生きてりゃいいことあるんじゃねぇの?
堂家 紳士
第1話 幸せのカタチ
いい歳してみっともないからやめろよ。と、友人は言った。
親戚のタカシ君、近く結婚するらしいわよ。あんたはいい人いないの。と、母は言った。
お兄ちゃん、あたしの会社欠員が出るから紹介しようか。と、妹は言った。
……どいつもこいつも、余計なお世話だ。
バイト先から帰ると、まずパソコンの電源を入れる。
もう既に、購入から5年経っているパソコンは、カリカリカリという音と共に画面を黒から白へそして青色へと変えていく。
起動時間が長いので、その間に俺はバイト先の服を洗濯機に放り込み、先ほど買ってきたコンビニのおにぎりを開封する。
『ここから開けてください』と書かれている部分を縦にペリペリと剥がしていく。
真ん中の部分から分かれたおにぎりの袋を慎重にひっぱる。すると、袋の中に入っていた海苔が残り、おにぎりを包み込む。
「よし、半分成功だ」
右半分を成功した俺は、左半分に取りかかる。慎重に慎重に、ゆっくりと袋を引っ張っていく。
――ペリッ。
小気味良い音と共に袋が取り除かれ、海苔が巻かれたおにぎりが手元に残る。
俺は小さく舌打ちをする。
「っち。失敗か……」
手で持っていた角の部分の海苔が、ほんの少しだけ袋の中に残ってしまった。量としてはさしたる量では無いのだが、なんとなく気持ちが悪い。
俺は手に持った海苔の袋を、コンビニ袋の中に放り込むとおにぎりをかじる。
パリッという乾いた海苔の奏でる音と共に、口の中いっぱいに海苔の風味が広がる。
「……うん」
美味い。
コンビニのおにぎりの良い所は、味の変わらない所だと俺は思う。
いつ食べても、ほぼ同じ味であり、ものすごく美味しいわけでもないがおおよそ味に関しては失敗するという事がない。
もしかしたら、小さな差異はあるのかもしれないが、俺の舌に分からなければ関係ないのである。
俺はゆっくりと時間をかけておにぎりを味わうと、買ってきたお茶を口に含む。
口の中に残るおにぎりの風味と、中に入っていた紅鮭の塩味がお茶によってリセットされる。
「ごちそうさまでした……」
そう言って手を合わせた俺は、既に起動を完了していたパソコンに向き合う。
真っ青なデスクトップの背景の中にこのパソコンのメーカーのロゴが映し出されている。
俺は、おおよそ画面の半分を覆うアイコンの中から、音声通話ソフトのアイコンをダブルクリックする。
パソコンの起動時とは異なり、軽快な速度で立ち上がっていくソフト。
ぐるぐる回る通信のマークが動きを止めると、見慣れた画面が表示されていた。
「……あいつら、もう初めてやがるのか。帰宅はええな」
そう、誰に聞こえるでもなく呟くと、ヘッドフォンを付ける。招待されている音声通話のボタンを押すと、聞き慣れた声が聞こえてきた
「おいーっす」
まず、挨拶をする。
「おー、ヒロちゃん遅かったじゃん」
「こんにちわー」
「おーっす!」
音声通話に参加していた三人が口々に挨拶をしてくる。
「いやぁ、仕事忙しくてさぁ。なかなか帰してもらえなかった」
あえてバイトという言葉は使わない。バイトであっても仕事は仕事だ。と、思う。
「そっかー。大変だねぇヒロ君」
俺も含めて男だらけのなかの紅一点、女の子であるユキがそう言った。
「ユキちゃぁーん。きーてきーて。俺も大変だったんだよー」
「はいはい。マモル君は黙ってようね」
以前から、マモルはユキの事を狙っているフシがある。
まぁ、ユキが俺とどうこうなる事はないだろうからどうでもいい事なのだが、この仲間内でぎくしゃくするような事があったらいやだなぁ。と、漠然と思う。
ユキは特定の誰かとどうこうなるタイプじゃないだろうし、多分大丈夫だとは思うけど……。
「ところで、今どんな感じ?」
俺は三人にそう問いかける。
「あーね。もう少し待って他に誰も来なかったら先初めてようか~って話してたところ。確実に暇だろうって奴もういないし始めよっか」
そう、タケルが言った。
先ほどからなんの話をしているのかと言うと、俺たちがやっている声劇という活動の事だ。
いわゆる、音声通話を使った演劇なんだけど、お互いの距離や時間を気にせず練習ができるのが魅力だ。
俺は大学生の頃までは、劇団に入って演劇をやって生きていこうと、そう漠然と思っていた。
けど、現実は甘くなく、劇の練習にも金は必要だし、実際に劇場を借りて演技をするにも、劇場代がかかるし、なによりそこは、俺の夢見ていたような華やかな舞台ではなかった。
努力に努力を重ねても、主役やメインキャストを張れるのは一握りの才能のある奴だけだし、なにをするにしてもまず金がかかる。
