第19話 Gカップの令嬢
「ゴースト。気持ちは変わらぬか」
「変わらない」
「こんなに愛しているのに」
「二百人も囲っておいて、よく恥かしくなく言えるな」
「そなたもハーレムを作って良いのだぞ」
「そんなもの要らない。一人で手一杯だ」
「何。想う者がおるのか、ゴースト」
「うるさい。いい加減黙れ」
私たち一行は、連れが二人増えていた。コージャスタスと、少年従者のアイルだ。コージャスタスはアイルを紹介する時、
「しかしこうして歩いて旅をするのも、良いものだな」
「……」
「景色が綺麗だし、何よりゴーストの手料理も食せるし」
「……」
「構ってくれ、ゴースト」
「うるさい。黙って歩くか、帰ってくれ」
「……」
そうか。王様は構ってちゃんになるのか。どんな小さな事でも、従者は取り上げてご機嫌を取るものな。鬱陶しい。
こいつから逃げる為に旅を急いでいるのに、一緒に肩を並べているのって、どうなんだろう。本末転倒な気がする。私は、悩みの溜め息をほうっと一つ吐いた。
「ゴースト、今日は宿に泊まろう。危険を冒して野営したって、どうせ張本人が着いてくるんだし」
「そうだな」
「恋文、張り切って……」
「書かなくて良い。どんどん嫌いになるだけだ」
「なっ……では、言葉を尽くすぞ。止めるな、ゴースト!」
「うるさい。マジ黙れ」
朝からずっとこんな調子で、私は少しイライラしていた。女は少しくらいかしましくても愛嬌だが、よく喋る男がこんなに癇に障るとは、もはや発見レベルだった。
ディレミーンが、ポケット大陸地図を出して、ページを
「このままのペースで行くと、シュスランの町に泊まる事になるな。何々……今時期はちょうど、花祭りをやっているらしい。ついでに見ていくか」
「わー、お祭りだよう」
「出店も出てるかのう」
「ああ、花でも見て和まないと、やってられない……」
嫌みを言って、チラとコージャスタスの反応を窺うと、彼は何故か真っ青になっていた。ん? そんなにきいたか?
「シュスラン……嫌だ、私はシュスランには泊まらぬぞ!」
「コージャスタス様!」
ガタガタと震え出すコージャスタスを、アイルが抱き留めるようにして介抱している。勝手にしてくれ。
だがお人好しのディレミーンが歩を止めて、自然とみんなでコージャスタスを見守ってしまう。
「シュスランには……あやつがおる……嫌だ……!」
頭を抱えてブツブツと呟くコージャスタスに、ディレミーンが声をかけた。
「大丈夫か、コージャスタス? 誰が居るんだ?」
「大臣たちが政略結婚させようとしている……クリステがおるのだ……!」
恐ろしげに話すコージャスタスに、果たしてそのクリステはどんな女傑かと、迂闊にも興味が動いてしまう。私が口を開く前に、ディレミーンが代弁してくれた。
「クリステって、どんな女なんだ?」
「口に出すのもおぞましい……今年三十になるいき遅れの令嬢で……家柄がずば抜けて良いのだけが取り柄のような女だ……」
おぞましいんじゃなかったのか。結構な情報量だぞ。三十でいき遅れなら、七十の私はどうなんだ。
「隠れて泊まれば良いんじゃないか」
やっぱりお人好しのディレミーンがアドバイスする。
「おお! その手があったか!」
ほら喜んじゃった。確かに人間の女性で三十はいき遅れだけど、そんなに嫌がるなんて、おぞましい顔でもしてるんだろうか。私の想像は膨らむ。
結局、シュスランの宿に着いたら、背格好の似たコージャスタスとアイルが服と身分を交換して過ごす事に落ち着いた。
「お花はいかが?」
シュスランに入るとすぐに、沢山の小さな花売り娘たちに声をかけられた。個人の家の周りにも花、酒場の入り口にも花、道行く人たちの髪や胸にも花。とりどりの花が、逆立った私の神経を休ませてくれる。
「あ、一つくれ」
「ありがとう。髪に飾りますか?」
「ああ、何色が良いかな」
「そうね……貴方の黒髪には、パステルカラーが似合うと思うわ。ピンクなんてどうかしら?」
