―97― 襲撃(41)~でも、海賊たちも無敵というわけじゃない ルーク vs エルドレッド~

――ヤバい。この長髪のおっさんは、特にマズイ……!


 つい先ほどきまで、超絶美形であるだけでなく均整のとれた長身という命を吹き込まれた彫刻のごとく美しい男(ヴィンセント)を3人がかりでいたぶっていた海賊たち。

 奴らは、この赤毛の超美形を救わんと駆け付けてきた長髪のおっさん(パトリック)から、明らかに自分より強い獲物ではなく”敵”を前にしているという本能的な恐怖を、揃いも揃って見事なまでに感じていた。

 本来なら、うちのジムやルイージとやりあって釣り合いがとれるような奴を、自分たちは今、前にしているのだと。

 奴らは知らないことであったが、このパトリックより本能的な恐怖を全く感じ取ることもなく、なおエルドレッドにやめとけと直接アドバイスされたにも関わらず、自信満々に向かって”逝った”鉈使い・ロジャーは怖い者知らずにも程があった。逆に言うと、奴には非常に度胸が”あった”ということになるだろう。


 3対1なら、まだこの長髪のおっさんへの勝機はあるだろう。

 でも、今は3対3に変わってしまった。

 赤毛の超美形は左腕が使えなくなっているが、あいつの剣を持つ右手はまだ使うことができるし、あの野郎本人がまだ使う気でいる。あいつの闘志の炎は消えてなどいない。

 さらに厄介なことに、くすんだ金髪の新参の兵士までこの場へと駆け付けてきた。

 野生動物のような殺気に包まれている金髪野郎も、あのおっさんと同じように真新しい返り血を至る所に浴びている。あの金髪野郎も、すでに俺たちの仲間のうちの誰かを倒している――倒すことができる戦闘能力の持ち主であることには間違いない。


 だが――

 いくらパトリックを主軸とした畏怖を眼前の3人から感じ取っているとはいえ、海賊たちは尻尾を巻いて逃げ出すわけにはいかない。そもそも、尻尾を巻いて逃げたとしても、海にしか逃げ場所はできない。

 奴らの考えは皆、同じであっただろう。

 先に赤毛と金髪をやっつける。そして、最後に長髪のおっさんを3人で一気にグッサグサに――!


 揃って向かってくる海賊たちの3つの殺意を、ルーク、ヴィンセント、パトリックの3人は今まさに迎え撃たんと海賊たちへと剣を構えた、その時であった。



「エルドレッド!! あのデカいのを殺(や)れ!!」

 

 自分たちの近くで、怒声がこだました。

 ルークと海賊たち3人にとっては、幾度も聞き覚えのある声の主によって、発された怒声がこだました。


 ルークだけでなく、ハッと反射的に振り返ってしまった彼ら全員が目撃した光景。

 怒声の主であるジムがディランと剣を交えていた。そして、彼らの近くでは、どういった要因が重なり合い、そうなったのかは分からないが、あのルイージが甲板に仰向けに転がり、上からのトレヴァーの剣と己の剣を交わらせていた。

 一時的にしろルイージを打ち負かしたのだ。


――ディラン! トレヴァー!


 ディランもトレヴァーも無事であった。持ちこたえ続けていた。

 ルークの大切な者たちのうち2人は、ペイン海賊団の毒牙にかかり、冥海へとは逝ってしまってなどはいなかった。

 だが、今、ジムの奴が”あのデカいの”――間違いなくトレヴァーを殺せとの指示をエルドレッドに……!!



 エルドレッドの手によって、トレヴァーが殺される!!



――トレヴァー!!!


