第6話 お前に仲間なんか出来ない
翌朝の帰り道も、エルフの戦士たちが手厚くエピテの村の入り口まで送ってくれた。
ディレミーンと私は、エルフの族長のサインの入った請負書を携えて、冒険者ギルドに赴く。請負書には、ミスリル銀貨での支払いが約束されていたが、お礼は私の胸当てに化けてしまった。
ディレミーンは、それで良かったのだろうか。同情、してくれたのだろうか。
「ゴースト。どうした、その胸当て」
冒険者ギルドのノーマンが、あからさまに盗人扱いな色で
「これは……」
「これは、今回の依頼の正当な報酬だ」
やや口篭もった私に代わって、キッパリとディレミーンが答えた。私はノーマンに蔑まれていたから、同じ台詞を言ったとしても、信じて貰えるかどうか危い。助かった。
「冒険者を目指していると言ったから、俺からゴーストへの誕生日プレゼントだ」
……あれ? でも誕生日だって、胸当てと決めてから知ったんじゃなかったか?
「ふん。誕生日、か。祝って貰って良かったな、ゴースト」
皮肉たっぷりに、ノーマンがせせら笑う。
「でもお前にゃ、仲間なんて出来ないぞ。少しくらい弓が出来たって、接近戦では犬死にだ。この村から出て行く事なんて、出来ねぇんだよ」
「分かっている」
傷付く事はなかった。こんな台詞は日常茶飯事で、私もそれをよく分かっていた。
「じゃ、依頼は果たした。手続きをよろしく頼む」
この男にしては珍しくぶっきらぼうにそう言って、ディレミーンはギルドの受付から踵を返した。まるで怒っているような口調だった。
私も慌てて、その蒼いマントに包まれた長身に追い縋る。ディレミーンに一つだけ苦言を言えるとすれば、その長いコンパスで不意に方向を変えて歩み去ってしまう所だ。私は、小走りに後を追わなくてはならない。
「ゴースト。弓と精霊魔法を、独学していると言ったな。腕前を見せて欲しい」
これも、同情だろうか。そんな風に考えながらも、私は素直に従った。
「ああ……街外れの空き地まで来てくれれば、見せられる」
街外れの空き地には、使わなくなった古い木の樽が、積み上げられていた。その一つに石灰で白い丸を描き、私はその中心を狙っている。
ギリギリ……と、大弓を引き絞る音がだだっ広い空き地に響く。ディレミーンは、少し離れた所に立って、腕を組んで神妙な面持ちでそれを眺めていた。
シュッ。ビイイ……ン。放たれた矢は、拳大の円を少し外れて、樽に深々と突き立っていた。
「駄目だ……外した」
「でも力はある。大弓は、非力では引く事もままならない。鍛えてるのか?」
鋭いな。伊達に冒険者稼業をやっている訳ではなさそうだ。
「ああ。昼間はここで、身体を鍛えたり修行をしている」
「ふうん。じゃあ、精霊魔法も見せてくれ」
ディレミーンの蒼い瞳の奥が、輝いたように見えた。
本当に精霊魔法に興味があるのだろう。私に、その好奇心が満たせるかどうかは、
「その……精霊魔法も、まだ地精が少し使えるくらいなんだ。精霊との相性があるから、私は地精しか使えないのかもしれない」
「構わない。見せてくれ」
「……分かった」
私は、額に『第三の目』を開くようなイメージで、地面に精神を集中した。そして片言の精霊語で、呪文を詠唱する。
『大地ノ精霊ヨ。
地面が微かに波打つと、円を描いた樽の中央に、石と土の礫が幾つか連続して当たった。
ディレミーンが、軽く口笛を飛ばす。
「全部命中したな!」
集中に詰めていた息をホッと吐いて、私は冷静に返す。
「でも、これじゃ不意打ちくらいにしか使えそうもない」
「いや、上出来だ。使えるのは、これだけか?」
「あと、敵の足をもつれさせたり、簡単な事なら出来る」
「うん。上出来だ」
ディレミーンは繰り返して、程よく日焼けした顎を撫でる。それから、笑顔を見せて胸当てをしげしげと眺めると、私に改めて言ったのだった。
「うん……似合う」
「あ、ありがとう。ディレミーン」
「俺のマントと揃いの色で、パーティを組むにはピッタリだな」
「へ?」
私はポカンと口を開けた。
「冒険者になるんだろう? ギルドの男が言ったように、弓使いが一人で旅するには無理がある。俺とパーティを組んで、
私はいつか冒険者になりたいと夢見ていたが、自分と仲間になってくれる者なんて居ないと、何処か初めから諦めてもいた。
「い……良いのか? 私は、ゴーストだぞ?」
途端、笑い声が弾けた。
「っははは! ……声を上げて笑ったのなんか、何年ぶりだろうな。面白い奴だな、お前。お前が
こんな笑顔を向けられたのは、初めてだった。育ての親や長老でさえ、いつも隠すようにして私を育てたのだ。
掛け値なしに自分を認めてくれる相手がいるという事は、何て嬉しく幸せなのだろう。戸惑いながらも、物心ついて以来生まれて初めて、まだおずおずとだが白い歯を見せて頷いた。
「……うん。よろしく。ディレミーン」
人間からもエルフからも余所者扱いされていた私にとって、初めての『仲間』が出来た瞬間だった。
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