No.1 千代

千代 その一

「なんで私には良い人が現れないのかなー、もうこのまま一生一人なのかな」

「選り好みしすぎなだけでしょ」

 駅前のカフェ。美香みかがテーブルに突っ伏して嘆く姿を冷ややかな眼で見ながら、私はキャラメルマキアートを一口飲んだ。

「もー、親友のこともう少し真剣に考えてよ」

「考えたって本人が変わる気がないなら意味ないわよ。まずはハードルを下げなさいよ」

千代ちよはほんとに容赦ないな…でもそういうとこが好き」

「はいはい」

 ため息を吐きながら、美香を軽くあしらう。そして彼女を改めて見る。白のロングニット、ふんわり巻いたミディアムヘア。ピアスも白のボンボンでニットと合わせている。「ゆるふわ」と言うのはこういうのを言うのだな、と納得してしまうような可愛い格好をしている。

「あー、背が高くてイケメンで、お金持ちで優しい人が私に言い寄ってこないかなぁ。何時になったら幸せになれるのかな」

 贅沢もの。心の中で呟いた。美香は可愛らしい顔をしているし、スタイルも良い。胸も大きい…と言うとオヤジくさいと言われるだろうか。容姿もスタイルもお世辞を何倍にしたって決して良いとは言えない私からしたら、彼女のそれらは心の底から羨ましいものである。

 彼女はいつもこんなことを言っては、寄ってくる男をあしらっている。この前珍しく付き合い始めたと思ったら喧嘩が絶えず散々な争いをした上、ドロドロのまま別れた。

「千代は良いなぁ、結婚決まってさ」

 身体のスペック――この表現、パソコンの品定めみたいで皮肉があって好き――は全般的に平均以下と言えるであろう私には、一応彼氏と言うものがいて、そして来年結婚することを決めた。

 二十四にして結婚するのは、周りの友人達の中では早い方の様で、「羨ましい」は正直聞き飽きた。平均以下は平均以下なりに誠実に謙虚に生きてきた。結果、理解ある優しい人が拾ってくれた。それだけのことで。

 ワゴンセールのものは投げ売られていくけど、中途半端に高いものは売れにくい…という例えが浮かんだけれど、口に出したら美香に「誰が中途半端な値段よ!」とか怒られるのだろうと思い止まった。

 産まれ持ったものがどうであれ、誠実に生きていれば平凡ながらに幸せを手に入れられるのだ。それは私のささやかな優越感ではあった。もちろん多少の運はあるだろうけど。

「ねー、誰か紹介してよ、彼氏の友達とか」

「嫌だよ。美香を責任持って紹介できる人なんていない」

「私『を』ってどういうことよ。私『に』じゃないの?」

「性格に難有りというか。まあ事故物件じゃん、美香って」

「もー!だからひどいー!」

 親しい友人には割りと容赦はしない主義だ。何故かそれが逆に良い、と寄ってくる人は多い。特に女性は。皆マゾなのかと思う。

 私と美香はそんな調子でカフェの閉店時間まで話し込んだ。折角の金曜日だし飲みに行こうかとも考えたが、美香は明日用事があるらしいし、私も彼氏の家にいく予定だったので今日はここで解散、ということになった。

 美香とは反対方向なので、改札で別れて一人で電車に乗り込む。


 数駅先で降り、駅から十分くらい歩いてコンビニに入る。プリンを二つと、缶ビールを二本買った。そしてコンビニを出てすぐのアパートに向かう。

 アパートは三階建てで、その二階の角部屋が私の目的地だ。ドアの前で立ち止まり、私はインターホンを押した。

 数秒待つと、ドアが空いて男が顔を出す。

「おつかれ、入って」

「ごめんね遅くなって」

 彼は先程話題に出た私の彼氏だ。スウェットを着ていて、髪がほんのり濡れていた。もう風呂に入ってゆっくりしていたところだったのだろう。

「全然。俺も一時間前に帰ってきたとこ」

「仕事大変なんだね。あ、これプリンとビール」

「ちょっとトラブって…っていうかなんだよその組み合わせ」

 私がコンビニの袋を渡すと、彼は訝しげな顔をする。

「だってどっちも欲しかったんだもん」

「とりあえず風呂入る?」

「入る入る。それ冷やしといて」

 週末には大体、こうして彼の家に泊まりに来る。

 出会いは大学のサークル。同い年で付き合って五年。背が高いとか物凄くイケメンとかではないが、穏やかでしっかりした人だ。特に大きな山も谷もなく。至って平和な付き合いを重ねてきた。

 お互い無事に就職もして、落ち着いてきたのでじゃあそろそろ、ということでつい最近婚約をした。さしてドラマチックなプロポーズを受けたわけではないけれど、私は満足している。


 湯船に浸かりながら、美香との話を反芻する。美香は大体、高望みしすぎなのだ。私は自分の彼氏を決してハイスペックとは思っていないが、誠実で良い人だと思っている。何より、こんな不良品をそこそこ大事にしてくれるという点は、何よりもポイントが高い。

 別に人をポイント制で見ているつもりはないが、もしポイントをつけるとするなら私を拾ってくれた時点で九十ポイントくらいつけて良いと思う。百ポイントでステージクリア。ものすごいチートなボーナス点になるな。

「何のステージよ」

 私は自分にツッコミをいれて、湯船から出た。


 つまりは、平凡に幸せに生きるためには相手の容姿やら地位やらはさして重視することではないのである。とんでもないマイナス点でなければ。

 ドライヤーをかけながら、美香の事を改めて考えた。

 美香はスペックのことばかりを口にしているが、恐らくは燃えるような情熱的でドラマチックな恋愛がしたいだけなのだと思う。

 サムデイ、マイプリンスウィルカム。憧れる気持ちはわからなくもないけど、童話のお姫様というのは大体十代だ。二十代も、もうすぐ後半戦に入ろうと言う我々が望めることでもないのである。

 まあ勿論、それは価値観によるものであって、人に押し付けることではないのだろうけれど。

 とにかく素敵な王子様は来ないし、運命の出会いは訪れないのである。

 私は身の丈を知った上で足りないものを自立心とか包容力とかそういうものを育てて補ってここまできた。

 あなたもそうしたらどうかしら。

 心の中で独白を終えて、私はドライヤーを片付けた。


「千代の実家、いつ行こうか」

 お風呂から上がると、彼はビールを差し出しながら私に訊く。

「いつでも良いけど。日帰りで帰ってこれるし、土曜日で良い?親に都合良い日訊いてみるよ」

「うん、お願い」

「裕太の実家には、どうする?」

 ここにきて漸く声に出したが、彼の名前は裕太ゆうたという。ゆうくん、とか呼んでみようかと思った時期もあったが、恥ずかしくてやめた。私がそんな呼び名でデレデレ呼ぶのはなんというか、醜いと思ったのだ。

「僕のとこは飛行機になるからなぁ。ゴールデンウィークに行こうか」

「わかった」

「交通費かかるし、先になっちゃって申し訳ないけど」

「気にしないで。急いでいる訳じゃないんだし」

季節はまだ、春めく気配すら見せない、冬の残る頃。ゴールデンウィークは確かに三ヶ月くらい先のことになるが、急いでいないのは本当のことだ。


 その後は二人で映画を見た。一本見たらすっかり眠くなり、プリンは明日の朝にコーヒーとともに食すことにして、私と裕太はベッドに潜り込んだ。

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