百合王! -yuri-

妹☆ROCK

第1話 インディペンデンス百合

「「「ごきげんよう!!!!」」」

「ああ、おはよう。朝から君たちの可愛い顔が見られて嬉しいよ…」


キャァーーーーーーッ!、と溢れ出る嬌声は皆、金切り声であった。それは古い床を踏み付けた軋みに似ていて、合わせて私は小さく息を漏らした。


「おっ、お鞄!お持ち致します!!」


 整然とした人並木から一歩、此方の道へと出たのは髪をベリーショートまで乱雑に切った、背の低い女史だ。珍しい、令嬢の多いこの学園では浮いてしまう様な髪型だと、牧草に似た女史の匂いを嗅ぎながらに思う。


「お願いする」


 やがて制服達の作るシルクの道を抜けると、静謐な噴水がある。私はそこを通る時に朝の風景を騒がせてしまうのが常であり、流れる水を汚してしまった様で忍びなくなる。


「あ、あの、ユリお姉様」

「何だい?」

「…すごい人気ですよね、お姉様」

「そうかな…?だとしたら、凄くありがたいことだね」

「そうですよ!絶対そうです!お姉様は皆に好かれている、憧れのっっ」

 

 私はそこまで聞いて、彼女を抱き寄せた。

「君もかい?」

「えっ…?//」

 

 彼女の熱は、清涼の朝を溶かす程にドロドロと、汚く、人肌は私に胸焼けを起させた。しかし女史は少し焦げた肌を染めている。顔を見ずともして分かる程である。


「君は私の事、どう思ってる?」

「わっ、私は」

 口をすぼめて言う。

「……す、すき、です」


 彼女は、ヒロインの様に言った。こんなに、周りに人が集まっていようが、少女漫画の中である。女史を周りの令嬢達が僻み顔で睨む。


 これ以上は、勃発しかねないと、手の平に小さくキスをしてから足を速めた。女史に笑顔を作り、ありがとう、とも言った。





 靴箱に着いた辺りで、彼女はもう一度口を開く事となった。


「うれしかった…」

「え?」

「やっぱり、…ユリお姉様は素敵な人です!初めて会った時もそうだった!!あなたのおかげで……私!!!やっぱりそうだ……!ユリ様は素晴らしい女性です!!」


 その言葉には熱が入っていた。それは日替わりの鞄持ちでやっと私に近付けた事からか、彼女も半ば宗教的に私を愛する多くの生徒の中の一人であったからか。そんなことは分からなかったが、不気味であった。身振り、手振りがおどおどとした彼女の態度と裏腹に大きくなる。さっきの時もそうだったけれど、もう一度私は思ったのだ。彼女の持つ熱は、気味が悪い。声が響く…。急に、押しのけてしまいたいと、思ったのだった。 


「こっ、この髪型も一度お姉様に褒められた事があって!変えてないんです、あの時から!」

「そうか、君は……」

「お、覚えて下さっていますか!?ユリお姉様!!」


私は穏やかに言った。


「一年生だったね、去年の説明会で話した」


 途端に、汚泥の熱は消えて、沈んでいった。彼女の光潤な目が、冷たく押し込められていくのがわかった。


 「……はい。あっ、あの時は、本当に………」


後から聞くと、彼女は、同じ2年であった。







「ハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはアはハハハハハはああっははあっはははっはっはっはははっは!!!!!!!!」


「笑い話じゃないよユリちゃん!!!?

会って早々そんな胸糞悪い話聞かされる身にもなって!!」


 放課後、私達しかいない生徒会室である。4階から飛び出した小さな箱にこの部屋だけがあるので、殆ど誰も寄ってくることは無い。ちゃんと私がお願いしていた為でもあったが。


「イヤ、しょうが無いだろ!あんな地味顔一々覚えてたら身がもたん…」


「最早ユリちゃんの存在そのものが胸に溜まる糞だよ!よくそんな神経で女子にモテるね!」


「大丈夫さ!また会った時に惚れさせればいい」


玉木の深いため息は遠くへと逸れた。それは玉木の諦めかもしれ無かったが、私の側に彼女は居た。窓際から昼になって鮮度の落ちた光が差しているのに煙たさを感じる。


「もう……。ほら、貸して、腕章」


彼女は手を差し伸べる。私達の希望の糧を、渡す。


「ほれ」


彼女の手の平に乗った私の腕章はいつもより萎んで見えた。そのシワになって歪んだ文字が、嘲っている気がして私は目を背けた。


「これが、私達の希望……」


ーyuriーシステム……


そう呼ばれるこのシステムは、私達それぞれに配与されるこの腕章が繋いでいる。


人類の身体に超能力が眠っていると分かったのはそう遠く無い日のことである。彼らは当初、その発見に戦慄したそうだ。


科学者としての途方もないこの世の摂理を見出した、自身への畏怖。


そして、もう一つは変えてしまう歴史への恐怖。


彼らだけではない、世の学者達はこの隠された人間の力を墓場へと送ると心に刻んでいた。


そして私達の元にこの腕章があるという現実、彼らの思惑が打ち砕かれた事を示している。「見識者」達は言った、禁断の果実を、餌にするのだと。


この腕章は人の異能を引き出す人の作り出した神具である。同性の人間達の愛が引き金となって、力を得る事が出来る。超過密化した現代の人類を減らす為、考案されたシステム。そして愛の強さに人一倍敏感であるのは、この小さな機械となったのである。


「凄い……!ほぼこの学校全部、ユリちゃんへの愛が向いてるみたい……」


玉木が腕章を生徒会備え付けのパソコンで解析し終わったらしい。彼女は私の協力者で、機械の天才だった。


「まあ恋愛も知らないお嬢様の心なんて、針金の様に変えてしまえるからな」


そして、力一杯に、腹から笑って見せた。玉木が眉間にシワを寄せて見ているのが少し気持ちいい。


「……でも、これくらいの力があれば他校の侵略も可能だね!」


「やっとだな。……革命日和だ」


彼女達の希望、それは百合により目覚める力を使い世界に革命をもたらすこと……。


まさか、まさかまさかこのシステムの力で、世界を統べる程の力を手に入れられるなどとは誰も思わなかったろう……。


しかし香宗我部ユリは天才であった…!


人を落とす天才、女の翼を恋情でもぐ天才……。


他校の百合力を持った人間といってもたかが知れている……。



辺りの空気は、ファンファーレを鳴らしていた。彼女には少なくとも、その様に思えていた、この時はまだ……。

その先に、何が待ち受けているかも知らずに……。










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