 ルークが心の中で彼の名を叫んだのと、パトリックとヴィンセントの「行け!」「早く!」という”ここは俺たちに任せるんだ”と意味を含んだ叫びが、すでに甲板を蹴り駆け出したルークの背にかかったのは、どちらが早かったであろうか。



「――エルドレッドォォォ!!」

 彼のその怒声もまた、血の匂いに満ちた甲板を鋭い剣で”切り開く”がごとく、こだました。

 ルークは叫んでいた。

 海賊となってしまった友の名を――船べりにて弓矢を構え、今まさに友を殺さんとしているかつての友の名を……

 ルークの腹の底、いや彼の魂の底より、怒りと”哀しみ”がつきあがり溢れ出し……

 

 


※※※


 ちなみに、ルーク vs エルドレッドだけでなく、彼がトレヴァーを救わんと背が向けることとなった方角においての戦いもこれからだ。

 3人の卑怯なる海賊たちから見れば、自分たちが鳥から下りてきた時は3対2、デブチン兵士が”倒せもしないのに”鳥の背に乗った3人の仲間を追いかけていったため3対1となり、それから運悪く3対3になったが、そしてたった今、(一番マズイおっさんが残っているし、あの金髪とやりあうことになったエルドレッドには悪いが)人数だけで言えば3対2となったのだ。

 もう、今しかない。今、この時に勝敗をつけておかないと……!


「――うぁああぁ!!」

 悲鳴にも思える掛け声とともに、海賊の1人が剣を手に甲板を蹴った。

 奴に続き、他の2人も引き攣らせた頬のまま、威嚇のごとき叫び声をあげ、残る2人の敵へと剣を振りかざし飛びかかっていった。


 ルークの背の方向で繰り広げられることとなった、この戦いの”詳細においては”省略とし、”1分も経たないうちに着いた”勝敗の結果だけをお伝えしよう。

 生と死の天秤のどちらにより傾いているか、あるいは宙へと向かって投げられたコインが明示する結末は、”3人の海賊たちが本能的に感じ取っていた恐怖”によって脳内で描いてしまわざるを得なかった未来予想図どおりの結末を迎えることとなった。

 海賊どもが精神的に気圧されているという恐怖から剣筋の乱れという綻びと、各々が保有している戦闘能力という土台の差によって決まった勝敗。

 結成以来、無敵で負け知らずという触れ込みのペイン海賊団に属していた奴ら3人は、パトリックとヴィンセントによって敗れた。

 うち2人は兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーによって、そして残る1人はヴィンセント・マクシミリアン・スクリムジョーによって倒された。

 左腕を血に染めた手負いのヴィンセントであったが、文武に優れに優れている彼はペイン海賊団の構成員を倒すことができる実力は、しっかりと有していたのだから。

 すでに事切れた海賊たち3人の”最初のミス”は、自分たちが明らかな優勢にあった時に――獲物(ヴィンセント)を3人がかりで殺せることができた時に、彼に対して妙な残虐欲を満たそうとせずに、さっさと殺しておかなかったことである。

 いつもだったら戻ることができたであろうペイン海賊団の本船へには永遠に戻ることもできず、冥海へと舵を取る船に乗ることしかできなくなった奴ら3人は、もはや自分たちの行動のミスに”悔やむことすら”できなくなってしまったのだと。



※※※ 



――エルドレッドォォォ!!


 甲板にこだました怒声。

 ダダダと目にも止まらぬ速さで甲板を駆け抜けるルーク・ノア・ロビンソンはまさに風をまとった狼のごとき姿であった。

 榛色の情熱的な両の瞳に、怒りの炎をカッと立ち昇らせたルーク。

 怒りの炎。はたから見たら、そうであっただろう。

 だが、その彼の榛色の瞳にカッと立ち上っていたのは、怒りだけではなかった。



――ルーク!?


 怒りだけでなく”哀しみ”の炎と風をまとったかのごときルークから発され、自分へと一直線へと向かってきた怒声と風に、船べりにて弓矢を構えていたエルドレッドもハッとした。

 そのハッとするや刹那――


「!?!」

 凄まじい跳躍力で、甲板を蹴り飛びあがったルークによって、エルドレッドは胸倉をガッと掴まれ、船べりから甲板へと引きずり下ろされた。

 数秒後に発されるはずであったエルドレッドの弓矢は、獲物などいない宙へ向かってヒュンと飛んでいった。

 いや、エルドレッドは引きずり降ろされたというよりも、”震える手で”自分の胸倉を掴んだルーク自身の身もろとも、ズダン!と甲板に叩きつけられたといった方が正しいであろう。


