―70― 襲撃(14)~鳥~
オウムは言った。”またしても”確かに言った。
「……ルーク、ディラン……なぜ、お前たちがここにいる?!」と。
弓矢の海賊・エルドレッドが思わず口にしてしまったであろう言葉を――
ルークとディランの心臓が、同時にドクンと大きく脈打った。
”やっぱり”向こうも気づいた。
向こうも、俺たちのことが分かった。
”確定”だ。
あの弓矢の海賊は、他人の空似などではなく、俺たちの知っている――俺たちの友人であったエルドレッド・デレク・スパイアーズだという事実に、彼らのかすかな希望の光は無惨に打ち砕かれた。
――でも、なんで、なんで、あいつが……海賊になんか……?!! 俺たちと別れてから数年の間、あいつに一体、何が……!
”なぜだ!?” ”どうしてだ!?”という混乱とともに、ドクンドクンと脈打つ彼らの心臓の鼓動は、各々が剣を握る手にも伝わるほど激しくなり始めた。
けれども、混乱し始めたのは、当事者のルークとディランだけではなかった。
先ほどのオウムの得意気な金切声は、この甲板で構えている他の者たちにもしっかりと聞こえたのだから。
パトリック、アダムを挟んで左側に並ぶ3人――ヴィンセント、フレディ、トレヴァーは、今朝のディランの話(悪夢)に登場したエルドレッドという名の少年と、今、海賊船にいる”海賊・エルドレッド”を結びつけていた。
エルドレッド!
ディランの話では、まるで神から授けられたかのような絵の才能を持っていた少年。そして、その性格はその悪夢に出てきたジムやルイージなどという凶悪過ぎる悪ガキとは、ほぼ対極にいたともいえる――ルークやディランに近い性質であっただろう少年。
――まさか……まさか、あの弓矢の海賊は、ディランの話に出てきたエルドレッドという奴と同一人物だということか?
トレヴァーたちの中でも繰り返される”まさか”という言葉。
だが、”まさか”などと問わなくても、この甲板に出てからの出来事を(主にあのおしゃべりオウムの言葉を)線と線で繋げれば、明らかだ。
ルーク、ディランとエルドレッドとの再会の縁は紡がれていた。
そして、エルドレッドと自分たち3人との縁――襲撃を仕掛けてくる海賊団の構成員と、”彼の獲物”としての縁が紡がれていたのだ。
そして――
自分たちの背後で、一致団結していた甲板の士気にも、目に見えぬ亀裂が入り始めたのを彼らは感じ取った。
討伐すべき海賊団の中に、自分たちの船の最前線に立っている者のうちの2人の名をしっかりと知っている者がいるということ。
「…………どういうことだ?」
兵士隊長パトリックは、構えを一切崩すはことなく、まっすぐに敵(海賊船)を見据えたまま、右手にいるルークとディランに極めて冷静に”声だけで”問うた。
パトリックが続けたかった言葉を、空気を読む力に優れたディランだけでなく、ルークも感じ取る。
”どういうことだ? お前たちは、海賊に……それもあの悪名高いペイン海賊団に知り合いがいるのか? こうして距離があっても、お前たち2人の佇まいだけでお前たちが分かり、見間違えることないほどの知り合いが?”と。
言葉に詰まるルークとディラン。
さらに、古参の兵士たち――自分たちよりも早くに剣を握り始め日々切磋琢磨していた兵士たちと自分たち2人の間の目に見えぬ溝は、今の出来事で拍車をかけるがごとく”より一層”深く刻まれていきつつあることも、背中で感じずにもいれれなかった。
海賊に――しかも、あの討伐すべき海賊団1位に名を挙げられ、不気味な魔術まで使うペイン海賊団に知り合いのいる者が、自分たちとともに、この船に乗っている。
”想像力と思い込みが豊か過ぎる者”であったなら、何段飛ばしもの推測をしていたであろう。
どんな親から生まれたのか分からず、正式な教育も受けたことはもなく、いわば社会の底辺で生きていたのに、天からの気まぐれな光に照らされ、英雄候補扱いされているルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンの2人は今まで、どんな風に生きてきたのかも、どんな奴らと付き合ってきたのかも定かではない。もしや……あいつら2人は海賊の手先であり、こうしてアドリアナ王国の船に正義の味方面して潜り込みつつ、自分たちと”本来の仲間であるペイン海賊団”を引き合わせるため、今というこの時も演技をし続けているのでは、と……
