ヴィアラア

菜美史郎

第1話

 異界の空は、いつも灰色である。

 恒星らしきものはどこにも見当たらないが、

どこからか淡い光が放たれているらしい。

 海は血の色で、強い風が吹いているわけで

もないのに、絶えず逆巻いている。

 まるで海自体が生きもので、呼吸をしてい

るように思えた。

 犬や猫に似た動物たちのムクロが散乱して

いて、うっとのざえてしまうような匂いが漂

っている。

 波が岸辺に打ちつけるたびにしぶきが遠く

まで飛ぶが、じきにべっとりと乾いてしまう。

 まるで赤い餅があちこちに散らばっている

ような光景である。

 その匂いが浜辺にいる黒い鳥たちを、ます

ます興奮させた。

 カラスにそっくりだが、大きさはその倍近

くある。

 彼らが間違って海水を一口でも飲み干そう

ものなら、そのからだは見る間に大きくなり、

浜辺に横たわるムクロを、たちまちについば

み、胃袋に収めてしまう。

 まさに生き血だった。

 血の海だったのである。

 ふいに、陸から海に向かって、一陣の強い

風が吹いた。

 黒い鳥たちが驚き、ギャッと鳴いて、その

翼をバサバサとせわしなげに動かすと、砂丘

の向こうに飛び立って行った。

 水平線に、黒い点がひとつ現われたかと思

うと、しだいに大きくなっていく。

 入道雲だ。

 むくむくと盛り上がり、ついには空全体を

おおってしまった。

 浜辺から数十メートル沖合に、ぶくぶくと

泡が立ちはじめた。

 まっすぐ浜辺に向かって、進んでくる。

 海面に、まず、その頭があらわれた。

 続いて、顔、そして胴体・・・・・・。

 ヒュウッという音があたりに響いた。

 髪の毛が逆立ち、一本、一本が細いまだら

模様をした海蛇のようだ。

 しきりに動き、互いにからまりあっている。

 目は蛇に似て無表情である。

 耳まで裂けた口の中で、真っ赤な舌がちろ

ちろ動くのが見えた。

 歯はワニに似て、なんでも食いちぎれそう

である。

 異界の者。  

 それは、ほどなく、浜辺に足を踏み入れた。

 裸である。

 よく見ると、全身が海藻に似た薄紫色のこ

まかなうろこでおおわれていた。

 からだはそれほど大きくなく、ちょうど大

人の男くらい、筋骨隆々である。

 ゆっくりと歩いて行く。

 深い足跡が点々と砂丘の向こうまで続いた。

 砂丘の向こうには、急峻な山々がそそり立

っている。

 草木がほとんど生えていない。

 名前の知らない苔だけが所々に繁茂してい

る程度だ。

 そのひとつの谷間に向かって、ずんずんと

歩いて行った。

 血のような水が流れている沢に沿ってのぼ

って行くと、ほら穴がある。

 だが、少しもためらわず、奥へ奥へと進ん

で行った。

 暗い洞窟の奥で、何かが光っている。

 水晶でできたガラスのようだ。

 その者は、自分の姿を映すかのように、ガ

ラスの前に立つと、口を開き、ぎぎぎっと音

を立てた。

 ガラスがパッパッと輝き、白い煙がわき立

って来たかと思うと、煙もろとも、ガラスに

吸い込まれるようにその場からいなくなって

しまった。

 洞窟はまたもとの静けさにもどっている。

 ぽつりぽつりと天井から垂れる雨水の音が

聞こえてくるばかりだ。

 その水晶でできたガラスこそ、異界と人間

界とを結ぶ出入り口だった。

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

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