★慣れぬ異世界で人生を紡ぐしかいないレイナの魂が幸運であったこと

 この世界のマリア王女の肉体に、魔導士アンバーの「星呼びの術」によって誘われた女子高生・河瀬レイナの魂。

 彼女の魂は、”選ばれて”この世界へとやってきた魂ではない。


 もし、彼女の魂が選ばれし魂であったとしたなら、漫画や映画のように医学や考古学の卓越した知識を持ち、その知識を持って、異世界の人々の役に立つことができるだろう。もしくはアクティブな性格であったり、男性の心をつかむ術にたけていたら、この物語はラブコメになっていたかもしれない。(元の平凡な顔のままではそれほどモテなくても、今のマリア王女の絶世の美貌を持ってなら、熱く激しい恋の嵐を巻き起こすことは容易であるはずだ)


 だが、レイナの魂はすこぶる真面目で控えめであり、どこにあっても、誰の肉体の中にいても、彼女自身の魂を確立し、生きていこうとしているようである。

 そんな彼女が幸運であったことは、以下の4点であるだろう。




1)最初から、この世界の者たちと言葉が通じていること


 この世界の人々はレイナの生まれ育った世界でいう西洋系の外見をしている。

 レイナ自身は日本語以外の言葉を話しているつもりはないのに、最初から――首都シャノンの城の一室で、底冷えするような冷気の中、初めて目を覚ました時よりジョセフとアンバーの話している言葉をしっかりと理解できた。


 ボディランゲージにも限界がある。そうなると、レイナのこの世界での混乱、恐怖、孤独はさらに強く、そして深くもなっていただろう。

 こうして言葉が通じ、すんなりとコミュニケーションがとれるということは、この世界での最初の奇跡であったのかもしれない。


 だが、レイナはこのアドリアナ王国で使われている文字(英語の筆記体をより複雑にしたような文字)を読むことはおろか、理解することもできない。コツコツと勉強する習慣が身についている彼女のことであるから、これから勉強し、理解を深めていくかと思われる。


 ちなみに、レイナがこの世界の者とスムーズに言葉が通じることについて、アダムは以下のように推理している。


 アダムを含め、この世界の者が話している言葉も、そして自分たちの名前も、レイナが15年の間に培った魂の記憶の中より、レイナの心に伝えられているのでは――と。


 つまりは、例えば「ダニエル」の名前も、本当なら全く違った発音の名前であって……レイナの元の世界で「ダニエル」という名前の男性がいるため、レイナの耳には「ダニエル」という発音で聞こえているということ。

 国の名前や町の名前が、外国の女性名としてレイナの耳に聞こえていることも、そう考えれば頷ける。


 このアダムの推理が事実であると突き詰めていくことは不可能であるだろう。

 だが、自分が異世界の者たちとこうして何の苦もなく会話ができるいう”最初の”奇跡の証明については、アダムが推理がピッタリくるような気がする。




2)”悪しき者たちを除いた”周りの者たちに恵まれている


 レイナがこの世界に来てから、まだ数か月~半年ぐらいしかたっていない。

 恐怖と混乱、孤独の中で目覚め、何度も命を狙われ、悲しい別れもあった。けれども、アンバーをはじめとする出会った人々(もちろん、フランシスをはじめとするあの悪しき者たちは除くが)に非常に恵まれていた。


 この世界は、レイナの元の世界と比べると、教育格差は身分や境遇によってかなりの開きがあり、また科学的な発達という点では数世紀以上遅れてはいるが、この世界に住む人々の倫理観はレイナの魂が15年と数か月、暮らした日本とそれほどかけ離れていないように思えた。


