていた剣の腹をさらにグッと近づけた。けれども、深く切り裂きはしなかった。

 切れ味抜群な剣の腹を、ルークの喉仏の少し上あたりに迫らせた奴は、無言でスウッと”薄く”這わせたのだ。

 まるで殺害本番の予行演習のごとく、水平に浅く斬られた傷口からは、やはり赤きルークの血は彼の喉仏を通り過ぎ、鎖骨を目掛けてまっすぐに滴り落ちていく……



――やっぱ、お前は相当に肝の据わった野郎だな。俺たちと”性格さえ合えば”お前に負けちまった”役立たず”の代わりに、うち(ペイン海賊団)に欲しかったぐらいぜ。

 死の淵へと追いやられているのは明かであるのに、そのうえ手足とは違い致死率の遥かに高い喉元を薄くではあるも切られまでにしたのに、死への恐怖や命乞いなどの”綻び”を見せそうにないルークの顔を見下ろしたルイージは、今さらながらに思う。

 頬をピクリどころかピクピクと痙攣させ、一重瞼を吊り上げたルイージは、ブチ切れんばかりの怒気のこもった荒い息をルークへ向かって吐いた。

「……お前(ともしまだ生きていたらディランも)は生け捕りにして、連れて帰ることにするわ。まずは、その洒落た金髪をツルッパゲにして、人質の超ド級のブス娘と強制公開ファックさせてもいいしな。いや、何より、”あいつ”とホモらせるか。あのラ……」


 下劣で変態的な雄の笑みを浮かべたルイージの言葉は、最後までは言い終わらなかった。

 奴が”あのランディーと”とまで言う前に、熱に突き上げられ風をまとったルークの拳がルイージの鳩尾にストレートに入ったのだから。

 言葉によってルークを牽制し虐めることに夢中で、自身の首から下はがら空きとなっていたルイージ。

 かなりのマヌケ具合で、ルークの反撃を許してしまったルイージ。


 ドスッという鈍い殴打音と、殴打の痛みにルイージが顔をしかめたのはほぼ同時であった。その時を同じくした2つの事象にほぼ間髪入れず、ルークはルイージの手より奴の剣を叩き落としたのだ。

 血塗られた剣は、血塗られた甲板へと転がった。

 奴の武器は手から離れた。今、この時だけでも双方ともともに丸腰となったのだ。


 そして――

 すぐに剣を拾い上げるであろう”ルイージより剣を遠ざけ、肉弾戦に持ち込むしか今の俺には勝ち目はない”と判断したルークの”すぐ近く”を鋭い風がヒュンと吹き抜けていったのだ。

 船べりへと突き刺さった”鋭き風”。

 その”鋭き風”は、エルドレッドの弓矢であった。船べりに突き刺さった弓矢は、ビィィンと音を立てながら揺れている。


 まさかエルドレッドは、ルークを殺したくはないといいつつも、ルイージの助太刀をするために、ルークの背中目掛けて自分の弓矢をお見舞いしようとし、うっかり狙いを外したのであろうか。

 いや、決してそうではないことが、ルークはすぐ分かった。

 エルドレッドの弓矢には、ルークの剣が”剣の柄の方が弓矢の進行方向へと向けて”括り付けられていたのだから。

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