 甲板にて重なりあった2人の若者の肉体。

 ルークが上で、エルドレッドが下となっていた。

 数年前までは友であった2人の青年たち。

 数年の月日が経った今日というこの日、こんな再会をするとは誰が想像していただであろうか。

 今、青き空と海の間では、彼らのどちらの身にも生じている打ち身の苦痛とともに、双方とも少年から完全に男となりつつある肉体の骨や筋肉のかたさが、そして熱い吐息と脈打ち続ける心臓の鼓動が、重なりあう肉体にこれでもかというほどに苦しく伝わってきているのだ。



――エルドレッド……!


――ルーク……! 


 ルークは、昔の面影”だけは”そのままで自分と同じ年数分だけ年を重ねていたエルドレッドの顔を、その”潤まずにはいられない”榛色の瞳で見下ろした。

 ルークに上に乗られてしまったエルドレッドは、昔の面影も瞳の色もそもままで自分と同じ年数分だけ年を重ね”自分とは違って無事に生きてきたらしい”ルークの顔を青い瞳で見上げた。


 全身に与えられた強い衝撃によって、武器である弓矢を”手から放してしまった”エルドレッド。けれども、自分の上にいるルークの右手にはまだ乾いていない血で赤く色付けされた剣が握られている。

 この”完全なる劣勢”に追い込まれた者は、エルドレッドではなくとも死を覚悟するであろう。

 しかし、ルークの剣はエルドレッドの喉元を一直線にザシュッと裂いたわけでも、エルドレッドの心臓に垂直にグサリと剣を突き立てたわけでもなかった。


「エルドレッド! お前ェェ!」

 一瞬で相手の息の音を止めることができた剣を”自ら離した”ルークの右拳が、エルドレッドの左頬で炸裂したのだから。



 エルドレッドの左頬は、痛みに覆いつくされた。鏡で確認などしなくとも、唇の端が切れたのが彼には分かった。

 エルドレッドを殴ったルークの右拳も、殴打の痛みに覆いつくされていた。

 殴った者も痛みはある。

 いや、痛みだけではないだろう。

 ルークの顔は怒りと”哀しみ”で歪み、その榛色の瞳は潤み、今にも涙が溢れ出んかばりであった。


――なんでだ! お前、なんでだよ!!

 ルークの魂からの叫びは、彼が吐き続ける荒い息に入り混じり、吸い込まれるがごとく、声なき叫びとなってしまっていた。

 しかし、ルークと体を重ねているエルドレッドには――彼の熱く荒い息を至近距離で感じるエルドレッドには、彼のその声なき”哀しい叫び”が分かったらしい。


 スッと目を細めたエルドレッドは、無抵抗を示すかのように、自身の両手を甲板へと下ろしていた。

 ジムのように敵意と殺意を剥き出しにして、ルークを殴り返そうとはしなかった。

 無抵抗。降伏。

 そう、黙ってルークを見上げていたエルドレッドの口から紡がれたのは、まさにその彼の行動通りの言葉であったのだから……



「ルーク……勘弁してくれ。お前にこう、力でこられたら敵わないからな」


 ”勘弁してくれ”。

 エルドレッドから発された言葉を聞いたルークの頬がさらに紅潮し、エルドレッドの胸倉を「お前ェェ……!」とガッと掴みあげた。


――何が、”勘弁してくれ”だよ……エルドレッド、だったらお前……なぜ航海士さんたちを殺したんだよ!! いや、航海士さんだけじゃねえ……なんで、お前は平気で何の罪もない人たちを殺すことができるような奴になっちまったんだよ!? そんな奴じゃなかっただろ! お前、一体、どうしちまったんだよ!?