「じゃあ、それにしてくれ」
自分を飾った事などなく、初めての経験に胸が躍る。花売り娘は、淡いピンクの薔薇を選んで、私のフードに隠された耳の上にそっとそれを差し込んでくれた。
「花言葉は、上品です。楽しんで」
そう言って、子供らしく無邪気に微笑む。いつか、ディレミーンに向けられた笑顔を思い出す。ただ善良な笑みというのは、私を暖かく幸せにさせてくれた。
「ゴースト! 浮気しちゃやだよ!」
途端、下の方から咎めが上がる。ああ……見かけは同じ幼女なのに、こんなに善良とは言えない残念な感じは何だろう。私はコニーを
「別に幼女に興味がある訳じゃない。綺麗な心が好きなだけだ」
「コニーちゃんだって綺麗だよ!」
そうこうしている内に、宿から、服を交換したコージャスタスとアイルが出てきた。
金細工をジャラジャラさせたアイルと、大量生産の質素な従者服に身を包んだコージャスタスは、ちょっとした見ものだった。
「コージャスタス様……」
「名前を呼ぶな。おい、と呼べ」
「それを言うなら、『おい、と呼んでください』だろ?」
私が口を挟むと、その初めて味わう屈辱に、コージャスタスはドギマギと口篭もった。
「う、うむ」
「『はい』」
「はい……」
私はその小気味良さに、ぷっと噴き出した。これは
「アイル、花を買った方が良い。付けてない方が浮くから」
「は、はい」
「それから今日は無礼講だから、従者にも花を恵んであげて」
「うっ」
「コージャ……おい、何色が良いんですか」
「私は赤が良い……です……」
私は心の中で、腹を抱えて笑っていた。そこへ声がかかる。
「お花はいかが?」
「ああ、ちょうど良かったです。私と従者に、一つずつ下さい」
「げっ」
コージャスタスが、またカタカタと震え出した。何だ? 私はその視線の先を辿る。すると、子供ばかりだった花売り娘の中に一人、妙齢の女性が混じって二人に花籠を差し出しているのだった。まさか。
「クリステ!」
コージャスタスが呟くのが、ハッキリと聞き取れた。
クリステは、想像していたようなおぞましい外見ではなかった。白い肌に明るい茶色の髪を靡かせて、三十歳とは思えないほど若く美しい女性だった。これの何処がおぞましいんだろう。
しかし微笑んでいたクリステは、コージャスタスの声を聞きつけると、途端に眉を険しくして舌打ちを吐き捨てた。
「あんた、何処の奴隷だい? クリステ『様』だろうが! 主人は、見慣れない貴族だね。ちゃんと奴隷を躾けておくれ!」
「は、はい。すみません」
アイルが迫力に負けて、貴族らしくなくペコペコしている。
「旅の途中ですか? この花祭りは、あたしの家が代々開催しているの。楽しんでいってください、お若い貴族様」
ところがクリステは、ころっと態度を変えて、アイルの腕を抱き締めると豊満な胸をきゅっと潰してくっ付けた。
「……あ!」
コージャスタスがおぞましいと言った原因が、分かった気がする……。
「えーい、見ておれん! アイルから離れろ、クリステ! 貴様の毒牙にアイルをかけるくらいなら、私自ら盾になった方がマシだ!」
クリステは、きょとんと鳶色の目を見開いた。
「そのお顔は……コージャスタス様!? 何で、従者のお姿なんか……」
だがやがてその顔が、喜びにパッと明るくなった。
「そのようなお姿で、私を驚かせようと!? いやん、コージャ様ったら、デキる男」
語尾にハートマークが付いている。クリステはアイルを放り出し、今度はコージャスタスの腕に胸を押し付けた。
「コージャ様のお好きなGカップです」
「うげっ」
コージャスタスは、潰された蛙みたいな声を出した。
「それは……昔の話だ! 今は、AAカップ以外認めん! 私の新しいフィアンセ、ゴーストだ!」
「……へ?」
二人の視線がいっぺんにこちらを向いて、私は、
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