第6話 その名はクリスマスク
少年は鋭い目で正義の方にゆっくりと近づいてきていた。正義には何が何だかわからなかった。目の前にいるこの少年は敵なのか、味方なのか。だが、彼は先ほど正義に言った。お前を殺す、と。少なくとも今この時は敵だ。たまに学校でクラスメイトの口から出る100%冗談の「殺す」とは違う。正義は初めて殺気というものを味わった。殺気だなんて言葉、マンガとかアニメでしか使わないものだと思っていたが、この感覚がそうだ。一言で表すと、やばい。何とも例えようがないものだ。本気で死というものを意識し始める。
「……!」
恐怖で足がすくんで動く事ができない。これが本当の恐怖……!
「……行くぞ」
少年は立ち止まり、両腕を頭の上に伸ばし掌を重ねる。水泳で跳び込む前のクロールのポーズに似ていた。
「……?」
な、何だ……? 正義の心を不安が覆う。何をしようってんだ……? ……こんな緊迫した状況で不覚にもおもしれーポーズだなとか思ってしまった……。
「
そう叫ぶと同時に少年は頭上の手を離し左右対称の動きで振り下ろした。外側に斜めに下げ、ある位置で今度は内側に水平に動かし、また斜め下へ……この動作を三回ほど繰り返したように正義には見えた。
「……?」
彼が何をしているのかわからなかった。さっき何て言ったんだ? というか、今の一連の動きは誰がどう見ても面白い動き以外の何物でもないよな。正義の心からしだいに恐怖がなくなっていった。
少年は激しい光に包まれていた。それを見ながら正義は、自分がハロウィン・システムを装着している時もこんな風に見えるのかな、と思った……あれ? という事は……?
光が消えた後、そこに少年の姿はなかった。代わりに立っていたのは、赤と緑のツートーンカラーの全身タイツを身に着け、顔にはソックスをかぶった男だった。
「うわあああああああああああああああ!」
正義は驚愕した。
「うわあああああああああああああああ!」
気持ち悪い。それしか出てこない。
「うわあああああああああああああああ!」
俺って周りからこう見えてるんだ! うわあああああああああああああああ!
「ふっ……あまりのかっこよさに言葉をなくしたか」
ソックス男は涼しそうに言う。
「いや! 鏡見ろよ! 邪身だ! どっからどう見ても邪な身なりだ!」
「鏡なんて見れるわけがないだろう。自分のかっこよさに見とれちまう」
「うわあああああああああああああああ!」
変態だ! 変態がいる! さっきまでの緊張感はどこに行ったのだ。
「我が名はクリスマスク! お前の残り少ない命に、メリー・ワン・タイム!」
続けて少年はポーズをとりながら口上を行った。奇跡的な事に彼がとったポーズは正義のハロウィン仮面の名乗り時の決めポーズと全く同じであった……いや、よくよく考えるとあんな単純なポーズ誰でも思いつくか。
「じゃあ行くぞ……田中正義!」
少年は前かがみになる。こちらに向かおうとするモーションだ。
「! ちょっ! お前!」
「問答無用だ! 行くぞ!」
クリスマスクが走り出そうとした時、彼の肩がぽんと叩かれた。
「何!? 邪身か!?」
振り返った彼の後ろにいたのはふたりの警察官だった。
「ちょっとお話いいかな」
「後ろに警官いるぞって言おうとしたのに……」
しかし、正義の言葉は間に合わなかった。
「話? 何だ? 菊花章でもくれるのか?」
「ああそうそう。あげるあげる。あげるからとりあえず署まで行こうか」
「ふっ。やっと俺の功績が認められる時が来たか。明日はパレードだな」
「はいはい。パレードパレード」
少年の話をあからさまに聞き流しながら警官は彼を連れていった。
「……ア、アホがいる……」
去り行く背中を見ながら正義はつぶやいた。
「大変だったな、田中君!」
ひょっこりと葉加瀬が現れる。今まで隠れていたのだろう。
「これが殺意か~~~~☆」
ためらわずに正義は葉加瀬を殴り始めた。少年が来る前のやりとりを思い出していた。
「わ! やめるんだ田中君!」
「はっはっは! 仲間割れか?」
「ん?」
突然の声に、正義は殴る手を止めた。
「! あ、あなたは……ドクター独田!」
葉加瀬が目の前の男の名を呼んだ。
「いや、しばらくぶりだな葉加瀬君」
おっさんの知り合い? と正義は思った。独田と呼ばれた男は葉加瀬よりも年上で、五十代ほどに見える。髪は白髪混じりで眼鏡をかけており、あごには豊富な白いヒゲを蓄えていた。
「お久しぶりです、ドクター」
「……」
独田はじっと正義の顔を見つめていた。
「……君がハロウィン・システムの装着者か」
「……そうですけど、あのー、どちらさんで?」
「おお、そうだったな。私は独田。葉加瀬君の上司……いや、元、と言ったところか」
「……? はあ……」
おっさん、どっかの会社にいたのか。そりゃそうか。
「田中正義君、だね」
「? そうですけど……」
「色々と情報が入ってきているんだよ、こちらには」
「はあ……」
こちらってどこだろう? と正義は思った。おっさんが前いた会社?
「どうだったかい? クリスマス・システムは」
「クリスマス・システム?」
葉加瀬が割って入ってきた。
「ああそうだ。私が中心となって開発したシステムだ。君が生み出したハロウィン・システムを元にした。言わば第二世代かな」
「第二世代……」
独田が言った言葉を正義は繰り返す。つまり、ハロウィン・システムよりも高性能ってことなのか?
「それで、どうだった? 田中君」
彼は再び尋ねてきた。正義は正直に話す。
「すっげ気持ち悪かったです」
「はっはっは。そうだろう。普通はそう思うよな」
うわ! この人常識人だ! 大人だ! 本物の大人だ!
「まあ、突き詰めていくうちにああなってしまった。しょうがない」
何をどう突き詰めていくとああなるんだろう……。
「君にはこれからぜひ彼と一緒に邪身と戦っていってほしい。ふたりで協力してな」
「協力って……彼は田中君を殺そうとしてましたよ?」
あんたもそれを見てるだけだったけどな、と正義は心でつっこむ。
「いや、あれは……あの子の問題だ。まさかあそこまでやるとは思っていなかった」
「何者なんです? 彼は」
「
「たとえシステムが高性能でも、適格な装着者を選ばなければ最悪真反対の方向に向かってしまいますよ」
だからあんたがそれ言うなよ。何となくで俺に決めたあんたが。
「わかっている……後から言っておく」
「そういやあいつ、警察署に連れていかれましたよ?」
「ああ、いつもの事だ」
いつもの事なんかい。
「では、私はこれから彼を迎えに行くよ」
「近々ゆっくりお話ししたいですね」
立ち去ろうとする独田に葉加瀬が声をかけた。
「そうだな……君に確認したい事もあるしな」
「私は絶対に戻りませんよ」
「……まあ、どの道君に手を貸すつもりだ。これは上の決定でもあるからな」
ふたりの会話を聞いていて、正義は少しだけ葉加瀬の過去について考えた。少しだけ。ほんとに少しだけ。
だって、おっさんの過去なんてクソどーでもいいしね!
「田中君」
「! はい!」
急に独田に名前を呼ばれたので正義はビクッとなった。
「君たちは必ずわかり合える。必ずね」
「……そうですかね……」
「ははは。では、しばらく」
そう言い残し独田は行った。
クリスマスク、鈴木英雄……本当に仲間になってくれるとありがたいが……。
続く!
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