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「は――」
なに、を。
「え、はっ……え?」
ちょっと……待てよ。
この人、今。
死んだって。
俺が、死んだって……。
「どういう意味です、か」
「どうもこうも、言ったとおりだよ。君はバイクの転落事故であの時死んでしまった……、誰もが目を背けたくなる痛ましい最期だったよ」
淡々と話しながらも、始終笑顔のままの医師。
「痛みを感じる暇もなかっただろう、即死だったんだからね」
不気味な程に目を見開いて、白い歯の覗く口を吊り上げて、ありありと見てきたように語る。
「う、うそ、だ……」
俺は首を振る。震える声で否定の言葉を口にする。
「うそだ、うそだ、うそだ、……ち、ちが、……れは、おれは……っ」
信じられるかよ。いくら痛みをリアルに感じようが、そんなこと、そんなことが……あってたまるか、あっていいはずがない。
「死んでない……俺は、死んでない……!!」
「そうなんですよぉ!驚きました!?」なんて医師が破顔して、暗い病室にぞろぞろ見知った奴らが次々に入ってきて、「大成功!」なんてムカつくプラカード担ぎながら大笑いして……。そんなタチの悪いドッキリでした。なんてネタばらしがあったら、どれだけ幸せに思えたんだろう。
「信じられないのも無理もないですけど、こればっかりはねぇ」
「うそだ、嘘だっ……」
「全部真実なんですよ、袴田さん」
「嘘だよ!信じるか!そんな!」
馬鹿の一つ覚え。そんな言葉が当てはまってしまうぐらい、俺は無意味に同じ言葉を吐き続けた。
医師はそれでも笑うだけ、こまったなぁ、と言っても、顔は全く困っていない、逆に俺の表情ばかりが歪んでいく。
これは悪夢だ……。悪夢はまだ、続いていたんだ。必死に念じる。起きなければと、醒めなければと。こんな、こんなのは、悪い夢に決まっている。
「起きることはできないよ」
「う……っ」
「これはみんな現実だ、何故なら痛みを感じるだろ?死んだ時の痛みを……」
それこそが全てを証明してくれる。これが、醒めることのない現実なのだと。
「歓迎するよ、袴田さん。君も晴れてこちら側の仲間入りだ。樹海で死んだ者として、死ぬ間際に味わった苦しみと共に、永遠にこの閉鎖空間にいてもらうよ」
「やめろ……いうな……っ」
耳を塞ぎたくても、腕が動かない。動かそうとしても激痛が走る。これが、この痛みが、俺が死ぬ間際に味わった……痛み……。
「ああ、そうだ、一つ良い知らせもあるんだ。流石に独りは心細いだろうと思ってね、相部屋にしてあるんだ。……大丈夫、君と同じ死に方をしたから、気は合うはずだよ」
「っ、な……、――あ、」
俺は……。もうあれ以上の恐怖が自分に降りかかることはないと思い込んでいた。あれ以上の恐怖が。存在するわけないと。
「うあ、……うあっ、うああ、あ――!!」
笑みを浮かべた医師の背後に立つのは。
紅い血で全身を濡らし、俯いたままのセーラー服姿の。
日向――。
半開きの口が、直ぐさま三日月型に変わり、垂れ下がった前髪の先から血液が滴って。ぼたたたっ、と床に落ちる。
「彼女がこれから先ずっと君のそばにいてくれる、これで寂しくないだろう。……いヤぁ、良かッたね……はカ、マだ、さン……」
低く野太い声で言い、医師の顔が粘土のようにぐにゃりと歪んだ。
「オメでトう。これ、デ……彼女と、君ハ……オソロイだ」
恐怖はまだ、続いていた――。
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