―92― 襲撃(36)~英雄たちは無敵じゃない トレヴァーvsルイージ~

 見事に決まったトレヴァーの背負い投げ。



 遥か上空の神人の船にて、彼の反撃と的確な判断(まだ、海賊ルイージを背負い投げる体力が残っているうちに奴に隙を生じさせ一矢報いた)を見ていたローズマリーが「よし! よくやったあ!!」と叫び、両手でガッツポーズを取った。

 だが、すぐに周りの者からの視線をザッと集めてしまったことと、いつの間にやらアドリアナ王国兵士軍団の――しいていうなら”希望の光を運ぶ者たち”側に立って応援していたことがばれてしまった彼女は、「ばっ……馬鹿! 見てんじゃねえよ、お前ら!」とそのふくよかな頬を真っ赤に染めた。


 フランシスは、そんなローズマリーの初々しさ(?)に、ふふふふふ、と尺を長めにとって笑った。

「……今の彼の反撃で”ほんの少しだけ”戦いの風向きが変わってきましたね。ですが、その風向きが変わったことが彼にとって吉と出るか、凶と出るかはまだまだ分からないようでございますね」

 頬を染めたままのローズマリーは、フランシスにコクリと頷き、同意の意を示した。

 そうだ。確かにトレヴァーの反撃は見事に成功した。

 だが、あの海賊は戦闘不能の状態までにはなっていない。

 戦闘中に生じた綻びを手にとられ、投げられたものの、あの海賊はまだまだ動くことができるであろう。まだまだ、血塗られた甲板に新たな血の花を散らすことができるであろうから――




 心臓から立ち上ってくるかのような荒く苦しい息を整えるよりも早く、トレヴァーは先ほど自分が離した自身の剣へとバッと手を伸ばした。

 まだ奴との決着は完全に着いてなどいない!


 しかし――

 そのトレヴァーの動きに寸分違わずの速さで、打ち身の苦痛に顔を歪めていたルイージもカッと目を見開き、自身の近くに転がる剣の柄をバッと手に取ったのだ。

 やはり、剣を手に戦う者としての奴の資質は飛び抜けていた。


 カシャン! と互いの剣は十字に交わりあった。

 トレヴァーは上からルイージの喉元を、ルイージは下からトレヴァーの喉元を、それぞれあと一突きで貫かんばかりなほどに。

 どちらの動きがより早いか。

 上と下、どちらで若き男の喉元が裂かれ、この甲板を赤く染めるのか――?



 睨み合う2人。交わり合う剣と殺意。

 トレヴァーを見上げるルイージの顔からは、つい先刻までの余裕に満ちた薄気味悪い笑みは”完全に”消えていた。

「……俺、お前の名前、知りたくなってきたわ。ブン投げられたなんて、こんな”素敵な”初体験を俺にさせてくれるなんてよぉ」


「…………トレヴァーだ。トレヴァー・モーリス・ガルシア」

 殺意を交わらせている相手にも、トレヴァーは律儀に答えた。

 ルイージは、まだ余裕に満ちているかのような軽い口調でトレヴァーに問うてはいるも、そのそばかすが散った頬をピクピクとさせ、まさにブチ切れる寸前であるだろう。

 それはトレヴァーも分かっていた。

 格下の戦闘能力であると思っていた獲物から反撃されたという屈辱も殺意に入り混じり、そのうえこの状況をさらに凶とする”憎悪まで”生じさせて、下から立ち昇ってきているのだから――

 だが、引けやしない。

 ここで自分が、この海賊ルイージ・ビル・オルコットを食い止めなければ――!!



 その時であった。


「エルドレッド!! あのデカいのを殺(や)れ!!」


 トレヴァーの背の方角より、怒声が飛んできた。

 これはあの海賊の――荒んだ目つきの黒髪の海賊、ディランと今、戦っているはずのおそらくジムという名の海賊の声に違いない。

 あいつは、仲間であるルイージのピンチを知り、”あのデカいの”――間違いなく”自分”を弓矢で殺せとの指示を出してきたのだ!



「!!」

 トレヴァーが”また別の方角より発された”殺気を全身で感じ取ったのと、ルイージが下からトレヴァーの脇腹にドカッと蹴りを入れたのは、ほぼ同時であった。

 エルドレッドに差し出される獲物のごとく蹴飛ばされ、トレヴァーはバランスを崩した。

 ”エルドレッド! まずこいつをお前の弓矢で貫け! こいつへの止めは俺の剣でグッサグッサに殺(や)るからよ!”と、ルイージの唇の端にまだ歪み切った笑みが甦り……




「――エルドレッドォォォ!!」


 けれども、エルドレッドの弓矢がトレヴァーの肉体を貫くよりも幾分も早く、別の者の怒声が甲板にこだましたのだ。

 血の匂いに満ちた甲板を鋭い剣で”切り開く”がごとく、こだましたその声の主は――


――ルーク!!


 榛色の情熱的な両の瞳に、怒りの炎をカッと立ち昇らせたルークが、ダダダと目にも止まらぬ速さで甲板を駆け抜け――まるで野生のオオカミのごとき瞬発力で、船べりにて”今、まさにトレヴァーへ向かって弓矢を発さん”としていたエルドレッドへと飛びかかっていった。

「!」

 トレヴァーの肉体を貫くつもりであったエルドレッドの一矢は、その予期せぬ衝撃によって手元が狂い、空へ向かってヒュンと発され、海へと吸い込まれていった――

 


――ルーク、無事だったのか!

 仲間の1人の無事を知ることができたトレヴァーとは対照的に、トレヴァーに止めをさすために素早く立ち上がり剣を構え直していたルイージが「な……っ!」と驚きで目を丸くしていた。



――あいつが……ルークの奴がまだ生きている? ってことは……うち(ペイン海賊団)の野郎がルークに負けやがったってことか!!

 ルイージが唇をギリリと噛みしめた。


――先輩である俺の獲物(ルーク)を横から掻っ攫いやがったあの礼儀知らずは、獲物を倒せもせずにあっさり冥海へと逝っちまったばかりか、こうして俺の戦闘にまで影響を及ぼしやがって……!! 負け知らずで無敵の俺たちの足を引っ張りやがって……!!



 ジムからエルドレッドへと発された、”ルイージの助太刀(トレヴァー殺害指示)”は、持ちこたえ続けていたルークによって妨害され、遂行はされなかった。

 そして、ルークはトレヴァーの命を危機一髪救っただけではなかった。


 ペイン海賊団唯一の飛び道具使いであるエルドレッドは、ルークによって”そう得意ではない”接近戦へと持ち込まれてしまったのだから。


 だが、エルドレッドに飛びかかっていったルークは、そのまま右手の剣を彼に振りかざしたわけではない。

 まるでこの地獄のごとき光景が広がる甲板にて、一人だけ汗の一滴の流していないかのような佇まいであり、無表情でトレヴァーへと弓矢の狙いを定めていたエルドレッドの胸倉をガッと掴み、船べりから甲板へと引きずり下ろしたのだ。

 ”引きずり下ろした”というよりも、ルーク自身の身もろとも甲板へと強く叩きつけたという方が、より正しいであろう。


 全身に与えられた強い衝撃によって、武器である弓矢を”手から放してしまった”エルドレッド。

 ルークに馬乗りになられてしまった彼は、ハッと目を見開き――昔の面影はそのままで自分と同じ年数分だけ年を重ねていた”かつての友”の顔を見上げた。


「エルドレッド! お前ェェ!」

 武器である”剣を自ら放した”ルークの右拳が、エルドレッドの左頬で炸裂した!

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