第1話 動き出した悪

 とある高校、放課後。ひとりの少年が帰路に就こうとしていた。

「じゃあな、田中たなか

「おう、また明日」

 田中正義まさよしは友人に別れを告げ生徒玄関へと向かった。しかし、その途中何かしら違和感を覚えた。何だかいつもと違うな。何なんだこの違和感は……。

 あ! ない! 財布がない!

 いつも学ランの内ポケットに入っているはずの彼の財布が、見当たらない。

「やべ! 落としたか!」

 急いで教室へ引き返し、自分の席の周りを探す。だが、見つからない。

「……え~っと、どこに落としたんだか……」

 今日一日を振り返る。今日はどこに行ったっけか……。

 しばし考え込んだ後、最も財布を置き忘れた可能性がある場所を思いついた。

「……更衣室か?」

 今日の四時限目に体育があった。その際に利用した体育館の更衣室に忘れてきたのではないか。彼はそう考え、慌ててそこへ向かった。


 体育館ではバスケット部やバレー部が練習を行っていた。正義は少し緊張しながら入口にいた生徒に声をかける。彼より上級生に見えた。

「あの~すいません、もしかしたら更衣室に財布を忘れたかもしれないんで、探してきていいですか?」

「え? ああ、じゃあ一緒に行こうか」

 先輩の後ろに付き体育館の奥の方へと進んでいく。彼は部活動をしていないので、放課後の体育館に漂うその雰囲気をとても新鮮に感じた。更衣室に着くと先輩に促され中へと入る。

「どう? あった?」

「え~っと、確かこの辺で……」

 体育の際に自分が使用した棚の位置を探す。

「あ! あった!」

 やっぱりここだった! 中身をチェックするが、どうやら何も盗まれてはいないようだ。

「よかったね」

「はい! ありがとうございました!」

 先輩に礼を言い、彼は体育館を後にした。

「いや~よかったよかった。お金もそうだけど、帰りがめんどくさくなるとこだった」

 財布の中には彼の原付免許証も入っていたのだ。

「あ、そういや母ちゃんにおつかい頼まれてたんだっけ……」

 商店街行かなきゃな、と思いながら彼は駐輪場へと向かった。


 学校を出た後、正義は商店街のスーパーに行った。携帯のメモを見ながら母から頼まれたものを取っていく。

「よし、これで全部だ」

 会計を済ませ外へ出ると、原付のシートの下にスーパーの袋を入れる。

「よし、帰るか」

 そう言って彼がヘルメットを手に取った時だった。

「きゃあ~~~~~~~~~!」

 女性の悲鳴が聞こえた。

「! 何だ?」

 声がした方を振り向く。辺りは騒がしかった。

「ふふはははははは!」

 奇妙な生物が大声で笑っていた。バッタを擬人化したような生物。例えるなら、ヒーローものの敵の怪人、のような……顔は石でできているように見えた。その周りには全身黒ずくめの男(もしかしたら女なのかもしれない)たちが数人いた。これまたヒーローものに出てくる一般戦闘員のような出で立ちであった。

「な、何だあいつら……!」

「はははははは! こんな街めちゃくちゃにしてやる!」

 謎の生物は部下と思われる黒ずくめたちと共に暴れ始めた。商店街はたちまちパニックとなり、人々は戸惑い逃げていく。

「……何かのショーか……? 手が込んでるなあ……」

「違う。あれは見せものではない」

 正義の発言に誰かが反応した。気がつくと彼の隣に見知らぬ男が立っていた。

「うおっ! いつの間に!」

「奴らめ……ついに動き出したな……!」

「はっ!? 奴らって!?」

「目の前にいるだろう。暗黒軍団ダークだ」

「……何言ってんの……?」

 暗黒軍団ダーク……? 暗黒軍団暗黒ダーク……? え、何……?

