第18話 世話の焼けるストーカー
私たちは朝食を終えるとすぐに、ザティハの街道を南へと下り始めた。明るい内はひたすら歩き、暗くなったら外で野営をする予定だった。幸い、ザティハは気候が良く、乾期はほとんど雨も降らない。
あとはモンスターが問題だったが、ダークエルフの悪評が伝わっていないくらいだから、組織化されたモンスターと遭遇する事は稀だろう。
「ゴースト。向かいから商隊が来る。夕食の材料を買おう」
「ああ、そうだな。久しぶりに料理をするから、腕が鳴る」
「プラミス、ゴーストは料理上手なんだぞ。楽しみにしていろ」
「ほほう!」
「コニーちゃんも! コニーちゃんもゴーストの手料理楽しみだよっ」
エピテの村で、余りものを調理していた頃を懐かしく思い出す。買うものを選べるなんて、私には青天の
「プラミス、リクエストはあるか」
「ん、ええのか?」
「ああ。食事はお前の楽しみだろう」
プラミスは顎髭を撫でながら、幸せそうにふにゃっと笑った。
「あれは……何ちゅうものかのう。王宮で食べた、鶏肉の蒸し焼きが旨かったのう」
「ああ……あれか。この辺の料理だから、材料も売ってるだろう。作ってみる」
私は、商隊の荷車の中から、注意深く買うものを選び出した。骨付きの鶏もも肉に、じゃがいもに、トマトに、玉ねぎに、ライム。匂いを嗅がせて貰って、幾つかのスパイス。ディレミーンやプラミスがおかわりする事を考えて、少し多めに買う。
材料を担いで少し行った所で陽が傾き始めたので、街道横の樹下で野営をする事にした。革袋から、水色のエプロンを出して着ける。家から持ち出してきた、数少ない財産の一つだった。
「ゴースト、エプロン可愛いよ! すっごく似合ってる!」
「何も出ないぞ」
コニーの言葉は下心が見え見えだったから、軽くあしらって調理にかかる。
ディレミーンに火を起こして貰っている間、肉の厚い所に切れ目を入れ、野菜はじゃがいもの皮を剥き、トマト、玉葱と共に一口大に切っておく。それぞれの鍋に肉と野菜を入れ、塩とスパイスを振りかけて揉み込む様に全体によくまぶす。スライスしたライムを上に並べ、蓋をして低めの温度で四十五分ほどしっかり蒸らす。隠し味は、カルダモンだ。これで南国特有の味になる。
自然と、鼻歌が口をついた。子供の頃、育ての親が繰り返し歌ってくれた、あの旋律だった。
「『
「ああ、そんな歌詞だと、プラミスが言ってたな。私は旋律しか覚えていないのだけど」
「ゴースト、綺麗な声だよ。歌ってみて」
コニーがリュートを取り出すと、軽やかにつま弾き始めた。今歌っていた旋律だった。
「一回聴いただけで弾けるのか?」
私が驚いて尊敬の眼差しを向けると、コニーは得意げに歯を見せた。
「コニーちゃんの本業だもん。有名な
白状しなければ私の心も動いたかもしれないのに、正直に言った事が、逆に私の心を動かした。
「ふうん。有名なんだな」
コニーの弾くリュートの音は何だかとても魅力的に聴こえて、私は料理が蒸し上がるまでの間、エプロンを外してコニーの隣に座った。ハミングして、演奏に音を重ねる。
私、どうしちゃったんだろう。何だかとても、コニーが好きだ。リュートを弾きながら、コニーがチラと目線を送ってくる。頬が熱くなった。私はゆっくりと、コニーに唇を近付けて……。
「キュー!」
「キャッ」
重なろうとした唇の間に突然マルが割り込んできて、コニーの顔をペロペロと舐め回してヨダレまみれにした。
「マル! あんたは良いの!」
私はハッと我に返った。私今、何しようとしてた? コニーに……。
「あんたドラゴンなのに、何で魔法抵抗がないの! ペッペッ」
その言葉に、愕然とした。魔法? コニーは、コボルトを眠らせた時みたいに、旋律魔法をかけていたのか?
「……コォニィィイイー!」
「あ、いや、何でもないよっ!」
自分の失言に気付いたコニーが、慌てて小さな掌で口を覆う。でも私の怒りはおさまらない。
「コニー、夕食抜き!」
「ええええええ! ゴーストの手料理、食べたいよう! ごめんなさぁぁあい!!」
コニーが、天を仰いで身も世もなく叫ぶ。少し離れた所にいたディレミーンとプラミスが、何事かとこちらを窺っていた。
夕食抜きはさすがに可哀想だから、反省した頃を見計らって出してあげよう。私はそう思って、
「あの……」
見ると、一人の少年が私たちのキャンプにやって来て、躊躇いがちに声をかけてきたのだった。
「何だ?」
「すみません、隣で野営をしている者です。夕食の用意がなく困っているのですが、少し売って頂けませんか?」
「それは大変だな。野営の予定がある時は、早めに町か商隊で夕食の材料を買っておく事だ」
「はい、ありがとうございます」
少年は金貨を一枚、取り出した。
「そんなに要らない。銅貨で良いんだ」
「いえ、金貨しか持ち合わせがないもので……二人分、売ってください」
「構わないが。こんなに貰って良いのか?」
「はい、出来れば明日の朝食も売って頂きたいのですが」
「なら、この金貨で、夕食分と朝食分を頂く事にしよう」
「ありがとうございます」
少年は皿を二つ両手に持つと、恐縮して頭を下げていった。
これは誤算だった。案の定ディレミーンとプラミスがおかわりを要求したが、それに応える事は出来ずに、プラミスは本当に泣き出しそうだった。
次の朝。枕元に例の恋文が届いていて、ちょっとした騒ぎになった。
* * *
愛しい妖精へ
今ならまだ、充分に間に合う。
引き返して、私の元へ戻ってきてくれ。
私は貴方を愛している。
一人の女性として、幸せを掴みたくはないか。
私のハーレムには二百人の少年が居るから、貴方にも二百人のハーレムを持つ事を許可しよう。
自分で料理など作らなくても、専属のコックがどんな馳走でも作ってくれる。
金細工のフォーク以上に重いものは持たなくて良いし、どんな我が儘も思いのままだ。
私の気持ちは変わらない。
待っている。
追伸。
貴方の手料理は、どんな馳走も敵わぬほど旨かった。
礼を言う。
砂浜の貝
* * *
「あのー、朝食を売って頂きたいのですが……」
「お前らか!!!」
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