 そして、この世界の人々はみな、どっからどう見てもレイナの世界でいう西洋系の風貌ではあるも、わりと日本人気質な人々ではないかとも感じていた。

 ※だが、日本人気質とはどういうものかという問われたら、レイナはうまく説明はできそうにない。




3)現在のアドリアナ王国が平和な時代であること


 無論、いつの時代においても悪が完全に消滅することは不可能に近い。

 犯罪や暴動も度々起こり、そして海においては海賊などが猛威を振るっている。

 だが、”希望の光を運ぶ者たち”の1人、フレデリック・ジーン・ロゴが生を受けた時代のように、いたるところで戦火があがり、明日の命も知れぬような”時代”ではない。


 ※明日の命も知れぬような状況には何度も追いやられたレイナであるが、アドリアナ王国自体はすこぶる平和と表現できるであろう。




4)”二度目”の肉体の死の危機を、何度も何度も回避している


 レイナの最初の肉体は、突然で理不尽な死によって滅んでしまった。

 この世界において、”マリア王女”の肉体で人生を紡いでいるレイナは、以下のように何度も何度も肉体の死の危機を回避している。


●城内にて、マリア王女に顔面を破壊された侍女サマンサに殺されそうになった時(第1章)

……レイナの魂がマリア王女の肉体に、完全になじんでいなかったため、自らの意志に関わらず、レイナはアドリアナ王国・最北の町デブラにまで飛んでしまい、サマンサから逃げることができた。


●瞬間移動してしまった最北の町・デブラにて、雪の中で気を失ったままであった時(第1章)

……偶然にも尿意をもよおして外に出てきたルーク(こいつ、外で立ちションする気だったんだろう)と、ルークを心配してやってきたディランに発見された。


●デブラの町の宿にて、フランシスとマリア王女、オーガストの最初の襲撃にあった時(第1章)

……ルーク、ディラン、トレヴァーがフランシスたちに立ち向かっていこうとした。首都シャノンからはジョセフ王子、アンバー、カール、ダリオが瞬間移動にて駆け付けた。余裕綽々のフランシスは、決戦の約束をし、優雅に退却。

 フランシスのジョセフ王子に対する敬意(?)と、そして、何よりもフランシスのクドクドとした長話によって、レイナは命拾いした。マリア王女の肉体から魂を追い出されはしなかった。


●第2章の尺をまるまる使った戦いの時

……本当にフランシスに、魂をマリアの肉体から追い出される寸前までいったレイナであったが、アンバーの反撃により助かった。

 フランシスがアンバーに「あなたには、きついお仕置きを……」と言っている途中で、アンバーはレイナを連れて瞬間移動にて逃げる。

 だが、その後、やはりフランシスに捕まってしまったレイナたち。


 フランシス vs レイナとアンバーを助けにきたジョセフ王子、カール、ダリオ。

 男たちの戦いが繰り広げられている時、マリアがアンバーを刺殺。

 このことによって、悪しき者たちは仲間割れ。……静かに氷のごとき冷たい憤怒の炎を灯したフランシスはマリアの魂を八つ裂きに。

 マリアの魂がバラバラとなったため、”マリアの肉体”に本来の彼女の魂を戻す必要はなくなったため、見逃されることに。


●朝、宿の外でオーガスト、そして魔導士ヘレンの襲撃を受けた時(第3章)

……オーガストに両手首を掴まれて、甘いポエムを吐かれている時(彼はレイナに危害を加える気はなかったが)、ルークが来てオーガストを追い払おうとした。

 突如、ヘレンが登場し、ルークを酸の影で焼き殺そうとするも、ルークは持ち前の反射神経でそれを回避した。が、その後、無関係のおじさんまでも巻き込みそうになったが、走り出てきたダニエルがおじさんを間一髪、助けた。

 そして、無傷のダニエルが大絶叫している間に、オーガストとヘレンは姿を消していた。


●魔導士ネイサンが短時間のうちに、練り上げた気の玉による二度にわたる攻撃の時(第3章)

……(一度目)アダムの家の外にいて、とっさにジェニーとともに身を伏せたため助かった。ただ、いくつか擦り傷はでき、土埃まみれとはなった。アダムの家の中にいたルーク、ディラン、トレヴァー、ダニエル、そしてフレディは、襲撃者(ネイサン)の気を察知したアダムがとっさにはった気のバリアによって、守られた。


……(二度目)崩壊したアダムの家から、真っ青な顔になって飛び出てきたルークとディランが上から覆いかぶさるような形で、レイナとジェニーをかばった。何よりも、アダムの渾身の気のバリアによって、彼女たちは守られていた。

 まさに、ギリギリのところであった。

 あと、レイナたちがいた位置がアダムよりもあと1メートルほど遠くであったら、間違いなく全員とも助からなかっただろう。


 ※人を殺すことはなんとも思っていないようなネイサンであるが、第4章にてティモシー・ロバート・ワイズが自らの喉を掻っ切った光景からは情けない声をあげて目を逸らしてた。彼は血に弱いのだろうか?