「……馬鹿者ども! ちゃんと前を向かんか!!」
アダムが一喝した。
彼もまた、その丸みを帯びた背中で、後ろの兵士たちが敵に対峙する集中力を欠き始めたのを敏感に感じ取っていた。
この甲板にいる者たちの中で、まず敵に先陣を切る(この先陣がこの船が逃げる最初で最後の勝機となる)機を逃すまいとしている、アダムの皺が刻まれた額には脂汗がジワリと滲んでいた。
あの黒鳥と睨み合ってからの時間は、わずか数十秒であった。
だが、その数倍の時間が流れている空間に、自分たちは引き込まれてしまったのかもしれないと感じさせるほど、ジワジワと真綿で首を締めるがごとく時間が流れている。
「お前たち、話は後で聞く……だから、気を緩めるな」とパトリック。
ルークとディランは、パトリックの声に揃って答えた。
湧き出てきた汗で湿った剣の柄を、彼ら2人はグッと握り直す。
”お前たち、話は後で聞く……あの邪悪な黒い鳥の手から、この船が逃れることができた後に……だから、気を緩めるな”と、パトリックは言葉を省略して、彼ら2人に伝えた。
ルーク、ディランとパトリックが出会ってから共有してきた時間は、そう長いと言えなかった。だが、観察眼に非常に優れているパトリックは、自分が実際に目にしてきたルークとディランの姿を”信じる”ことを選択したのだ。
2隻の船が睨み合う遥か向こうにある空は、何にも汚されず、どこまでも青く澄み切っていた。
けれども、青き海の爽やかな潮の香りは、血に飢えた獣の臭いに気圧されたかのごとく、消え失せていた。
両の翼をユラユラとくゆらせている巨大な黒鳥の動きを決して逃すまいとするルークとディラン。
だが――彼ら2人の両の瞳の焦点は、睨みあう海賊船の”かつての友”に固定されてしまっていた。
それは向こうも同じであるのだろう。
”かつての友・エルドレッド”は、弓矢を構えることはなく、睨み合う船(獲物がいる船)の”2人のかつての友”をじっと見ていることが、彼ら2人には分かったのだから……
さらに数十秒の時間がジワジワと2隻の船の間に流れていった。
鳥の形をしている黒い煙のごとき邪悪な気は、急激にその黒の濃度を薄くしたり、濃くしたりといった、底意地悪い変化をなおも見せ続けていた。
それぞれの船に乗る幾人もの視線も交差し続け……さらに細くなっていく緊張の糸が、千切れんばかりにより強く震え――
黒い煙をくゆらせていた”鳥”は、ついにピタリと動きを止めた。
始まる! 来る!!
魔導士の力を持たない者たちにすら、はっきりと分かった。
巨大な黒鳥はその動きを一時停止したかと思うと、直後――まるで幾重にも重なった黒いカーテンの一枚だけ剥がして、グシャっと空中でひとまとめにしたかのようであった。
空中に集められた黒い煙。
そのうえ――その黒い煙は、黒い大蛇へとわずか数秒で形を変化させたのだ。
体は鳥のまま、だが頭は蛇。
攻撃のため、バージョンアップされた形態。
異様で醜怪な悪しき”怪物”は、獲物を威嚇するかのごとく、その鎌首をグッともたげた。
”大蛇”の口からは、散々に漂わせている獣臭さと血生臭さを打ち消すほどの強力な血の臭いの風がグワッと発せられた。
甲板で踏ん張る男たちの足元すらぐらつかせる強烈な風、そして鼻をもげさせ目をしばたたかせるほどの血の臭い。まるで、頭から豚の血でも浴びせられたかのように――
まともに目をあけることすら、ままならない!
大蛇は、臭気にて獲物たちの視界を”まずまず”潰したことを見て取ったのか、その臭い口をさらにグワーッと開き、その頭(こうべ)を矢のごとく、走らせ――
――!!!!!――
穏やかなはずであった波は、大蛇が発生させた風によって激浪にへと変化し、”獲物たちの船”へと打ち付けてきた。
船は大きく揺れた。
甲板だけでなく、船全体が激しい揺れに囚われた。
揺らされ、なおも揺さぶられ続ける船。
けれども、悪しき大蛇の頭(こうべ)は、この甲板には到達してはいなかった。
魔導士アダム・ポール・タウンゼントが、睨み合う2隻の船のほぼ中間地点――いや、中間”空点”で、自らの気の力により、大蛇の攻撃を押しとどめていたのだから――
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