6.空飛ぶ騎士

「ご、ごめんなさいドナール様――あの、重く、ないですか……?」


「ハッハッハ! 何の何の! アーシュ殿とホワイト君を位、軽いものですぞ!」


「ア、アーシュさん、その……しっかり掴まるのはいいんですがもう少し体を離して……その、今の体勢だと胸が……」


 ――会話だけ聞けばどこか状況にも思えてしまうが、当の俺達は真剣そのものだった。今、俺達は一歩間違えれば命を落としかねない、危険な状況にあった。と言うのも――。


「しかしホワイト君、よくこんな手段を思いついたな。私は、アンデッド共とどうやって戦うかばかりを考えていたぞ」


「そうね、私もまさかこんな方法で無駄な戦いを回避できるだなんて、思ってもみなかったわ――まさか、だなんて……」



 ――端的に状況を説明すると、俺達は今、


 勿論、ドナールの大盾が実は空飛ぶ魔法の盾だった等と言う素敵な話ではない。厳密には「飛んでいる」のではなく「浮いている」状態であるし、浮いているのもアーシュの「空中浮揚レビテーション」の魔法によるものだ。

 更に言えば、「大盾に乗って飛んでいる」というのも少々語弊ごへいがある。正確には状態だった。


 何故、見ようによっては何ともみっともない、こんな格好をしているかと言えば、全ては大量のアンデッド達との戦いを避ける為だった。アンデッド達の大半を占める生ける屍リビングデッドは、その怪力とタフネスこそ恐ろしい相手だが、距離を取ってしまえばあちらの攻撃は全く届かない。そこで、この大通路のやたらと高い、俺の背丈の六倍程はある天井の、その近くまでアーシュの「空中浮揚レビテーション」の魔法で浮き上がってしまえば、少なくとも生ける屍リビングデッドのへの対処は気にせずに済むと俺は考えた。


 だがそれだけだと、そもそも浮遊している亡霊ファントムや、弓矢や投げナイフを携えている個体もいる骸骨戦士スケルトンへの対処が残る。そこでまずは、骸骨戦士スケルトン対策にドナールの大盾で足元を守ってもらう事にした。だが、いくらドナールの大盾が巨大だとはいえ、俺達三人がすっぽり隠れられる訳ではない。そこで「大盾を構えたドナールの後ろに俺とアーシュが隠れる」状態を実現する為に、この「ドナールに跨る俺とアーシュ」という体勢が出来上がった訳だ。


 次に、亡霊ファントムへの対処だが……こちらは実に簡単だった。元々、生ける屍リビングデッド骸骨戦士スケルトンに比べて、亡霊ファントムの個体数は少ない。空中に逃れた後、骸骨戦士スケルトンの飛び道具による攻撃をドナールが大盾で防いでいる間に、アーシュが「魔法の矢マジック・ミサイル」の魔法で確固撃破し方が付いた。


 亡霊ファントムが片付いてしまえば、空中に居る俺達に憂いは無い。骸骨戦士スケルトンの飛び道具にさえ気を付ければ、最早アンデッド達の攻撃は俺達に届かない――が、当然の事ながらこれで問題解決とはならない。何せ、アーシュの「空中浮揚レビテーション」の魔法は、文字通り「浮き上がる」だけの魔法なのだ。「飛行フライ」の魔法と違ってその場で浮き上がるだけで、移動は出来ない。だが、そこのところもしっかりと織り込み済みだ。


 「空中浮揚レビテーション」の魔法には一つ特徴があった。それは、この魔法で浮き上がった人や物はというものだ。水に浮かんでいる物や、濡れた氷の上にある物を、軽い力で動かせるあの状態を思い浮かべてもらえば分かりやすいだろう。この特徴を利用すれば、ある程度は宙を移動する事が出来る訳だ。


 ここで活躍するのが、俺の相棒とも言える特殊ワイヤーと左手の手甲に仕込んだ小型弓、そして残された七本の矢の一つ、「アンカーボルト」だ。特殊ワイヤーと同じく、ドワーフの名工の手によるこの「アンカーボルト」は先端に特殊な仕組みが施された矢で、その特徴はというものだ。元々は、硬い鎧や盾を貫通出来るような矢を開発する過程で生まれた失敗作らしいのだが、その技術が崖登りでロープを固定する際に使われるくい用に重宝された結果、その杭の名前――「アンカーボルト」が付けられたという経緯があるらしい。転じて、元々の使い方である矢としての名前も同じく「アンカーボルト」となったのだとか(ちなみに「ボルト」というのはボウガンの矢の事を指す場合もある)。


 この「アンカーボルト」は特殊ワイヤーと連結出来るようになっている。こいつを弓で打ち出して壁や塀の高い所に突き刺せば、とっかかりの無い壁であってもワイヤーを辿ってよじ登る事が出来る。今回はこれを、迷宮の天井のやや離れた場所に打ち込んで、あとはワイヤー収納ボックス内のバネの力と俺の腕力とでワイヤーを手繰り寄せて移動するという寸法だ。小型弓の射程やワイヤーの長さを考えれば、一回で通路を抜け切る事は出来ないだろう。何度か同じ作業を繰り返す必要がある。「アンカーボルト」は一本しかなかったが、幸いにしてこいつはちょっとしたで壁から引き抜く事が出来るので、ある程度は再理由が可能だ。


 俺の目論見通り、「アンカーボルト」は迷宮の天井に見事に突き刺さってくれて、簡単には抜けそうにない。後はワイヤーを辿っていけばいい。三人一緒にしっかりと移動する為、俺はドナールを足で挟み込むようにして跨った上で、アーシュにはしっかりと俺の体に掴まってもらっているのだが……その、なんというか、ゆったりとした魔術師のローブでも隠し切れないアーシュの豊満な胸が思いっきり背中に当たっているというか……。


 普段の俺ならば「硬い鎧とか着てなくてラッキー!」とでも内心で喜ぶ所なのだが、生き残るのに必死な今の状況下では注意力が散漫になる元でしかなかった。何せ、ドナールが大盾で足元を守ってくれているとは言え、それも絶対安全ではないのだ。骸骨戦士スケルトンの飛び道具が弧を描くように飛んできた場合、大盾の裏に隠れている俺達に直撃する可能性だってある。眼下のアンデッド達に気を配る必要があった。更に言えば、ドナールの大盾で攻撃を防いだ時に生じる衝撃も、宙を浮いている俺達にとってはバランスを崩しかねない要素だ。今も矢やら投擲された剣やらがガツンと派手な音を立てて次々に大盾にぶつかってきているが、その度に俺達はお互いの体を捻るなどしてバランスをとる必要があった。見た目の間抜けさに反して、中々に命懸けの状態なのだ。


 アーシュの「飛行フライ」の魔法を使って飛べばもっとスマートにアンデッドをやり過ごせたのだろうが、「飛行フライ」は魔法の中でもかなり高度な部類に入り、自分一人ならいざ知らず数人を一緒に飛行させようとしたら魔力がいくらあっても足りないという、中々に効率の悪い魔法なのだ。アンデッドとの戦いを回避する為に、アーシュの魔力を使い果たしては本末転倒だ。それに比べると「空中浮揚レビテーション」は「ただ浮き上がる」という単純な魔法なので魔力消費が少ない。三人の浮揚を長時間維持しても、それほどアーシュの負担にはならないだろう。


 とは言え、少しでもアーシュの魔力は温存しておきたいところだ。少しでも早くこの大通路を抜けるべく、俺はワイヤーを手繰る手に力を籠めた。

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