第二章 仲間たち

第7話 初仕事に相応しいのは

 一週間後。

 その日私は、七十年間住み慣れた我が家を引き払って、旅立ちの決意を固めていた。調度品は少しずつ売りに出して、もう家具はダイニングテーブルと椅子しか残っていない。

 正午に、ディレミーンが迎えに来てくれる筈だった。時間ぴったりに出来上がるように、私はフライパンを振るう。一応昼は食べるなと一度だけ言ったが、ディレミーンは覚えているだろうか。ちょうど皿に料理を移した所で、ノックの音が響いた。

「ゴースト。俺だ。支度は出来ているか」

「ああ、開いてる。入ってくれ」

「邪魔するぞ」

 ディレミーンがブーツの靴音を響かせて、入ってきた。

「ん? 良い匂いだな」

 途端、鼻をひくつかせている。

「昼は食べてないな?」

「ああ。そう言えば、食うなと言っていたな。メニューは何だ?」

 テーブルに並んだ二組の食器を覗いて、ディレムは数瞬絶句した。

「これは……」

「何だか分かるか?」

 メインディッシュの皿を差すと、ディレミーンがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。やっぱり、子供みたいに分かりやすいな、ディレミーンは。

「エルフの料理!」

「そうだ。君が気に入っていた、鹿肉のナッツ詰めだ。エルフの調味料はないが、工夫して近づけてみた」

「食って良いか!」

「もちろん」

 ディレミーンは食卓に着くと、すぐに焼き立ての鹿肉にナイフを入れた。様々なスパイスの匂いが立ち上り、食欲を刺激する。

 私も食卓についていただきます、と手を合わせたが、ディレミーンはもう一口目を飲み込んでいた。

「旨い! 食っただけで、味付けが分かるのか?」

「大体はな。ああ……ゆっくり食え。おかわりもあるから」

 がっつくディレミーンが可笑しくて、私は少し笑った。

「うん……やっぱり、その方が良いな」

 モグモグと口を動かしながら言うディレミーンに、私は首を傾げる。

「何がだ?」

「笑顔。やっぱりどんな奴でも、笑ってる方が良い」

「え? 笑ってたか?」

 真顔に戻って問うと、ディレミーンがスープで鹿肉を流し込みながら答えた。

「あ、お前、言うと真顔になっちまうんだな。決めた。もう言わない」

 そしてまた一切れ、鹿肉を口に運ぶ。

「でも何だって、これを作ってくれたんだ」

「嬉しかったから。礼だ」

「何の?」

 私は、『誕生日プレゼント』を貰った時の、あの何とも言えないふわふわした心地を思い出す。あの時はその感情が何なのか分からなかったが、きっとあれが『嬉しい』という感情なのだと結論付けた。これからきっと、沢山の『嬉しい』が積み上がっていくのだろう。これはその前祝いだった。

「サプライズプレゼント。私も、驚かせたかった」

「ああ。まさかまたエルフのご馳走が食えるとは思わなかった。ありがとう、ゴースト」

「どういたしまして」

 私は口角を上げた。その顔を見て、ディレミーンは何か言いたそうな目をしたが、結局何も言わずに黙って食事を平らげた。おかわりを用意しておいて良かった。ディレミーンは二皿ペロリと食べ終わってから、満足の息を吐いたのだった。


 宿屋兼酒場には、いつものように街の者が四割、仕事を探す冒険者が六割、思い思いに時間を潰していた。

 私とディレミーンは掲示板を覗き、パーティを組んで初めての仕事を探す。

 街道で度々目撃される、トロール五匹の討伐……無理だ無理だ。悪いが、真の勇者が行ってくれるから、それまで被害が出ませんように。

 地下ダンジョンの奥深くに隠された、人型ゴーレムの奪還……これも無理だ。どんな罠が待ってるか、想像も出来ない。

 そんな中、一つ異色な依頼を見付けた。

 隣町に洞窟があるのだが、そこに住み着いた蝙蝠たちの糞が、異様に臭いから何とかしてくれという依頼。

 それを見付けるのと、ディレミーンと目が合うのは同時だった。

「「これにしないか?」」

 私たちはユニゾンして、その貼り紙を剥がして酒場の親父の所に持って行ったのだった。

「蝙蝠の糞掃除……剣士ディレミーンと、通訳ゴーストだな」

「魔法弓士にして通訳のゴーストだ」

 ディレミーンが、細かく訂正を入れてくれる。少しでも初仕事の給料が良いように。冒険者の仕事とは言い難かったが、とにもかくにも、私たちはパーティを組んで初仕事を手に入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る