時を彷徨い

宮沢弘

第1話10年後

 私はベッドに横になっていた。

「まだ目が覚めたか」

 声になったかどうかはわからないが、そう呟いた。

 ベッドの周りを友人たちが、とても古い友人たちが囲んでいた。昨日より一人か二人、増えているのかもしれない。それでも十人になるかどうかだが。

 ベッドのバックボードに上半身をあずけようと、両腕に力を込めて腰から上を起こそうとした。だが、突然、咳が出た。一回治まったが、また身を屈め、何回か咳をした。

 私の背中に手が当ったのを感じる。ベッドの左に座っていたコナーが手を伸ばしていた。

「やめてくれ。病人じゃない。ただ死にかけているだけだ」

 だが、コナーに助けられ、バックボードに背中をあずける。コナーが枕を腰から背中に当ててくれた。

 そこで一度深く息を吸い、そして吐く。コナーが近くのテーブルから水を取ってくれた。それを一口飲む。

 霞む目で周りをまた見た。

「やっと終わる」

 ポツリと言った。言ったつもりではあった。

「なぜ…… いつから……」

 ベッドの右からドーグラスの声が尋ねてくる。そちらに目をやる。目はいくらか霞んでいても、古い友人の顔は見えるように思う。ドーグラスの顔からも声からも、いかにも不可解なものを見ているという様子が伺える。

「十年。十年でこうなったよ」

「だが、ジェイコブス、あなたは誰よりも……」

 ドーグラスがそう言うが、私は右腕を小さく振ってその言葉を遮る。

「ドーグラス、コナー、他の者たちも。君たちが考えているのとは、いくつかの点で違う。これがプライズだ」

「私たちが聞いているプライズとは……」

 先程、私が起きるのを助けてくれたコナーが穏やかな、ではあっても疑問もこもった声で言った。コナーに顔を向けようとした。だいたいの方向は。

「何回か言ったことがあるだろう。結局、君たちも他の連中も、プライズとは何か別のものだと言っていたが」

 コナーを凝視めて私は答えた。

「それにしても、十年で……」

 ベッドの足元からハサンの声が聞こえた。

「長い方だろうな。私が見た人は数年だった。短いからこそのプライズだよ」

「プライズを得る条件は一体……」

 ドーグラスの声が聞こえた。

 私は少し考えた。だが言葉が組み立てられない。十年は長い時間ではない。だがこの十年でずいぶん年を取った。これこそまさにプライズだ。

「プライズは…… 納得、あるいは諦めによって得られる」

 霞む目で友人たちを見渡す。

「あるいは、プライズを得たことで、納得、あるいは諦めが得られる」

 友人たちは静かに聞いている。

「これはプライズがもたらしたものだ」

 また私は咳こんだ。コナーがまた水を渡してくれる。私はゆっくりと、また一口だけ飲んだ。

「あるいは、これこそが本当のプライズなのかもしれない」

 そう言っても友人たちは声を挙げない。友人たちは、プライズとは何か違うものだと考えているのだから。少なくとも、まだどこかでそう考えている。私は長い人生の中で、プライズを得た友人を二人だけ見た。だからこれがプライズだとわかる。だが、私の長い人生の中でも二人だ。ここにいる友人たちは見たことはないだろう。

「では、最後の一人というのは?」

 ドーグラスの声がまた右から聞こえた。その声に顔を向けて答える。

「意味がないと以前から言っているだろう?」

 ベッドの周りは静かになる。

 私は腰をゴソゴソと動かし、毛布の中に戻ろうとする。コナーがそれを助けてくれた。

「ありがとう」

 コナーは静かにうなずき、枕を頭の下に動かしてくれる。

「ドーグラス、コナー、皆を頼む」

 左にいたコナーと右にいたドーグラスが私の手を握り、それぞれの懐しい言葉で誓ってくれた。私は二、三度うなずいた。

「さぁ、あとは静かに死なせてくれ」

 そう言って、私は目を閉じた。思い出がよぎる。辛いこともあったが、今となればただ懐しい。

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