劇を仕事にして収入を得られると思っていた俺の甘い思惑は、簡単に打ち砕かれた。
そして、なにより俺には才能が無かったんだ。演技力の才能……ではなく、天性の華とでも言うのだろうか。そういった人を引きつける魅力が俺には無かった。
俺みたいな奴はそこかしこにいて、劇の道を諦めたものの、他にやりたい事があるでもなし、就職に踏み切るには夢を捨てきれないで、バイトで食いつなぎながら日々劇のまねごとをしている。
この三人も、大なり小なり同じような経験をしてきた奴らだ。
「そしたら、このあいだやったシナリオ、あのレストランの奴。あれまたやろうか」
タケルの呼びかける声に、意識を戻す。
「いいね。私あの台本好き」
ユキは即座に同意した。
「ん~。まぁ、他にやりたい台本も無いしいいかな~」
ユキの反応を見て、マモルも同意。
最後に俺が、「いいよ」と答えると、タケルはパンと手を打った。
「んじゃ、決定だな。読む時間いる?」
通常、初めてやる台本の時は読み時間を取る。
キャラクターを自分自身のなかに落とし込んだり、物語の流れを確認するためだ。
けど、俺たちは既にこれを一度やっているし、全員が「いらない」と答えた。
「そしたら始めようか。『都会の片隅の小さなレストラン』まで、3・2・1……」
そして劇が始まった。
その物語はタイトルの通り、都会の片隅にある小さなレストランが舞台だ。
レストランの経営をしている店主と、それを手伝っている女の子の元に、とある兄妹が訪れる。
兄妹はこういったお店にはあまり来たことが無い様子で、メニューを選ぶのにも一苦労。
ウェイトレスをしている女の子の勧めで、とあるパスタを食べる事になる。
そして、そのパスタのおいしさに驚きながらも、兄妹は幸せな会話を繰り広げる。
まず、兄の結婚が決まった事へのお祝いを弟が、それを受けて兄は弟に就職のお祝い伝える。
そして、少しだけ奮発したワインで乾杯。
元々が貧しく、協力しあって暮らしてきた二人は、お互いの幸せを祝い合う。
二人の様子を見ていた店主は、特別な料理を振る舞う。
それは、メニューには存在しない料理で、店長が『幸せのカタチ』と呼んでいる料理だ。
二人はその料理を口にし、涙を流す。
こんなに美味しい料理は食べたことがない、そしてこんな料理を兄妹で共に食べられることが嬉しいと。
お店には笑顔が溢れ、店主も、女の子も、そして兄妹も、それぞれの幸せを見つけて物語は終わる。
「だから、僕たちはもっと色々な幸せのカタチを見つけなければいけない。これからも協力してくれるかい?」
「はい!」
最後のセリフを読み終えた後、しばしの余韻に浸る。
何度演っても良い物語だと、しみじみと思う。
「カット。お疲れ様~」
タケルの言葉を待って、それぞれが物語から帰ってくる。
「お疲れ様~」
「お疲れ~」
「おつ~」
それぞれがそれぞれに、物語を通して共有した時間を噛みしめる。
「このお話、やっぱり凄くいいよねー。私本当に好きだな~」
ユキが夢見がちな声で言った。
「だね! いやー。俺も好きだわー」
即座に同意したのはマモル。
「みんなも良い感じで入れてたね。すごく良い演技だったと思うよ」
タケルがそう言うと、みな口々にお互いの演技をたたえ合う。
「でも…… 幸せのカタチかぁ……」
少しだけ沈んだ声のユキ。
「幸せってなんだろうね」
とは、タケルの言葉。
「演技で有名になって、金持ちになって、女の子にモテる事とか!」
「ははは。マモルらしいな」
戯けるマモルに、笑うタケル。
「ヒロ君は? どう思う?」
ユキが俺に話題を振ってくる。
正直、俺も考えがまとまっていなかったので、しばらく考えた後、俺は答えた。
「お前らとこうして演技して、笑って、悩みとか話し合ってさ。金とか無くても、それでも、こういう時間は本当に幸せだなって、俺は、そう思う」
正直自分でもまとまってなかったし、少し臭かったかなとも思ったけど、茶化すやつは誰もおらず。
「おー……! それだな!」
「うん。あたしたち、今幸せだよね!」
「俺たち、ズッ友だよ!」
そんなくだらないことを言って笑い合った。
先が見えない世の中で、俺もこのままではいられないだろうし、この先辛い事や悲しい事は待っているかもしれない。
だけど、こうやって笑い会える仲間がいる。
恥ずかしい本音でも、真面目な顔して語り合えるような仲間が。
だから、俺の幸せのカタチはここにある。
そう、今の俺は確信している。
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