―68― 襲撃(12)~鳥~

 オウムは言った。確かに言った。

「ハジマリー! ハジマリー! エルドレッドノユミヤデハジマリ―――!」と。


 剣の柄をたぎるほど強く、そして熱く握りしめるルークとディランの心に、その言葉は反芻された。


――始まり。始まり。エルドレッドの弓矢で始まり…………まさか、まさか……あの弓矢の海賊――何の罪もない航海士さんたちを”弓矢で”殺した(弓矢で殺戮を始めた)のは、まさか、やっぱり……あいつか? エルドレッドなのか? いや、まだ、俺は、あの海賊の顔を近くで見てはいない。あのエルドレッドと同じ名前で、雰囲気が恐ろしいほどに似通っている別人だって可能性もある。……そうだ。きっと、そうに違いない。俺が……”俺たち”が知っているあいつは……エルドレッド・デレク・スパイアーズは、何よりも絵を描くことが好きで、ちゃんと正義の心だって持っていて……あいつが、マードックさんとムーディーさんを殺したなんて……あの海賊はエルドレッドじゃない! あいつは絶対に海賊になるような男じゃない……!! 


 各々の心に無理矢理に言い聞かせようとするルークとディランの希望をジワジワと砕いていくように、彼らの榛色と栗色の各々の瞳に映るのは、わりと長身に成長した18才のエルドレッドにしか見えなくなっていった……

 向こうは大勢の若い兵士たちの中に、かつでの同僚であり友人である自分たち2人がいることに気づいているのか、気づいていないのかは定かではない。


 ルークとディランの心と”思い出”をその鋭い爪と金切り声で引き裂いた、毒々しいまでに派手な色のオウムは、まだ喋り足りぬというように、次なる金切声を獣臭い風の中に交わらせた。



「ヤアヤア、トオカランモノハオトニキケ、チカクバヨッテメニモミヨ! ワレラハ、ペインカイゾクダンナリー!!」


 あのオウムは一体、何を言っているのか?

 それはルークとディランだけでなく、彼らと同じく甲板にいる誰一人として聞き慣れない言葉であったがために分からない。

 オウムは、弓矢の海賊の肩に可愛らしく乗ったまま、何かの口上のような芝居じみた台詞を得意気に口に出した。いや、芝居じみた台詞だけでなく、自分たちは悪名を海だけでなく陸地にも轟かせている”あの”ペイン海賊団であるとご丁寧に名乗りをあげたのだ。

 


「うるせーぞ!! アホ鳥!!」

 海賊船の甲板で、まだ若い――ルークやディランとそう変わらない年頃であろう海賊の1人が声を荒げた。

「てめーは、豆でも食ってろよ!!」

 また別の若々しくも荒々しい声が相次いだ。



 だが、オウムはその仲間からの(?)苦情の声をものともせず、弓矢の海賊の肩に悠然と乗ったままであった。

 そのオウムを肩に乗せている弓矢の海賊は、耳元でギャイギャイ喚かれたにも関わらず、何も言わなかった。

 ルークとディランの思い出の中にいる、無口なわけではないがどちらかというと言葉少なで、声を荒げたり罵声を飛ばすことなど一度もなかったエルドレッドと同様に……



 弓矢の海賊から、目を離すことができないルークとディラン。

 剣を握りしめる手の内は湿り、喉元から気管にかけては妙な渇きと不快感が立ち上ってくるようであった。

 観察眼に優れたディランだけでなく、ルークも思い出す。

 いや、思い出すというよりも、彼ら自身の意志に関わらず、記憶の1ページから強制的に蘇ってきたと言った方が正しいであろう。


 首都シャノンを発つ最後の夜、城のバルコニーにて、自分たちとフレディがトレヴァーから聞いた身の毛がよだつほどに残酷な”ペイン海賊団”の話。

 仁義も容赦も何もなく、奴らに目をつけられた船は一貫の終わりであるペイン海賊団。その海賊団を束ねているのは、”マイルズという名の中年の毛深くて大酒飲みの大男”で、そのマイルズの一番の右腕とされているのが”アトキンスという年は20かそこらの若い男”であると。


――まさか、まさか……!

 ルークとディランが心中で何度も繰り返す「まさか」。

 絡み合う糸がゆっくりとほどけていき、ある一つの形を――それも禍々しい形を取ろうとしていた。

 あの弓矢の海賊が”本当に”エルドレッドであるとしたなら、ペイン海賊団を束ねている中年男は親方(セシル・ペイン・マイルズ)で、その右腕のアトキンスとはジェームス・ハーヴェイ・アトキンスであるのやもしれない。


 けれども、自分たちのまずまず良い視力――かつて同僚であった少年ランディー・デレク・モットほどの神がかり的な視力でなくても、あの海賊船の甲板に自分たちが既視感のある背格好の男が他にいるように思えなかった。

 それなりに体格のいい海賊の男の姿は見えるも、トレヴァーにも匹敵するかと思われる雄々しい肉体の親方(少年時代はあのおっさんは、ごつい顔面も関係してか本当に巨人のごとくでっかく見えた)らしき男はいない。

 それに、ジム(ジェームス)がいるなら、ジムといつもコンビを組んで行動していたかのようなルイージ・ビル・オルコットだって、今も一緒に行動している可能性は高い。

 あいつら2人と袂を分かったのはもう数年前であるが、仲が良かった者だけでなく、奴らのように気が合わなかった(というよりも殺されかけた)者たちの背格好や放つオーラは今でもはっきりと覚えているも、奴ららしき背格好の海賊の姿は甲板には見えなかった。

 そもそも、あの親方がペイン海賊団のボスであったとしたなら、エルドレッドよりもジムやルイージの方を可愛がり、自分の側に置くはずだとルークとディランは思うが、親方だけでなくジムやルイージの姿も見当たりはしない。



 弓矢の海賊は、そのホワイトアッシュの髪を獣臭い風に少しばかりなびかせ、オウムを乗せたまま両肩をさらに大きく開き、左腕を後ろにグッと引いた。

 本格的な弓の構え。

 もうすぐ、あいつは――エルドレッドという名の海賊は、次なる殺戮の弓矢を放ってくる――!!




「!!!!!」

 

 鋭い風は再び発された。

 いくら弓矢という飛び道具であっても、射手と標的の波間には、まだこのアドリアナ王国の船がもう一隻分以上の距離がある。

 凡庸な弓矢と凡庸な弓の技術では、標的の頸部を貫くまでに、穏やかな海の波間に情けない音を立てながら吸い込まれるだけであるだろう。

 だが、そう発達した筋肉の持ち主でもないことが遠目から分かるあの弓の射手は、極めて優れた”人間技とは到底思えない弓矢の技術”で、その殺戮の風を再び――



 けれども……

 二度目の弓矢による殺戮の血しぶきは散らされはしなかった。

 弓矢が獲物たちの誰かの肉体を貫くよりも先に、”獲物たちの内の3人”が発した気が、鋭い弓矢を弾き飛ばし、空中で粉々にしたのだから。


 3人の魔導士がこの船には乗っている。

 アダム・ポール・タウンゼント、ピーター・ザック・マッキンタイヤー、ミザリー・タラ・レックスの3人は、この船に乗ってからというもの、魔導士サミュエル・メイナード・ヘルキャットの妖しい薬の後遺症で寝込み続けてはいたが、彼らは殺戮の弓矢を防ぎ、また邪悪で巨大な黒い鳥とそれを操っているであろう”奴ら”に対峙できる”力を持って生まれた”者たちなのだ。

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