●城の廊下にて、アンバーの父である魔導士アーロン・リー・オスティーンに掴みかかられそうになった時(第4章)

……レイナと一緒に城の廊下を歩いていた魔導士コンビ、カールとダリオがアーロンを取り押さえた。

 アーロンがたった1人の愛娘を失った悲しみを思い、レイナは涙を流す。


●港町の宿にて、ティモシー・ロバート・ワイズに絞殺されそうになった時(第4章)

……レイナとミザリーの部屋での不審な声を聞いたアダムとトレヴァーが駆け付け、トレヴァーがティモシーを蹴飛ばし、レイナは助けられた。


●同じく、港町の宿にて、サミュエルの妖しい薬と炎に、他の者たちとともに焼き殺されそうになっていた時(第4章)

……魔導士ピーターがサミュエルに一時的にしろ、傷を負わせ、彼の注意を逸らした。

 そのうえ、ヴィンセント自身は無自覚であったが、”彼がサミュエルの炎を押さえ込んでいた”。そして、魔導士ミザリーが外に向かって、気を発したため、妖しい薬に犯されていない空気がレイナのいるところまで流れ込んできた。

 だが、何よりも、炎に巻かれ、崩れそうになっている宿を、サミュエル側にいるはずの魔導士フランシスが一瞬で氷漬けにしたため、レイナたちは助かった。


 ※どうやらフランシスは、人形職人オーガスト・セオドア・グッドマンの労をねぎらって、崩れ落ちてきた天井にぺしゃんこにされる寸前であった彼の命を助けようとしたらしい。


●宿の外で、ブチ切れたサミュエルの逆襲開始。地面にバッと手をついた彼の両手から立ち上がった炎が、幾筋にも分かれ、意志を持った炎の大蛇のごとき勢いで、地面に倒れ込んでいたレイナのところにまで迫ってきた時(第4章)

……レイナとともに吹き飛ばされ、地面に倒れ込んでいたルークとディランが素早く立ち上がり、炎の大蛇に巻かれる寸前であったレイナの両腕を掴み、間一髪、助け起こした。

 今のところ、それほど目立った活躍をしていないルークとディランであるが、ネイサンの攻撃の時といい、人を見捨てて逃げたりはしない。というか、考えるよりも先に彼らの体は人を守るために動くようだ。


●ティモシーに燃えさかる業火に投げ入れられ、焼き殺されそうになった時(第4章)

……レイナが炎に巻かれる寸前、その炎の中より飛び出てきたフレディが、レイナの身を受け止めた。そして、フレディはレイナを両腕にかばったまま、200年前の国王ジョセフ・ガイの彫像が佇む噴水の中へと自らも身を投じた。

 レイナ自身の髪や衣服は、少し焦げたぐらいで目立った外傷はなかった。そして、フレディがその全身に負っていた火傷も、みるみるうちに治り、若者特有のはりを持った肌へと戻っていった。

 今はもうこの世にはいない国王ジョセフ・ガイの子孫の肉体と、異世界からやって来た1人の少女の魂を、フレデリック・ジーン・ロゴは、守り抜いたのだ。



 以上、レイナは何度も何度も命拾いし、その魂の物語をなんとか紡いでいる。

 レイナが元の世界で暮らしていたままであったら、普通の女子高生がこう何度も命の危機にさらされることはなかっただろう。

 

 だが、今までは魔導士、そして”マリア王女”に恨みを持つ者からの攻撃であったが、次章から「ペイン海賊団編」へと突入する。

 ペイン海賊団の構成員と”マリア王女”には面識はない。それに、ペイン海賊団の”大多数”は魔導士としての力を持たない普通の人間の男であると思われる。

 第5章からの船旅は、命の危機というよりも、貞操の危機にさらされる可能性が高いかもしれない。

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