 状況をうまく理解できない正義をよそに、男はまじめな表情で続ける。

「信じられないかもしれないがこれは現実だ。奴らはずっと水面下で動いていた。そしてとうとう表に出てきたんだ」

「……信じられねーよ……まず、そのネーミングセンスが」

「この世のどこかに、邪身と呼ばれる怪人を108体封印しているパンドラの箱と呼ばれるものがある。奴らはそれを探していたんだ。どうやらついに見つけたらしいな」

 正義のつっこみを無視し、男は変わらず話し続けた。

「わ、訳がわかんねーよ……」

 いや、ほんとに。

「まったく、試運転をする暇もなくあれを使う事になるのか……」

「……」

 もうこのおっさんのことほっといてさっさと帰ろうかな。

 しかし、暴れている男の事は気になる。ロケだよな……。

「だが、この時点で一応ではあるがあれが完成していた事はよかった」

 男はずっとひとりでしゃべり続けていた。

「……」

 正義は彼の事を無視し続けた。何かめんどくさそうなおっさんに絡まれちまった。さっさと帰るか。

「テストもなしにいきなり実戦であれを使用か……」

 ……あれ? これはもしかして「あれ」について聞いてほしいのかな……?

「……」

 何かめんどくさそうなおっさんに絡まれちまった。

「……だが、おそらく大丈夫だろう。データ上のシミュレーションではあれについて特に欠陥はなかった」

「……」

 聞かん。聞かんぞ。

「あれの設計は完璧のはずだ」

「……あー何かめんどくさそうなおっさんに絡まれちまったなー!」

「奴らに対抗できるのは、あれしかない!」

「おい! あんたの悪口言ったんだぞ! めげろよ!」

「ハロウィン・システムを起動するしかない!」

「言葉を発したのが間違いだった! 話を先に進めやがった!」

「君が起動するんだ」

 男はぽんと正義の肩に手を置いた。

「はっ? 俺が? 何で?」

 やべー、普通に受け答えしちまった!

「何となくだ」

「ふざけんな!」

 マジで訳がわからん!

 とっとと逃げようとする正義を、男は引き留める。

「待て! 君以外にもハロウィン・システムを起動できる人間はたくさんいる!」

「じゃあいいじゃねーか!」

「だが君がふさわしいんだ!」

「何でだよ!」

「何となくだ!」

「ふざけんな!」

 と男を一蹴。

「俺は帰る! 訳がわからん!」

「見損なったよ……」

 男は立ち上がりざまに言った。

「いつの日か奴らが君の大切な人たちを傷つける時が来るかもしれないんだぞ!」

「!」

 彼の言葉に正義はつい足を止めてしまった。

「君は奴らを野ざらしにして、そんな道を選ぶのか!」

「……!」

「これは現実だ! 目をそらすな!」

「…………!」

 男の言葉には妙な説得力があった。それだけの迫真さがあった。

 これは、現実……!