「……まさか、お前やディランと海でこうして再会するとは夢にも思ってはいなかった。それに俺はもう、お前たちの記憶の中にいる俺じゃなくなっている。”あの夜、クリスティーナの手を取ることを選択した”俺の夜だけは永遠に明けることはない……」

 ルークの心の内までも読み取ったかのようなエルドレッドは、意味深に、さらならる謎を突き並べるかのごとく、ルークへと答えた。

 劣勢にあるにも関わらず、エルドレッドのその声には焦りや恐怖は含まれていなかった。ただ、彼のその声からは、ルークとはまた違った”やりきれない哀しみと諦め”だけが……



 その時であった。

 エルドレッドは「!」と目を見開いた。

 彼は気づいた。

 ”今の彼の同僚”であるペイン海賊団の者が、敵に組み伏せられている自分を救わんと、つまりはルークの背に渾身の刃をお見舞いしようと、剣を手に新たな風のごとくダダダッと駆けてくる姿に――



「お前とディランだけは殺したくはない」

 かすかな声で呟いたエルドレッドは、ルークの胸もとにサッと軽く手をやった。

「!?」

 ”何の真似だ?!”とルークが声を荒げ問うよりも早く、ルークの肉体は宙にブワッと浮きあがった。

 翼など持たない自身の体が宙に浮かびあがってしまっていることをルークが理解した次の瞬間、彼の肉体は後ろ向きのまま、血の匂いの立ちこめる甲板をザッと横切るがごとく、ビュュュンと飛んでいった!



 そのうえ、あろうことか――

「――――どわっっ!!!」

 エルドレッドの不思議な力によって、宙を平行に飛んでしまったルークは、トレヴァーと再び剣を交え始めていた”ルイージの方に”ドカッと衝突したのだ。

 ルークは、突然のことにおかしな声をあげてしまったルイージをも巻き添えにし、甲板へと転がった。

 単なる偶然ではあるも、ルークを今の同僚の刃から遠ざけようとしたらしいエルドレッドは、そう、あろうことか、間接的にはであるも、結果としてルイージの戦闘を邪魔してしまうこととなった。




「――エルドレッド! 大丈夫か?!」

 素早く身を起こし、転がった弓矢を手にとり戦闘態勢に戻ったエルドレッドは、自分の窮地を救わんと――ルークを背中から斬りつけ、あるいは貫こうとして駆け付けてきた今の同僚に「ああ」と頷き、答えた。


「くっそう、今日の野郎どもはなんでこんなに手強いンだよ! お前も気ぃ抜くンじゃねえぞ!」

 苛立ちに喚いた海賊は、自身が鼓舞したエルドレッドだけでなく、改めて自身の身を引き締めるように、甲板で残っている獲物たちを威嚇するがごとく、血に濡れた刃を光らせた。


「そろそろ”終わり”か……」

 一応、弓矢を構え直したエルドレッドであったが、血に染まった甲板をグルリと見渡し、かすかな声で呟いた。

 彼のそのかすかな呟きを聞き洩らさなかった海賊は、「ああ゛?」と声を荒げた。

「お前、何言ってんだよ!? まだまだ決着なんて、ついていねえだろ? 俺たちで残っているクソ野郎どもをこれからコテンパンにしてやらあ!!」

 そう叫んだ海賊は、エルドレッドを背に残したまま、血の渦の中へと突入するがごとく、ダダダッと勇ましく駆けて行った。

「決着が着かないという終わり方もあるだろ」とエルドレッドが再び呟いた言葉は――この襲撃の結末を暗示する言葉は、血の渦の中心部へと身を投じていった奴にはもう聞こえるはずもなかった……




 英雄たちは無敵ではない。

 だが、彼らと対峙する海賊たちも決して無敵というわけでもなかった。

 今日というこの日まで、無敗で無敵を誇っていたペイン海賊団構成員たちも、今日の獲物どもはいつもの獲物どもとは段違いに強い野郎たちが集まった兵士軍団であるということを身を持って知り、また一部の者はその命を持って知ることとなってしまった。

 ルーク vs  エルドレッドにおいては決着はつかずに引き分けとなり――いや、単なる”引き分け”という言葉で表現するのは間違っている。

 互いに互いを殺したくなどはなかった彼らの間には、”哀しみこそ”交われども、殺意が交わることはなかったのだから……

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