第17話 噂の恋文

 少年たちを殴るぞと脅して仲間の寝室に案内させ、一人ずつ叩き起こして支度を調えさせた。プラミスはスッカリ王宮の食事のファンになり、朝食を摂ってからでも良いだろうとごねたが、私の殺気のこもった眼光と目が合うと、慌てて鎧を着け始めた。

「ゴースト、大丈夫か?」

 そのただならぬ私の様子に、ディレミーンが肩に手を伸ばしてくる。私は、それを突っぱねた。

「触るな! 男なんて……男なんて、けだものだっ!」

「そうだよ! ゴースト、コニーちゃんが慰めてあげる!」

 何でそうなる。

「お前も同類だ!」

 抱き付いてくるコニーの柔らかいほっぺたを、思い切りつねって伸ばす。

「いひゃいいひゃい。コニーちゃん、悪い事してないのにー!」

 コニーが嘘泣きをする。この嘘泣きに騙されてはいけない。


 コージャスタスが気を失っている間に強行突破して、徒歩で城下町まで下りたものだから、次の朝はみんな随分と朝寝坊だった。

 私は腹立たしさの余りまんじりともせずに夜を明かしたので、一人一階の酒場に下りて朝食を摂る。パンにスクランブルエッグにウインナー、カップスープに申し訳程度のサラダ。どうやらここの店主は、料理があまり得意でないか、ひどく合理主義らしい。自分で何か、メインメニューを手作りしたいくらいだった。

 兎みたいにもそもそとレタスをつついていると、件の宿屋兼酒場の店主が、掲示板に今日の依頼を貼り出し始めた。冒険者たちが、ざわざわとその前に集まる。

 まだサラダを食べきっていなかったが、私も食事を中座して掲示板を見に行った。

「おい。何だ、こりゃあ」

「みっともないわね」

 居並ぶ猛者たちが、口々に笑う。私はどちらかと言えば小柄なので、埋もれてしまって何が可笑しいのか分からない。笑い声は、酒場中に伝播した。

「あの……何が可笑しいんだ?」

 ぴょんぴょんと背伸びしながら前列の戦士に訊くと、

「ほらよ」

 彼は場所を譲って私を一番前に出してくれた。

 そこには、依頼書の中に混じって、切々とした恋文が綴られていた。


    *    *    *


愛しい妖精へ


 一方的に妻にする事を決めて悪かった。

 意に沿わぬ結婚をさせられる私を哀れと思うなら、今一度戻ってきて欲しい。

 今度はきちんと気持ちを伝えて、貴方に身も心も任せて貰えるような男になる。

 貴方が手に入らぬくらいなら、いっそ海に身を投げた方が良い。

 貴方に助けて貰わなければ、私は今頃、あの砂浜に転がる貝になっているのだから。

 結婚式は八夜はちやののち、行われる。

 それまで毎日、貴方の泊まる宿に文を送り続けよう。

 貴方はきっと戻ってきてくれる筈だ。

 待っている。


砂浜の貝より


    *    *    *


 コージャスタス……! 知ってたけど、何て女々しくて厚かましい奴なんだ! 私は腹が立つやら恥ずかしいからで、真っ赤になって立ち竦んでいた。

「この宿に、『愛しい妖精』が居るって事か?」

「誰だ」

「『砂浜の貝』とやらに、ここまでやらせる女は誰なんだ」

 私は、掲示板に殺到する人混みをかき分けるようにして逆行し、席に戻った。まだサラダが残ってたけど、とても喉を通りそうもない。


「そんな事があったのか」

 起きてきたみんなに、AAカップ伝々うんぬんは内緒にしたまま、夜這いの事と恋文の事を話す。もちろん、声は潜めてだ。

 掲示板の前ではまだ、恋文を読み上げて笑ったり、『愛しい妖精』探しをする冒険者たちが後を絶たなかった。

「じゃあ、アレは下手に剥がしたりしない方が良いんだな」

「そんな事したら、自分だって教えるようなものだよう」

「ゴースト、災難じゃのう。もしわしで良ければ、あの食事は魅力的なんじゃが」

 みんなで肩をよせあって、ヒソヒソと言葉を交わす。

「プラミス! もっと自分を大事にしろ」

「フォッフォッ。冗談じゃよ」

「キュー」

 私の残したサラダを食べていたマルが、小さなかぎ爪のついた両手を合わせて「ご馳走様」をする。

「はい、お粗末様」

 頭を撫でてやると、耳の後ろもかいてくれと差し出してきた。

「グルル……」

 気持ち良さそうに喉を鳴らすマルを見ながら、私は途方に暮れていた。

「で、ゴーストとしてはどうしたいんだ?」

「もちろん、あんな色狂いの嫁になるつもりはない!」

「じゃあ、早目にこの国を出た方が良いな。ザティハにいる限り、王のめいは絶対だ」

「今日中に出られるか?」

「いや。ザティハは広い。どんなに急いだとしても、五日はかかるだろう」

 私は痩せる思いだった。

「五日……五日も、あの恋文に追いかけられるのか?」

「王宮を離れていくのを見れば、あるいは諦めるかもな」

「みんな、食事は終わったか! 今すぐここをたとう!」

 テーブルに掌を勢いよく打ち付けて立ち上がると、朝からステーキを食べていたプラミスが、慌てて肉を飲み込もうとして目を白黒させた。

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