「……わかったよ。じゃあやってやるよ、そのハロウィン・システムの起動を!」

「少年……」

「田中正義だ! あんたは?」

「科学者……葉加瀬博士博士はかせひろしはかせだ」

「……活字に優しくない名前だな。んで、そのハロウィン・システムってのはどんなのなんだ?」

「特殊武装を纏う事によって一時的に細胞の活動を活性化させることにより、筋力・骨格など体組織を強化させるシステム」

「……はあ……」

 細胞とか体組織などという言葉を聞いた瞬間、正義は考えるのをやめた。彼は文系だった。

「よし、だったら早くシステムを起動しに行くんだ!」

「しに行くって、どこへ行きゃいいんだよ」

「そこにあるだろ!」

 葉加瀬はスーパーの入口の近くにある自販機を指差す。

「は?」

 目が点になる。よくわからない。

「自販機しかねーけど」

「ハロウィン・システムは自販機で飲料を買う事によって発動する事ができる!」

「訳わからんわ!」

「本当だ! ただの自販機じゃないぞ! あの買った後に、数字が四ケタ出てきて、そろったら当たりでもう一本! ってやつ限定だ!」

「何でそんなめんどくさいシステムにしたんだよ!」

「諸般の都合だ!」

「どんな都合だ!」

「いいから早くやれ!」

「わかったよ……じゃあお金くれよ」

「自費に決まってるだろうが!」

「やめた!」

「しょうがないだろう! 私にも生活がある! 妻と娘を養っていかなければいけないんだ!」

「俺にも生活があるわ!」

「早く! 奴らを倒すんだ!」

 邪身とかいう生物とザコ戦闘員のような黒ずくめたちは未だ激しく暴れている。店や柱などは壊され続けていた。

「くっ……! わかったよ!」

 正義は自販機へ駆け寄った。財布から小銭を出す……と思ったが、70円しかなかった。

「だ~っ! 千円がっ……!」

 泣く泣く千円札を挿入。しかしすぐに戻ってきた。

「あれ? 何で?」

 もう一度入れる。しかしまたも出てくる。

「だ~~~っ!」

 頑張ってしわを伸ばして入れなおすが、何度やっても受け入れてくれない。

「何やってる!」

「無理だよ! お札を読み取ってくれねーもん!」

「他のお札に変えればいいだろ!」

「他のって……!」

 正義は再び財布の中を見る。他に入っていた紙幣は二千円札が一枚だった。

「二千円札しかねーよ! やだよ! 記念にとってんだよ! 大して価値ないらしいけど、記念にとってんだよ!」

「平和とどっちが大事なんだ!」

「だったらあんたが起動しろよ! あんたじゃ無理なのか?」

「可能だ! だが君に起動してほしい!」

「だから何でだよ!」

「何となくだ!」

「ふざけんな!」

 と言いつつも、右手は二千円札を紙幣挿入口へと入れていた。守礼門がウィーッと消えていく。だがやはり惜しい。戻ってきてくんねーかな……。

 しかし正義の思いとは裏腹に、自販機はあっさりと二千円札を読み込んだ。

「ちくしょおおおおおおお!」

 怒りと悲しみで震えながら適当に炭酸飲料のボタンを押す。ガシャンと商品が落ちた。と同時に、デジタルの数字が動き始める。

「買ったぞ! んで、どうすりゃいいんだ!」

 葉加瀬に次の指示を仰ぐ。

「当たりを出せ!」

「は? 無茶言うな!」

 数字を確認するが、残念ながらはずれだった。

「はずれたぞ! どうすんだよ!」

「だから当たりを出せ! そうしないと発動しない!」

「ちょっと待て! もしかして当たりが出た後のもう一本が必要なのか?」

「そうだ! あと、さっき言い忘れたけどコ○・コーラ社の自販機限定だ! 他社のよりも当たる確率が上がっている! あ、それは大丈夫だから!」

「意味がわかんねええええええ!」

 もう一度適当に缶ジュースを買う。またはずれだ。

「何をやってる!」

「俺に言うなよ! てか、俺からしてみればこのシステム開発したあんたが何やってるだよ!」

 そして五度目、ついに当たりが出た。

「いよっしゃ~~~~~~~っ!」

 正義がもう一本目を選ぶ前に缶が自動的に落とされた。それを取り出す。茶色の缶だった。

「もしかして、これを飲めばいいのか?」

「そうだ! そうしたら君は変身する!」

「変身……ってあれ? 何かかっこいい特殊武装を身に付けるんじゃないの? せめて聖○ク○スみたいな!」

「いいから早く飲め! そしてハロウィン仮面に変身しろ!」

「名前ださっ!」

 プルタブを開けてごくごくごくと飲み始める。何とも不思議な味だ。だがまずくはない。どちらかというとおいしい。だが650円かけて飲みたいかというとそうでもない。

 特にのどが渇いていた訳ではなかったが、一口で350ml全て飲み干してしまった。そういった飲みやすさがあった。

「……何にも起きねーぞ」

「変身ポーズをとりながら変身と叫べ! 大きな声で恥ずかしがらず!」

「もうつっこまねーぞ~~~~~~~~っ! 変! 身!」

「ポーズがださすぎるぞ!」

「よ~しあいつら倒したら次はそのままあのおっさんを撲☆殺だ~~~~~~~ってうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 正義の体が光を放ち始める。そして今までにない感覚が彼を刺激する。

「これはあああああああああああああああああああああああっ!」


 続く!

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